58.平木信代
根屋の娘を調べた結果、DEAUの秘書・平木信代に辿り着いたときは驚いた。偶然村に来ていた男性・戸塚氏の予想が当たっていた。
もし彼らがあの場にいなかったら、この事件、いや今や事故扱いとなる可能性が高そうだが、どのような展開をしていただろう。平木信代にたどり着くまでに時間がかかったであろうことも予想できる。下手をすると、全く無関係の人物を容疑者として引っ張っていた可能性も否定できない。本来警察がやるべき調査を彼らが進めていたおかげで、真相には早く辿り着けそうである。
彼らがいなければ、オルダという存在も知りえなかった。笹嶺神社の奥で骨を掘り当てることも、三田の体にオルダが入る込むこともなかった。それを目撃していなければ、私・香川浩は彼らを疑い、東京に来ていなかったかもしれない。
「あの人ですね」
隣に立っている松井が言った。
DEAUのエントランスで待つ俺たちに、その女性は会釈をした。スッと切れ長の目に、パツッと真っすぐの前髪。星影神社の神主の妻から聞いた容貌そのものだった。「根屋の娘」を名乗り、星影神社を訪れ、オルダを奉納した女性で間違いないだろう。
「平木です。会議室を取りましたので、そちらでお話をお伺いします」
平木信代に案内され、我々はDEAUの来客用会議室に入った。
「富士宮署の香川と申します」
「松井です」
「平木です」
平木信代は少しおどおどした様子である。会社に突然刑事がやってきたら、当然であろう。
「根屋伸治さんの娘さんでお間違いないでしょうか?」
「はい、もう10年近く会ってはいませんが。父に何か?」
「いえ、お聞きしたいのはお父様のことではなく、根音村の星影神社についてです」
平木信代の表情に緊張が走った。
「今年に入り、根屋の娘を名乗り何度か連絡を入れて、春先に星影神社を訪れていらっしゃいますね?」
平木信代は動揺しながら、
「ええ、それが何か?」
「どのような用件で連絡を取られ、足を運ばれたのでしょうか?」
「個人的な確認です」
「その内容をお聞かせいただけませんか?」
「あくまで個人的な理由です」
どうやら話してくれそうにない。
「昨日、星影神社の神主の男性が、笹嶺神社で倒れているところを発見されまして、現在昏睡状態となっております」
平木信代は驚いた顔をした。
「警察の方が動いてらっしゃるということは、事件ということですか? あいにく私は昨日も東京におり、根音村には出向いておりません」
「事件と事故の両方から捜査をしている形です。我々が確認をしたいのは、あなたが昨日根音村に来ていたかどうかではありません」
平木信代は少し首を傾げた。
「根音村の神主さんに、土曜の夜に連絡を取っていたかどうかです」
平木信代は一瞬口をつぐんだ。
「星影神社を訪れた際、石を奉納されていますね?」
「え、ええ」
「根音村の神主さんと、その石について連絡を取り合っていた。違いますか?」
「もう、メールの内容はご確認されたということでしょうか」
メールでやりとりしていことは間違いないようだ。誘導しよう。
「確認のため、その内容をあなたの口からお伺いしたく」
ここで朝に戸塚氏から確認を頼まれた内容を混ぜることにした。
「あなたは、ただのヒスイを奉納したのではなく、オルダが住んでいることを把握したうえで奉納していますね?」
平木信代の目は泳いでいる。我々がオルダを把握していることへの動揺だろうか?
「はい」
「なぜ、オルダを奉納されたのですか? 笹嶺神社と関連があると考えたためですか?」
「……」
「星影神社の神主さんに何かをさせようとした?」
「……」
「なぜ、奉納してすぐではなく、半年後に連絡を入れたのですか? 土曜の夜、星影神社の神主さんと行っていたやり取りはオルダに関することですね?それをお聞かせ下さい」
「私から連絡を入れたわけではありません。彼の方から連絡をしてきたんです」
平木信代は誘導に引っかかってくれた。
「昼間に怪しい男二人がやってきて、私が奉納したヒスイを見せてくれ言ってきたと」
戸塚氏と畑谷氏のことだ。
「男の一人が辛そうに耳を押さえていて、男たちの持ち物にそのヒスイを付けたら、耳を押さえていた男が晴れやかな表情になった。あのヒスイには何かあるのか? という確認でした」
「奉納した時点では、オルダが住んでいることは伝えていなかった?」
「あまり触りすぎても危険ですので、笹嶺神社に関する石だとだけお伝えして奉納しました」
「危険? 危険というのは、誤ってオルダと契約してしまった場合に危険だということですか?」
平木信代は「はい」と頷いた。
「あなたは、オルダとの契約方法を知っていたということですね?」
「ええ」
「そして、土曜にそれを星影神社の神主さんに伝えた」
「…はい」
戸塚氏の予想は当たっていたようである。つまり、
「契約解除の方法も同時に伝えた」
「はい」
「それは、根屋家に伝わっていたものですか?」
「昔、父から聞いたものです。私は実際に試したことはありませんが」
「なるほど」
戸塚氏の質問を更に確認することにした。
「オルダのオークションに参加されていたのは何故ですか」
平木信代は驚いた顔でこちらを見た。
「そこまで調べられてるんですね」
「どういうルートで参加を?」
「それは…」
「それは?」
「以前勤めていた会社の社長に同行して訪れたのが始まりです。そこでオークションにかけられていたオルダを見て、父が話していた笹嶺神社の石のシミと同じものなのではないかと思いました。確認のため、聞いていた契約方法で何度かひそかに試しましたが、私はオルダと契約をすることができず」
「社長が落札したオルダで試していた?」
「…すみません」
「DEAU社長がオークションに参加するようになったのはあなたの手引きですか?」
「…はい、以前の会社の社長はオークションには参加するものの、本当に気に入ったものしか購入しなくなったので、でもそれでは試すことができませんので」
「どんどん新しいものを購入してくれそうな今の社長に目を付けた?」
「…すみません」
平木信代はうつむき、どんどん小さくなっていく。
戸塚氏の最後の質問を訊ねる。
「笹嶺神社の慰霊祭についてご存知ですか」
平木信代は顔を上げた。
「父から聞いたのは子供の頃ですので、記憶に誤りがあるかもしれませんが」




