56.郷土資料室、再び
村役場に戻り、清水さんにお願いして、再び根屋家資料を出してもらった。
今回は時期が明確である。享保二年である。村役場に到着し、電波が繋がることを幸いに享保二年の干支をネットで確認した。丁酉、酉年であった。
「今、龍王寺さんに行って、庚申塔の話を聞いてきたんですよ」
オレが言うと、清水さんが反応した。
「それ、私も昔調べたことがあります」
「聞きました」
「あ、聞きましたか?」
「その時、どんなことを調べられたんですか?」
「村の風俗の調査を行っていたことがありまして、この村で唯一庚申塔が集まっている場所でしたので、なにか風習やしきたりのようなものがあるか、いつ頃のものなのかというのを調べたんです」
「龍王寺さんでは、ほとんど年代を確認しただけで終わったと聞きましたが」
「そうですね。ほぼそれで終わりました。10塔もあるので、江戸時代の間ずっと続いていたものかと思ったのですが、本当に短い期間だけに集中していることが分かり、さらには史料も、伝承のようなものも少なくて。あまり収穫がなく…」
「そのようですね」
「ひとつだけ風化しない庚申塔があり、それを触ると祟られるというような話を聞きましたが、それくらいでしたね。風化が遅れているというより、ひとつだけ、例えば地震で倒れて割れて、後から建て直したとか、そういう理由で他の石より新しいのではないかと予想したんですが」
清水さんはオレたちより調べていなさそうだということが分かった。
「えっと、酉年ですよね」
清水さんはそう言いながら、根屋家文書の中から、酉年が含まれているものを探してくれた。
「これとこれに酉年が含まれていそうです」
「ありがとうございます」
読み解くのは畑谷に任せた。
畑谷は手袋をはめ、丁寧にページをめくりながら《龍王寺左兵衛》の文字を探している。しかし、龍王寺の文字は見つかっても、左兵衛の文字は見つからないらしい。
「この文書では、馬込や龍王寺で耳鳴りがするというメモ書きしか出てこないっす。だから、これ享保二年より後の文書じゃないっすかね? 左兵衛が出てくるとしたら、もっと前の酉年じゃないっすかね?」
畑谷は言った。
「確かに、馬込や龍王寺で耳鳴りがしてる時点で、庚申塔にオルダがいる時期の可能性が高そうだな。まあ、龍王寺の庚申待参加者のオルダに反応していた可能性もあるが」
「もっと前ですか。では、もう一つの方を見てみますか」
清水さんは、畑谷の前の資料を入れ替え、酉年のページを開いた。
「この辺りから酉年です」
畑谷はそのページから確認を再開した。そしてすぐに、
「これも庚申待の後かもしれないっす。馬込や龍王寺出てきます」
「つまり、この二冊は1717年の12年後とか24年後とか、後の年代のものということですね」
「おそらく」
「前回確認したものあるじゃないですか。子の年のもの」
「はい」
「あれも馬込とか龍王寺が出てきているので、1717年より後のものということですよね」
「そうなるかと思います」
「別に巻物というか、横にひたすら長い物があるのですが、そちら確認しますか? これよりもさらに行書がすごいと言いますか、おそらく書いている人が違うと思われるものがあるんですよ。私は解読できていないのですが、そちらも年号と一行書きのようになっているので、繋がっているものかもしれません。少々お待ちください」
そう言って、清水さんは裏の倉庫に入っていった。
「つまり、こういうことっすよね。1717年より後、このメモが書かれた頃には、龍王寺も黙光寺も体からオルダは抜けてて、寺とは関係ない人が何故かオルダと契約していた」
「寺と全く関係ないかどうかは分からないが、何人かはいたんだろうな」
「でも、今はいないっすよね。黙光寺の住職さんくらい。いたら、オレたちがすれ違ったら分かりますもんね」
「そうだな」
「ということは、もしも石とかに住んでるオルダと契約してたとしたら、どこかに契約者を失ったオルダがいる石があるはずじゃないっすか。それこそ黙光寺の水のところの石とか、ずっと生きてたわけじゃないっすか」
「そうだな」
「でも、いろいろ村を行ってますけど、オルダが鳴いたのって笹嶺神社の骨のとこと、星影神社のあれと、今日の庚申塔くらい。他は出会ってない。ってことは、昔オルダの声を聴いてた人って、オルダが住んでる何かと契約して、それを持ち歩いてたというより、体の中にオルダが入って人が多かったってことなんすかね? それで、その人たちが亡くなって、オルダも一緒に亡くなった」
「そうなるのか」
「そこで疑問なんすけど、体に入ったオルダは骨には辿り着かないんすかね?」
「ん?」
「笹嶺神社の奥の人骨にはオルダが住んでたじゃないっすか。あれみたいに、人の体に入り込んだオルダは骨で生きてたりしないんすかね? 色んな寺行って、墓場の近くに行ってるけど、オルダは鳴かなかったってことは、骨で生きてるオルダはいないってことっすよね」
「全部の寺に行ったわけではないが、そうなるな」
「契約者が亡くなった時に、例えば遺体を運んだ人とかにオルダが移って、その人がオルダの声を聞くようになったってことっすかね?」
「オレに聞くなよ。オレだって知らないよ」
畑谷は「うーん」と首を傾げた。
「いろいろ難しいっすね。そうなると、笹嶺神社の骨には何でオルダがいたんだろうってのと、なんであのオルダは繁殖できるんだろうとか思うんすよね。三田さんの体の中にオルダが入っても、骨のオルダは消えなかったっすもんね。ってことは、繁殖してるってことっすよね」
「でも、今聞いてて思ったんだが、人から人に移ってる可能性はあるな。生きているうちは移らなくても、亡くなる直前に近くの誰かに移る。そんな記述があるか、清水さんが戻ってくるまで、資料確認してくれ」
「らじゃっす」
しかし、そんな記述を見つけ出す前に、清水さんが木箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。こちらになります」




