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ORDA オルダ~蟲の住む石~  作者: ふじしー
55/107

55.龍王寺の庚申待

 龍王寺の女性は、仏壇の奥から別の木箱4箱を運んできた。


「以前、役場で郷土資料の担当されている清水さんから、庚申塔に関する調査協力を依頼されたことがあって」

「ああ、清水さん」

「ご存知ですか?」

「郷土資料室を利用する際にお世話になっておりまして」

「庚申塔に関する過去の史料があればと言われて探したことがあり、その時に出てきたものなのですが」

 

 女性はそう言って、箱を並べた。


「庚申待の記録になります。こちらが1689年から1691年のもの、こちらが1692年から1695年のもの、こちらが1714年から1717年、そしてこちらが最後の1717年から1720年のものになります」

「1689年? この寺が建立する前ですか?」

「はい、1回目の庚申待はこの寺の建立前に始まっています。この本堂が庚申待に利用されていたようです。そして18回の庚申待を行った後、1691年に一つ目の庚申塔を建立しています」

「この村の寺は、心松寺以外は千代の呪いを解くために、1690年に一斉に創建されたと伺ったのですが…つまり、最初の庚申待は千代の呪いと関係なく始まったということですか」

「おそらく」


 女性は1689年から1691年のものを開けた。やはり巻物になっており、達筆すぎてオレには読めないが、畑谷が読んだ。


「庚申待の日付と参加者ですね」

「はい、そのようです。そして、こちらが1692年から1695年のものになります」


 畑谷が見比べている。


「参加者が違うんですね」

「はい、18回の庚申待を終えると、体から三尸の虫が抜けますので、参加者の体にはもう三尸の虫はいないということになります。しかし、一人だけ続けて参加している者がいます。この1689年からの参加者の一人《嘉兵衛》は、1692年からの参加者《龍王寺嘉兵衛》と同一人物かと思います」

「三尸の虫が抜けなかったと考えて、再度庚申待に参加した?」

「本当のところは分かりませんが…。そして、こちらが1714年からのもの」


 女性は1714年から1717年のものを開けた。


「ここにも《龍王寺嘉兵衛》の文字があります」

「本当だ。あ、でも、《龍王寺嘉兵衛》は途中から消えてますね。正徳5年の庚申待を最後に名前が消えてるっすね」

「うちに残る家系図によると正徳5年没となっていましたので、1715年に亡くなったために名前が消えたのだと思いますが、《龍王寺嘉兵衛》はこの時期まで途切れることなく庚申待に参加しています」

「《龍王寺次兵衛》《龍王寺左兵衛》という参加者もいますね」

「はい。この2名は、家系図によると嘉兵衛の息子のようです。嘉兵衛には息子が3名、娘が4名います。それぞれ1度ずつ参加しているようなのですが、この2名だけが、1699年からずっと参加し続けていたようです」


 女性は、最後の1717年から1720年のものを開いた。


「こちらは1717年からの3年間のもの、最後の庚申待の記録になりますが、《龍王寺左兵衛》の名前はなく、《龍王寺次兵衛》の名前が享保4年、1719年までありますが、その後消えています」

「途中で参加をやめた?」

「どうやら、次兵衛は享保4年に亡くなっているようです。そして、龍王寺の名前が無くなった後、庚申待が途絶えていますので、経緯に関する文書が残っておりませんので予想に過ぎませんが、清水さんは庚申待はうちの寺が主催していたのではないかと仰っていました」

「《龍王寺左兵衛》さんは何故参加しなくなったのですか?」

「左兵衛は享保2年2月、つまり、あの風化してない庚申塔が建てられた翌月に亡くなっているようです」

「立て続けに亡くなっているんですね」

「そのようです」

「清水さんに尋ねれば、庚申塔の詳しい情報が分かりますかね?」


 女性は首を傾げて、


「どうでしょう。他の家には文書は残っていなかったようです。うちでも、年代を確認するだけで終わったので、それ以上詳しいことは調べていないのではないでしょうか」

「なるほど」

「左兵衛さんが何故亡くなったか、どうやって亡くなったかというのは伝承か何か残っていないですか?もし、ご先祖の体の中に本当にオルダがいて、そのオルダが庚申塔に移ったのだとしたら、《龍王寺左兵衛》さんのオルダが移ったのではないかと思います」

「何でっすか?」


 聞いてきたのは畑谷だった。


「《龍王寺嘉兵衛》さんは建立前に亡くなっているので、まず違う。《龍王寺次兵衛》さんは建立後も庚申待に参加しているということは、体から虫が抜けていない状態だと判断したためだと思う。そうなると、《龍王寺左兵衛》さんのオルダだった可能性が残るかなと。単純に亡くなったから参加できなくなったという可能性もあるが…」

「先祖がどうやって亡くなったかの記録は見つけられてないです」


 女性は言った。


「では、先祖の中に片目を失ったとか、眠り続けたという方はいらっしゃいませんか?」

「いや…」


 どうやら、そういう話は伝わってい無さそうだ。そう思った時、女性が話を続けた。


「関係あるかどうか分かりませんが、外よろしいですか?」


 女性は巻物を一通り片付けて、オレたちを外に連れ出した。女性が向かったのは10塔並ぶ庚申塔であった。


「この庚申塔は寺に近い方が古いもの、離れるほど新しいものになります。この風化していない庚申塔に虫が住んでいるということでしたよね?」

「はい」

「この庚申塔の右隣が、最後の庚申塔になります。建立は享保5年。誰が刻んだかは分からないのですが、この庚申塔の裏側に文字が刻まれていまして」


 オレたちは庚申塔の裏側に回った。


「それぞれの庚申塔の裏側には、庚申待の参加者の名前が刻まれているのですが、最後の庚申塔だけそうではなく、『享保二年塔さわるべからず』と」


 確かにそう書いてある。


「この一帯で伝わる話に過ぎませんが、この享保二年の庚申塔は祟られている、触ると祟られると言われています。この享保二年の庚申塔を建立した参加者は早死にしたり、事故にあったりしたという話や、近づくと幽霊の声が聞こえるというような怪談話のようなものがあって。実際、龍王寺も嘉兵衛、左兵衛、次兵衛が立て続けに亡くなっていたからか、うちでも享保二年の庚申塔には触れないようにという言い伝えがありました」


 幽霊の声が聞こえるというのは、おそらくオルダの共鳴だったのだろう。


「ですので、享保二年の庚申塔だけは誰も触れないようにしていたにもかかわらず、この庚申塔だけ風化をしないという気持ち悪さがあって、不思議に思っていました」


 女性は話を続けた。


「その怪談話は、病気になるとか、事故に遭うとか、いろいろ肉付けされているのですが、その中に目を取られるというものもありまして」


 オレと畑谷は顔を見合わせた。


「それ、清水さんもご存知で?」

「いや、私はそこまでは話していないです。先ほど片目を失ったとかという話をされて、思い出したくらいだったので。もしかしたら、他の家で訊いているかもしれませんが」


 オレたちは、龍王寺さんに礼を言い、再び郷土資料室に戻ることにした。根屋家文書に龍王寺左兵衛の文字がないか確認する必要がありそうだ。

 オレは、村役場の道中、何気なく畑谷に聞いた。


「なんで、あの字を読めるの?」

「習字やってたのもあるんすけど、ほら、仕事柄古い掛け軸のようなものも買い取ることがあるんで、読めないことには仕事にならないんすよ」

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