53.記憶喪失
臼田への道中、オレはずっと考えていた。
オレのオルダは誰から貰ったか。オルダ探しをしていた時に貰ったような気がするが、オレが契約したオルダはこのオルダだけである。つまり、オルダを貰った時にはオルダと契約していない。しかし、オレはその時にオルダ探しをしている。オルダの鳴き声が聞こえていないのにオルダ探し? そもそも何故オレはオルダ探しを始めたんだ…。そんなに遠い過去のことではないはずなのに、覚えていない。何故だ…。
「ここ左でいいっすよね?」
運転している畑谷が聞いてきた。
オレは慌てて地図を見た。まあ、一本道で、つきあたりを左に曲がって真っすぐ進むだけである。今つきあたりに出くわしたのであれば、100%左折である。
正面はつきあたりである。
「左だな」
聞くまでもないことを、あえて畑谷は聞いてきた。
「どうかしたんすか? さっきから考え事してるみたいっすけど」
畑谷はオレに話しかけるタイミングを狙っていたのだろう。
「いや…。オレは記憶喪失なのかもしれないと思ってさ」
「え?」
「ふと、気づいたんだ。オレ、記憶がないってことに」
「……まじっすか」
「オレ、自分のオルダをどうやって入手したか覚えてないんだ。そのことにさっき気づいた」
「さっきって、食堂で?」
「そう」
「そんなことあるんすか?」
「オレ自身もビックリだ」
「記憶喪失になった人、初めて会いました」
「驚くよな」
「記憶喪失だったことを忘れてたんっすか?」
「そうだな。そういうことになる。普通に仕事してるし、普通に暮らしてるし、何の不便も感じてなかったから、過去のこととかあまり考えることもなかったから気になってもいなかった」
畑谷は何度か頷いた。
「確かに、普通に暮らしてて、高校時代とか中学時代とか考えることないっすもんね。学校の前通るときに思い出すくらいで」
「でも、さっき、契約しているオルダをどうやって入手したかって考えた時に、記憶があいまいだって気づいて。そもそも、オレは何故オルダハンターをしているのかも分からない。思えば、両親の顔も浮かばない。兄弟がいるかも分からない。」
「まじっすか? あ、聞こえてきた」
畑谷が言ったタイミングで、オレにもギーーーーーーーーーーーーという鳴き声が聞こえた。
畑谷は車を一旦止めた。
「まだいるってことっすね」
「そうなるな」
オレたちは急遽耳栓をした。
畑谷は耳栓をしながら、「アレ」と前を指した。
「あれ牛舎じゃないっすか?」
畑谷の指す方向に大きな屋根の木造家屋が見える。車の窓は閉めているが、ほのかに獣のニオイを感じた。
「あれっぽいな。ということは、龍王寺が…」
オレは左側を見た。すると、牛舎の少し手前の辺りに鐘楼が見えた。
「あれが、龍王寺か。どっちにいるんだ…?」
「降りますか」
車を道に停め、車を降りて歩いていくことにした。
まず、龍王寺の前に到着した。しかし、車の場所よりも鳴き声は強くなっているが、この寺にオルダがいる様子はない。畑谷も同じ反応だった。
牛舎の方へ歩いてゆく。鳴き声が強くなっていく。
「…これ?」
畑谷が言った。
「これだな。持って帰るのは無理だな」
「残念っす」
オレたちは、音が最も強くなった場所を見た。龍王寺の隣にある田んぼの道沿い。そこには庚申塔が10塔ほど並んでいた。
10塔のうち、どれにオルダがいるのかなんとなく目星がついていた。1塔だけ、明らかに劣化がなかった。オレたちは奥から2番目にある庚申塔にオルダを挨拶させた。予想通り、オルダは鳴き止んだ。
畑谷は耳栓を外して、その庚申塔をジッと観察した。
「土台はは見ザル・聞かザル・言わザルっすかね。この石、ヒスイには見えないっすけど」
その庚申塔は、下部に見ザル・聞かザル・言わザルの三匹の猿、上部に胸の前で手を合わせ、背中から右に二本、左に二本手が生えた人が彫られていた。確かにヒスイではなく砂岩のように見える。
「享保二年壱月五日って書いてあるっすね」
「享保二年って西暦何年?」
「えー、何年すか。享保の改革の時期っすよね。たぶん1700年代の前半っす」
「1690年より後だな」
「それは確実っすね」
「じゃあ、寺に聞けば、何か分かるかもな。龍王寺行くか」
オレたちは振り返り、後方の龍王寺を見た。




