51.根屋家の残しもの
食堂のおばさんに聞いた根屋家の物を確認するため、村役場に向かった。
「戸塚さん、畑谷さん、おはようございます」
大川さんがニコニコ挨拶してくれた。
「おはようございます」
「昨日、神立さん…星影神社の神主さんが大変なことになって」
「はい、五十嵐と同じ状況に」
「これが続いたら怖いですね」
「ええ。ただ、いくつかの条件が必要そうだということは分かってきました」
「眠りから覚める方法は?」
「それがまだ分からずで…清水さん、いらっしゃいますか? 郷土資料室をまた利用させていただたく」
「少々お待ちください」
大川さんは清水さんを呼びに言った。少し話をして、清水さんはキーボックスから鍵を取り出してやって来た。
「おはようございます。また郷土資料室に入りたいとか?」
「はい。食堂のおばさんに、根屋家の遺品が引き取られていると聞きまして」
「ああ、根屋さん」
「ありますか?」
「物によるのですが、紙の類なら倉庫に保管しています」
「紙以外のものは?」
「それも倉庫なのですが、場所が離れていて」
「まずは紙の類を見せていただきたいです」
清水さんに連れられて、オレたちは郷土資料室に向かった。
郷土資料室に入ると、
「根屋家の資料は貴重資料扱いになるので、通常の利用書のほかに、すみませんがこちらの申請書にお名前や住所をご記載いただけますか? 資料名の所は根屋家資料とご記載ください」
「分かりました。あ、根屋家の漢字は?」
「根っこの根に、屋根の屋です。では、資料を持ってきますね」
申請書への記載が終わった頃、清水さんが大きな木箱を運んできた。綿の白い手袋が二組乗っている。
「こちらが根屋家資料になります。規則のため、こちらの手袋をご使用下さい」
オレたちが手袋をはめ終えると、清水さんは木箱を開けた。
「清水さんはこれを読まれているんですか?」
オレは確認する前に、ざっくり内容を聞こうと思った。
しかし、清水さんは苦い顔をした。
「挑戦はしたのですが、なかなか難しくて…」
「難しい?」
「例えばこちらです」
清水さんは、短編綴じになっている紙の束を取り出した。
「どこだったかな…」
と言って、ペラペラとめくっていく。
「あった。ここに『笹』という文字あるじゃないですか」
そう言って、そのページにある文字を指した。
「確かにありますね」
「後に続いているのは『嶺』だとは思うんですが、その後が正直読めなくてですね…解読するのを諦めたんです。かと言って、専門家に依頼する予算も無いですし…」
確かに筆による行書体で、初動素人にはほとんど読めない代物だった。オレにはニョロニョロと書かれた線にしか見えなかった。
「笹嶺右石しみあらわらるる」
畑谷が言った。
「え、読めるの?」
オレが驚いて言うと、畑谷はけろっとした顔で、
「読めますよ、普通に。え、逆に読めません?」
清水さんも絶句している。
「もきちの霊鎮めねばならぬ。子ノ三月十四日」
「もきち?」
「はい、ここに書いてあるっす」
畑谷が紙を指す。
「子って、もきちの子ということっすかね?」
畑谷が聞くと、清水さんは首を横に振って、
「たぶん、ね、です。ねずみ年ということかと思います。この時期の文書の場合、年号ではなくて干支を使うことが多いんですよ。笹嶺神社の右の石に染みが現れた。だからモキチの霊を鎮めなければならない。ねずみ年の3月14日ということだと思います」
「染みが現れる…」
オレが呟くと、
「オルダっぽいっすね」
と畑谷が言った。
「続き読んでくれ」
「はいはい。せんた、けふは馬込にて笹嶺と似た耳鳴りがするらしき 子ノ五月七日」
「耳鳴り…」
「長雨明け、笹嶺右石またしみ、徳兵衛女か。霊鎮めねばならぬ 子ノ六月十二日」
清水さんは畑谷の後ろから覗き込みながら言った。
「いつの時代のねずみ年か分からないですが、これが書かれていた頃は、笹嶺神社の右の石に染みが出ると、それを誰かの霊と考えていて、それを鎮めなければならないとしていたようですね。これが慰霊祭なのかもしれないですね」
「馬込とはどこですか?」
オレは清水さんに聞いた。
清水さんは少し考えて、
「現在そういう地名はないのですが、おそらくですが、臼田のあたりだと思います。昔は馬や牛を飼育していた小さな牧場であったとされています。今は牛舎になっています」
「臼田?」
「あの地図お持ちですか?」
「はい」
オレは大川さんから貰った地図を出した。
清水さんは村の外れの方を指した。そこは鬼虎の話を最初に聞いた万福寺のあった道を真っすぐ進んだ場所だった。オレはあの日、黙光寺に寄るために道を曲がったが、まっすぐ行ったら、臼田だったらしい。
その後、畑谷に読み進めてもらったが、だいたい似た内容であった。笹嶺神社の右石に染みが出たら、誰かの霊を鎮めなければならない、ということがひたすら繰り返される。そして、たまに耳鳴りの話が出てくる。耳鳴りがした場所として出てくるのが馬込か黙光寺、龍王寺、そして笹嶺神社であった。
新しい情報はなさそうだなと思った時だった。
「黙光寺長兵衛、起きたらしき目玉失ふ 丑ノ十月朔日」
畑谷はそれを読んでオレを見た。オレは思わず頷いた。
「それの続きはないか?」
畑谷は一行ずつ確認しながら、読み飛ばしていく。そして数行飛ばしたところで手を止めた。
「長兵衛子 耳鳴りつづき寺から出られぬらしき 丑ノ十一月二日」
「長兵衛の子に契約が移ったということか」
オレがそう呟いたとき、キンコンカンコンとチャイムが鳴った。
「あ、12時になってしまいました。一旦、郷土資料室は閉めなければなりません。午後に持ち越しでいいですか?」
清水さんは言った。
「今日は一旦お開きでも大丈夫そうです」
「そうですか?」
「また、明日、もしかしたら来ます。今日の午後は臼田に行ってみたいと思います」
「分かりました。それでは、私はこれらを片付けますので、ご自由におかえりください」
「いろいろとありがとうございました」
「いえ、私こそ、慰霊祭が年一の行事ではなく、笹嶺神社の右石に染みが出たタイミングで行っていたものようだと分かっただけでも収穫でした」
オレたちは清水さんに礼を言い、昼食のため食堂に向かうことにした。




