50.食堂で
食堂に到着すると、のれんは出ていなかったが、換気のためか入口の扉が少し開けられていた。中に人がいることは確実そうである。
扉の隙間から中を覗くと、食堂のおばさんがテーブルに裏返しで乗せられていた椅子を床に降ろし、テーブルにアルコールスプレーをかけて拭いていた。
オレは「すみません」と言いながら、ゆっくりと扉を開いた。
おばちゃんは振り返って、入口に立つオレたちを見た。
「あらあら、おはようごいす。ごめんなさいね、開店は11時半さよぉ」
「あ、いえ、お邪魔じゃなければ、開店の準備しながらでいいので、少しお話をお伺いできないかと思いまして」
「話?」
「大丈夫ですか?」
「あ~、ちょっと待ってけぇ」
おばちゃんは調理場に戻り、冷蔵庫の中から下処理が終わったと思われる野菜の入ったタッパーを取り出して、鍋に投入し、水を入れて、火をつけた。そして、再びこちらに戻ってきて、テーブルの設置と清掃を再開した。
「はい、いいさよぉ」
「この村の人とよく会って、よくお話しているのではないかなと思っているのですが」
「ほうねえ、固定客は決まってるけどねえ」
「笹嶺神社についてお詳しかったりしますか?」
「ああ、昨日星影神社の神主さんが倒れてたって聞いたよぉ」
「そうなんですよ。その件もあって、オレたちは笹嶺神社について調べているのですが、何か笹嶺神社にまつわるお話を知っていれば、聞かせていただきたいなって」
「笹嶺神社ねえ。あまり行く場所ではないからねえ」
「行かないんですか?」
「初詣に星影神社行くくらいで、神社は滅多に行かないさよぉ」
確かに初詣か、何か願掛けするくらいしか神社は行かないな、と思った。
「ああ、笹嶺神社にまつわる話といえば鬼虎の話があるけど、聞いとる?」
「結構色んなところで」
「そうけぇ。笹嶺神社にまつわる話ほかにあったかなぁ」
「例えば、笹嶺神社を管理していた根屋家の話とか」
「ああ、根屋? 今は村から出て行ったさよぉ」
「そうらしいですね」
このタイミングで調理場からピピピとタイマーが鳴った。
「ちょっと待ってけぇ」
おばさんは調理場に戻り、タイマーを消して、炊飯器のスイッチを押した。そして、先程火にかけた鍋に調味料を感覚で入れている。そして、隣にある大型の深い鍋に火をつけた。そして、戻ってきた。
「アタシ、根屋と同級生さよぉ」
「そうなんですか?」
「小中学の時はそれなりに仲良くてさあ、色んな愚痴を聞いてたけぇ」
「愚痴?」
「小学生とか中学生は残酷なこと平気でするじゃん。根屋ん家は鬼虎の話に出てくる千代の家系さよぉ」
「そうらしいですね」
「学校には寺の子もおってね。そうなると、寺の子は千代の子を殺した子の子孫、根屋は呪いをかけた千代の子孫と言ってくる子たちがいてさあ、根屋は『あいつは呪いをかける』みたいなことを言われてたさぁ」
小学生あるあるのような話である。
「根屋はその度に『なんでいつまでも何百年も前の話に縛られないといけんけ?』って言っててさあ」
ど正論である。
「根屋の家はずっと笹嶺神社の管理してたさよぉ。笹嶺神社に行くと呪われるとかも言われとってね、『あいつに近寄ると呪われる』とか言う子もおってさ、根屋は笹嶺神社の管理を引き継ぐのをずっと嫌がってたさよぉ」
オレが根屋さんの立場でも同じことを考えたかもしれないな、と思った。
おばさんは、テーブルを一通り拭き終わって、調理場に戻り、マスクをして調理を開始した。
「根屋はとにかく村を出たかったみたいで、必死に勉強してさ、富士の進学校に進んで、東京の大学行って、東京で就職したさよぉ。お父さんが亡くなると、お母さんを東京に呼んで、家を払っちゃったさよぉ」
星影神社の神主のお父さんの話と一致している。根屋さんが笹嶺神社と縁を切りたくて村を出たのは間違いないようだ。
「笹嶺神社で呪われた人っていたんすか?」
畑谷が聞いた。
「人はさあ、悪いことが起きると、何かのせいにしたがるずら。だから、『笹嶺神社の呪いだー』とか言っている人もいたことはいたけど、笹嶺神社に行ったから呪われたんじゃなく、悪いことが起きたから笹嶺神社のせいにしたみたいなのが多いと思うけぇ」
「そんなもんすよねえ」
「笹嶺神社で倒れてた男の人、診療所で寝とる人、あの人が見つかった時も『笹嶺神社の呪いだー』て言ってた人いたねえ」
「診療所でもそんなことを言った患者さんいたらしいです」
「そうそう、根屋が家引き払うとき、価値のありそうなものは役場が引き取ったって聞いたよ。さすがにお父さんの日記みたいなのは捨ててるだろうけど、古文書みたいなのは残ってるかもしれないよぉ」
畑谷は身を乗り出して聞いた。
「村役場の郷土資料室っすか?」
おばさんは、野菜を入れた鍋の味を確認しながら答えた。
「そうそう。行ってみるといいずら」
畑谷はオレを見た。オレは頷いて、
「行ってみます。お昼になったらまた来ます」
「はいはい、待っとるよ」




