48.電話
翌朝起床し、まだすやすやと寝ている畑谷を残してトイレに向かうと、そこには晴れ晴れとした顔の三田さんがいた。
「おはようございます!」
半分寝ている状態のオレに向かって、元気に挨拶をしてきた。
「おはおうござーます」
オレは大きく欠伸をしながら、挨拶をした。
「朝から元気ですねえ」
「いやあ、何も起きなかった。無事朝を迎えられたというのが嬉しくて。昨日は不安で不安でたまらなかったですからね」
そうか。三田さんは昨日突然体に得体のしれない虫が入ってしまったのだ。一日目は、そりゃ不安だったろう。
「不安がなくなって良かったですね」
「はい。本当に良かったです。これで安心して家に帰れます」
朝9時少し前に、飯尾さんが三田さんを迎えに来た。
オレと畑谷と医者と看護師は並んでお見送りの体制を取っている。
「わざわざありがとうございます」
三田さんは飯尾さんに頭を下げた。
「MRIの予約は?」
「先生が以前勤めていた病院を紹介してくださって、今日の14時にちょうど空きが出たということで予約取りました」
飯尾さんは医者に頭を下げて、
「三田が何かとお世話になりまして、本当に感謝いたします」
「いえいえ、医者として当然のことをしたまでです。とはいえ、三田さん」
医者は三田をジッと見た。
「はい」
「もし、病院の医師がオルダについて調べたいとか言い出したら、私を参加させるように伝えてくださいね。最初に診察した私には論文を書く権利があると思うんです。現状、日本にいる医師の中でオルダを最も理解しているのは私、ですよね?戸塚さん」
医者はニコニコとオレを見た。
「そ、そうですね。医者の中で一番オルダの知識を持っているというのは間違いないと思います」
医者は満足そうに大きく頷いた。
「ということで、三田さん、その点だけはご考慮お願いしますね」
「承知しました。…あっ」
そこで、三田さんは思い出したようにオレを見た。
「昨日の夜、寝る前にふと考えていたんですよ。僕がやって、お二人がやっていないことは何だろうと。笹嶺神社で」
「ああ、はい」
「ひとつ思い浮かんだことがあって」
「なんですか?」
「僕、引っ張られる前、『体から抜けてくれたらいいのに』って思ったんです。耳栓をしていてもオルダの鳴き声がうるさくて、こんなのが一生続くなんて嫌だなとか思ってて、『体から抜けてくれたらいいのに』って思ったんです。きっと、お二人は、あそこを覗いたときにそんなこと思ってないですよね?」
確かに、そんなことは微塵も考えていなかった。おそらく畑谷もそうだろう。
「可能性の一つとしては考えられそうですね。ありがとうございます」
「では、今日は失礼します。何かあったらメッセージ送るようにしますね」
「はい」
こうして三田さんと飯尾さんは帰っていった。
「さて、診察の準備始めますか」
看護師が医者に言った。
「では、我々も体拭きやりますか」
オレは畑谷に言うと、畑谷は眉をひそめて、
「俺、嫌なことに気づいちゃったっす」
「ん?」
「今日から二人分ってことっすよね。五十嵐さんと神主さん」
「…あ」
そうだ。神主さんの存在を忘れていた。そうか、一人追加されたんだった。
看護師はニコニコしながらオレたちに言った。
「お願いしますね♪」
オレと畑谷は同時に「はい」と答えた。
その後二階に戻り、五十嵐の体拭きを終え、神主さんの体拭きを終えたタイミングで看護師がやってきた。
「戸塚さん、富士宮署の香川さんからお電話が入ってます」
香川さんから? オレの教えているのに診療所に?と思ったが、ここはWiFiは繋がるが電波は届いていないんだった。
「はい、お電話かわりました。戸塚です」
『あ~香川です。おはようございます』
「おはようございます。どうかされましたか?」
『根屋の娘さん、分かりましてね。現在の名前は平木信代さん』
「平木?!」
『そうです。戸塚さんが予想していた通り、現在DEAUに勤めているようです』
DEAUの社長秘書が黒髪の女性だったということか。
『我々はこれから横浜に向かって、平木さんにお話を聞きに行く予定です。戸塚さんはどうされますか?』
「どうされる?」
『ほら、根屋の娘さんを見たいみたいなこと言うてましたよね?』
「遠くから見るだけですよね。DEAUの平木さんであることが確定されたのであれば、わざわざ見る必要はないんですけど」
『そうですか』
「ただ、聞いてほしいことがあります」
『何でしょう?』
「星影神社になぜオルダを奉納したのか。神主に何を伝えたのか。オルダと契約する方法と、契約を解除する方法だったのか。なぜ、オルダのオークションに参加しているのか。社長を参加させているのか。笹嶺神社の慰霊祭とは何を行っていたものなのか」
『ふむふむ。分かりました。聞いておきましょう』
「ありがとうございます」
『他に聞いてほしいことが出てきたら、メッセージで送っておいてください』
「分かりました」
香川さんとの電話を終え、オレはそこが診療所の受付であることに気づいた。
「おや、新入りさん?」
一人のお婆さんが診察券を出しながらオレを覗いてきた。
「今日の待ち時間はどれくらいけぇ?」
オレは苦笑いを返し、奥にいる看護師にアイコンタクトを送った。看護師はすぐにやってきて、
「新藤さん、おはよう。今日もいつもどおりですよ」
「そうけえ。じゃあ、待っとるわ」
と言って、待合所の椅子に腰を掛けた。そこには老人たちが10人ほど座っていた。
「大繁盛ですね」
オレが看護師に言うと、看護師は小声で言った
「この人たちのために、私たちはいるの」




