44.簡易検査
「えっ?! 左腕にオルダが入った?! それは早急に診た方が良いです」
検視官の三田さんを連れて診療所に戻ると、事情を聞いた医者は大変驚き、そう言った。その目は心配というより興味がみなぎってギラギラしているように見えた。
しかし、三田さんは医者の反応よりもオルダの鳴き声に気を取られたようだった。五十嵐のオルダと共鳴しているのだろう。オレは慌てて五十嵐の部屋に行き、五十嵐のカバンを持ってきて、三田さんと挨拶させた。
「あ、鳴き止みました。今後、これを続けなければならないんですね…」
三田さんは少々憂鬱そうな顔をした。
「そういうことになります」
オレは大きく頷いた。
三田さんが落ち着いたところで、医者による診察が開始された。
「おお!本当だ。腕の中で生きている。こんなの初めて見ます。鬼虎の話のとおりですね」
医者はそう言いながら、三田さんの左腕をこすっては、オルダが動くのを観察し、再度こすっては、オルダが動くのを観察した。
「表面に凸部がないので、皮膚の内側に入っているようですが、筋肉までは行っていないというか、皮下にいる形ですね…。オルダは薄いのかな…」
検査機関に出すので結果は後日になりますが、と言って血も抜いた。
次に、三田さんを診察台に寝かせ、内蔵をエコーで確認していく。看護師のサポートにより滞りなく進む。
「胃、肝臓、胆のう、膵臓、腎臓、脾臓、腸いずれも異常はないですね。全然別件ですが、肝臓が脂肪肝になりかけてますね。お酒の飲みすぎか、間食のしすぎかですかね。量減らしてくださいね」
「…わかりました」
三田さんは申し訳なさそうに返事をした。
エコー検査を終えると、そのままの状態で心電図を取る。
「心臓は…RSRパターンが認められますが、これは健康診断で指摘されたことありますか? 右脚ブロックとか」
「ああ、健康診断で毎年」
「ということは、オルダの影響ではないですね」
そこで飯尾さんが口を挟んだ。
「心臓に問題があるんですか?」
「右脚ブロックと言って、心臓の弁の動きが左右でちょっとズレていると出てるんですが、右脚ブロックの場合は特に気にしなくても大丈夫です。基礎疾患のない健康な人でも多く出るので」
「そうですか」
「次は聴力と眼圧の検査をしましょう」
部屋を変え、聴力と眼圧の検査を行った。ここでも異常はなかった。
「では、最後に肺のレントゲンをしましょう」
三田さんのレントゲン検査も終わり、医者による総括が行われた。
「血液検査の結果が出ない限り確定は出せませんが、現状では健康上に問題はなさそうですね」
三田さんはホッとしたように「良かったです」と言い、飯尾さんもふぅと肩を荷を下ろした。
「この小さな診療所で色々な検査ができるんですねえ」
香川さんが言うと、医者は笑った。
「ここは村の検診の指定機関なんですよ。CTやMRI検査はできませが、人間ドックでやるような検査設備は一通りそろっています」
「一人で全部診るんですね」
「ええ。私がこの村に派遣されたのも、私が人間ドック専門医だったからなんです」
「人間ドック専門医?」
「検査所見に基づいて、健康評価を行って、再検査等が必要かどうか判断するお医者さんですね」
「へえ」
「元々は胃腸科外科の医師だったんですが、ERを見て医師を志したこともあってに救命救急センターに異動したんです。でも、過労で体壊してしまって…。病院に進められて人間ドックを担当するようになりまして」
医者は三田さんに向けて笑った。
「人間ドック専門医として、現状では心配する必要はないと言えます。ただ、脳に関しては検査ができていませんので、大きな病院で頭部MRIやMRAを受けてもいいかもしれませんね」
「分かりました」
三田さんは答えた。
一通り終わったようなので、オレは気になっていたことを聞いた。
「神主さん、うなされたりとかしてなかったですか?」
「いや、特に。ずっと寝ています。どうしてですか?」
「オルダは契約者から離れると寂しくて鳴くんですよ。オルダ自体が離れていても、契約者の耳にはオルダの声が聞こえるんです。だから、基本的にオルダは常に携帯しているんですが、神主さんのオルダ、笹嶺神社に落ちてたんですよ」
オレは香川さんを見た。
香川さんはそれに気づいて、星影神社の石を手に取って医者に見せた。
「つまり、神主さんから離れた場所にあったということなんですが、眠っていたとはいえ、離れていた影響は出ていなかったのかなと思ったんです」
「んー、特に何もなかったと思います。ですよね?」
医者は看護師に聞いた。
「ええ、診療所に運ばれてきたときからずっと様子は変わらないです」
「そうですか…」
すると医者が言った。
「ノンレム睡眠の状態かもしれないですね。無意識で夢も見ていない、ただ深く眠っている状態。五十嵐さんは以前大学病院で脳の検査をしていますが、その時も睡眠が深まる状態で見られるδ波が目立っていたようなので、おそらくそういうことなのだと思います」
「なるほど…」
と言ったものの、それが何か分からないが、オレの中で妙な違和感があった。




