43.前腕のオルダ
森を抜けて、笹嶺神社の社まで戻ると、松井さんが一人で立っていた。
「三田は?」
検視官の飯尾さんが松井さんに尋ねた。
オルダが体に入り込んだ検視官は三田さんというらしい。
「あの場所を離れたら、少し落ち着いたのですが、この場所に戻ってきたら再び耳が痛いということで、一旦村役場の前まで移動しました。そちらで待機していただいています。今は落ち着いています」
松井さんの回答に疑問が残った。
「ここで再び耳を痛がったんですか?」
オレは思わず聞いた。
「はい、この辺りに近づくと再び耳が痛くなり始めたとかで。社を出て、少し離れたところで落ち着きました」
オレが抱いた疑問と同じことを考えたらしい畑谷がオレに耳打ちした。
「この場所に他のオルダがいるということっすかね? でもそのオルダに俺たちのオルダが反応しないということは挨拶済みのオルダっすかね?」
「もし、この場所にオルダがいるのだとしたら、そういうことになる」
オレたちが小声で話していると、香川さんが参加してきた。
「もしも彼の体にオルダが入り込んだとして、命には影響しませんよね?」
その言葉に飯尾さんも反応した。
「命にかかわりますか?」
オレは思うことを口にした。
「先ほどお伝えした鬼虎の話が本当にあったことなのだとしたら、オルダが体に入り込んだ村人たちは、オルダの鳴き声を聞くようになった以外は普通に暮らせていたと思います。子供も孫も作り、今なお子孫が残っている状態ですので、おそらく命には影響ないかと思います」
「それは良かった」
「ただ、慣れるまでは若干暮らしにくくはなるかと思います」
「暮らしにくい?」
「他のオルダに出会うたびに、オルダの鳴き声が聞こえるようになるので。その度に、他のオルダと挨拶するか、あるいは、その場から早く離れなければならない」
「なるほど」
香川さんは人差し指を口の下に当てた。
「早く彼と合流して、法医の先生はお骨の調査をお願いできますか? そして彼には人間ドックではないですが、身体にどのような異常をきたしているのか検査してもらましょう」
「わかりました」
と法医の中島さんは答え、
「私も病院を手配します」
と飯尾さんは言った。
そして、オレたちは村役場の前へと向かった。
村役場に到着すると、三田さんに同行していた検視官が車から降りてきた。
「みなさんがやってきたら、再び様子がおかしくなりました」
オレと畑谷は挨拶したはずだと思ったが、星影神社の石の存在を思い出した。
「香川さん、星影神社の石を三田さんに渡してください」
「あっ、分かりました」
香川さんは、三田さんが乗っている大型ワゴンに駆け寄り、助手席に座る彼に星影神社の石を手渡した。
会話は全く聞こえていないが、三田さんの反応からして、音は聞こえなくなったらしい。ケロッとした顔で車から降りてきた。
「皆様、ご迷惑をおかけしました」
飯尾さんは首を横に振って言った。
「いや、私の方こそ巻き込んでしまったようで申し訳ない」
いい上司だ、と感心していると急に話を振られた。
「戸塚さんの話によると、生活に若干の支障はきたすものの、命には影響ないらしい。戸塚さん、日常生活における注意点を三田にお伝えいただけますか?」
「あ、はい」
オレは、三田さんに向けて、一通り伝えることにした。
「まず、現在三田さんはオルダという虫が体に入り込んでしまっている状態になるかと思います。袖をめくっていただけますか?」
三田さんは素直に両腕の袖をめくった。血を流していた方の左手側の前腕部に黒いものが見えた。
「その左腕、前腕の外側に黒いものがありますよね」
三田さんは自分の左腕を確認して、驚いた。
「これが、オルダですか?」
「はい、おそらく擦ると動きます」
三田さんは左腕にある黒いものを擦った。すると、その黒いものは内側に移動した。その動きは石の中とほぼ同じであった。三田さんは身震いのような反応をした。
「体の中に虫が入ってて大丈夫なんでしょうか?」
「確かなことは言えませんが、この村の伝承が事実なのであれば、今日明日の命にかかわることは無いかと思います」
「細かい影響については明日、病院で検査をしてもらおう」
飯尾さんがフォローしてくれた。
「体にオルダが入り込んだ人と会ったことはないので、あくまでオルダと契約をしている場合と同じであればという前提でお話しますと、現在手に持たれている石、ありますよね」
三田さんは香川さんから渡された星影神社の石を見た。
「その石にはオルダが住んでいます。現在の三田さんと同じ状態です。そのようにオルダが住んでいる石が稀に街に存在していたりします。その石に近づくと、オルダ同士が共鳴をします」
「共鳴?」
「ギーーーーーーーーーーーーーー―という声で鳴きます」
「あっ! それさっきまで聞こえていた音です」
「ええ、オルダの鳴き声です。この鳴き声は普通に暮らしている人には聞こえません。オルダと契約を結んだ人にのみ、契約したオルダの声が聞こえるようになります。現在、三田さんは、その腕のオルダと契約した者と同じ状態になっているのだと思います」
三田さんは口をきつく結んだ。
「オルダは、知らないオルダに出会うと警戒心からか鳴いてしまうので、オルダを鳴き止ませるには、オルダ同士を挨拶させる必要なあります。挨拶はオルダが住んでいるもの同士を付ければ成立します。その石を持っていただいたら、オルダの鳴き声が止みましたよね?」
「はい、持った瞬間に消えました」
「それが挨拶になります。一度挨拶さえしてしまえば、オルダは挨拶済みのオルダに対して鳴かなくなります。つまり、鳴き声が聞こえたら、近くのオルダに挨拶するか、あるいはそのオルダがすぐに見つからない場合は、その場所から早急に離れるかの二択になります」
三田さんはゆっくり頷いて、
「分かりました。しかし、命に別状はないと何故分かるのでしょう?」
「それは、確証はないですが、この村のお寺の人たちの始祖は、三田さんと同じようにオルダが体に入り込んだようです。彼らには子供ができ、孫もでき、その子孫たちが今なおお寺を経営しています。つまり、オルダが入り込んだ後に子供を作っていますので、命には別状なかったのだろうと思います」
三田さんはホッとしたように息をついた。
「ただし、懸念が一つあります。寺の伝承では、オルダは子供にも発現したことがあったようです」
三田さんは目を見開いた。
「現在の寺の人たちの体にはオルダは存在していなさそうなので、いつからは消えるのだと思いますが」
「おまえ、子供作る予定は?」
飯尾さんが心配そうに三田さんに聞いた。
「また結婚できれば…ですかね。でも、既に2人いるので…。大丈夫です」
この言葉から、三田さんは離婚経験者で、前妻との間に2人子供がいるのだろうと思った。
「そうだ。診療所で取り急ぎ診てもらうのはどうですか?」
オレは三田さんに伝え、香川さんを見た。
「それ、いい案ですね。あそこの先生はオルダに興味ありそうなので、今すぐでも診てくれそうですな」
飯尾さん、三田さんを残し、検視官2人と法医の中島さんはお骨と共に本署の方に戻り、刑事2人と飯尾さん、三田さん、オレ、畑谷は診療所へと向かった。




