33.黒髪の落札者
診療所の裏口に戻ると、看護師が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。そちらが一緒に泊まる方?」
「畑谷です、よろしくお願いします」
「ここで看護師をしている佐竹美樹です。どうぞ」
看護師に導かれて、診療所の中へと入った。
「この辺で下着とか洋服とか売ってるところありますか?」
看護師の後ろを歩きながら、畑谷が聞いた。
「俺、急遽連泊することになったんで、着替えがないんす」
「洋服は内船に出ればホームセンターで下着やスエットのようなものは買えますけど、もし若者の服を希望なのであれば、富士市に出てもらうのが一番かと思います」
「ホームセンターか。ホームセンターならシャベルとかも買えますね?」
畑谷がオレに言ってきた。
「そうだな」
オレが答えると、看護師が不思議そうに聞いた。
「シャベル?」
「掘って確認したい場所がありまして」
「笹嶺神社ですか?」
「はい、そうです」
ちょうど2階に到着して、看護師が振り返って心配そうな顔で言った。
「祟られません? 大丈夫ですか?」
畑谷は同じような表情で頷いて、
「そうっす。だから、今日は掘ってこなかったっす」
「五十嵐さんの件もありますし、あまり無理しないでくださいね。そうだ。えっと…今日のお部屋なのですが、急患が来た場合は個室の方を優先して使いたいので、2人部屋の方を使っていただいていいですか?」
「全く構いません」
オレは畑谷に向かって「いいよな?」と聞くと、畑谷が、
「イビキうるさいっすけど、いいっすか?」
と言ってきたので、「耳栓するよ」と返した。
「戸塚さんの荷物は2人部屋の方に運んでおきました」
「ありがとうございます」
「今日の夕食なんですけど、19時過ぎの予定です。それまで部屋で休んだり、シャワー使ったりしてください。19時過ぎたら扉をノックして、入ってきてください。私はちょっと下の整理してきますので、失礼します」
看護師は、1階に降りていった。
オレたちは2人部屋に入った。看護師の言う通り、オレのスーツケースが窓際のベッドの横に置いてあった。
「俺、診療所に宿泊するの初めてっす」
「オレも、今回初めての経験だ。畑谷くん、先にシャワーどうぞ。出てすぐのトイレの横がシャワールームだ」
「入りたいのは山々っすけど、替えの下着ねぇんすよ」
「一日くらい同じ下着付けたって平気だろ。んー…嫌なら、さっき看護師が言ってたホームセンター行ってみるか?」
「こっからどれくらいなんすかね?」
「この村に来るとき、オレは井出という駅からタクシーで50分かかったんだが、話によると、内船も似たような距離だというから、50分くらいかかるんじゃないか」
「この暗さで山道怖いっすね」
「まあ、そうだな」
「明日にしましょ。明日朝着替え買いに行っていいっすか?」
「明日は日曜で、村役場も開いてないからな。ホームセンターで必要なもの買ってもいいしな。いいぞ」
「じゃあ、今日は同じ下着で我慢するっす。シャワー先に借りますね」
「おう」
畑谷は部屋を出て、トイレ経由でシャワールームへ入っていった。
オレは、その隙に朱里さんにメッセージを送った。
『今年にワタベだかワタナベだかが出品した10センチ大の薄緑のオルダを落札した中に、黒髪の女がいるかどうか教えてほしい』
オークションに参加する人は、基本的に匿名が許されず、身元が割れている。もしも落札者の中にいるのであれば、その人を特定できるはずだ。
すると、すぐに回答があった。
『その人が五十嵐くんと関係あるの? 黒髪の人の年齢は?』
『分からない。女の人はもしかしたら若いかも。髪は長いはず』
『黒い髪の女性で思い当たるのは2人。ひとりはFIGAN代表の田代様、もうひとりはDEAU社長の小島様の秘書の平木様』
『秘書?』
『秘書さんも1度落札しているの』
DEAU社長はこの前オレのオルダを超高額で落札してくれた人だ。顔は全く覚えていないが、確かに彼の隣に黒髪の女性が座っていたような気がする。
タクシーの運転手は黒髪の女を乗せた時期を言っていなかったが、1年くらいの間に五十嵐と、岡田教授と、黒髪の女を乗せていると言っていたはずだから、黒髪の女は五十嵐よりも前に根音村に来ている可能性が高い。つまり3か月以上前だ。
一方、オーナーの話ではDEAU社長は2か月前からオークションに来るようになったという話だった。つまり、秘書は根音村に来た黒髪の女ではない可能性が高そうだ。
だから、オレはもうひとりについて聞いた。
『FIGAN代表の人は、いつ頃落札した?』
『半年くらい前かな。もうちょっと前かな。秘書さんも同じ頃』
『同じ頃? DEAU社長は2か月前からオークションに来るようになったという話ではなかったか?』
『秘書さんは、今はDEAU社長の秘書だけど、その前は旗屋書房の安西様の秘書をやっていたの。その縁でDEAU社長がオークションに来るようになったの』
『旗谷書房社長の秘書の時に落札した?』
『そういうこと』
『二人の出身地分かる?』
『さすがにそれは分からない』
『ありがとう。また何かあったら連絡する』
『了解』
オレはまずFIGANについて検索した。FIGANは代表の田代保乃という女性が大学在学中に立ち上げたスキンケア製品の開発や販売を行っているブランドで、現在は機能性食品の開発や販売を行っている会社の子会社のようだ。ホームページに掲載されている代表の写真は確かに黒い長髪である。そして、その女性はオークション会場で見た記憶があった。最終学歴は昭成大学薬学部卒となっているが、出身地の記載はない。東京の大学なので何とも判断がつかない。親会社の役員もついでに確認した。代表取締役と専務取締役の一人には見覚えがあった。彼らもオークションに参加している。田村女史は彼らとの繋がりでオークションに来るようになったのだろう。
次にDEAUについて検索した。マッチングアプリを運営している会社というのはオーナーから聞いたとおりだった。しかし、さすがに秘書についての情報はない。こちらは別の手段で調べる必要がありそうだ。
「シャワーお先いただきました」
とスッキリした顔の畑谷が戻ってきた。
オレは携帯を閉じ、
「適当に休んでてくれ」
と伝え、入れ替わりでシャワールームへ向かった。
シャワーを終えて戻ってくると、畑谷は携帯を手に握ったまま、通路側のベッドでイビキを書いていた。なるほど、このイビキには耳栓が必要である。
「ああ、シャワー終わったんすね」
オレの音に気付いたのか、畑谷が目を覚ました。
「ここ携帯繋がらないんすね。やることなくて寝ちゃいましたよ」
そうか、畑谷はWiFiに繋げられていないのか。勝手にパスワードを教えるわけにいかないので、夕食時に確認することにした。




