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ORDA オルダ~蟲の住む石~  作者: ふじしー
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31.永福寺

永福寺に到着すると、事前に黙光寺から連絡が入っていたようで、住職が待っていてくれた。星影神社に寄り道した分、待たせてしまっていたようだ。


「道に迷われましたか?」


 と、境内に入って早々聞かれた。

 住職は黙光寺の2人と同年代という風貌で、髪は白髪混じりで、頭を丸めて1ヶ月くらい伸ばしっぱなしにしたような長さだ。


「美佳子…黙光寺さんから連絡は入ってます。うちに伝わる鬼虎の話と、笹嶺神社の慰霊祭について知っていることを話して欲しいということで」

「はい、その通りです。あ、戸塚といいます。よろしくお願いします」

「畑谷です。よろしくお願いします」

「武下です。よろしくお願いします。美佳子の相方を寺の外に出られるようにしてあげたとか」

「もうそこまでご存じなのですね」

「だから、隠さず話してあげてほしいとお願いされました」


 住職の武下さんは苦笑いをした。武下さんの案内で境内を進みながら雑談をした。


「同級生なんですよね」

「幼稚園から高校までずっと同じでした。子供の数が少ないので、クラスも1クラスしかなくて、くされ縁ですね。今は俺たちの時よりもずっと子供が減って、幼稚園が無くなってしまったんですよ。美佳子は短大で保育士資格を取っていたので、共働きの家の為にと保育所を開設したんです。偉いやつですわ」

「黙光寺さんでも思ったんですが、あまり方言出ないんですね」

「ああ、方言強いのは年配層ですね。我々の代以降は標準語が少しイントネーション違うかなくらいかと」


 オレたちは、墓参りの人向けの休憩場所という墓の隣のテラスのような場所に座った。


「まずはうちに伝わる鬼虎の話ですね」

「はい、お願いします」

「綱吉公の時代、生類憐みの令が発せられ、あらゆる生き物の殺生が禁じられました。この村でも殺生に加えて、鳥や蛇、猪などの猟や、捨て子、捨て老人、捨て犬が禁じられていました。そんな中、別の村で犯罪を犯し、処刑されそうなところ逃げてきたという鬼虎という熊のような大男が現れました。鬼虎は村で一番大きな屋敷に忍び込み、その家の娘のひとり・千代を人質に取って、村の外れにあった笹嶺神社の社に立て籠り、『千代を殺されたくなければ、飯を運んで来い』と村人たちに要求しました」


 万福寺や黙光寺と概ね同じだが、より詳細であるように思った。


「村人たちは、鬼虎の要求に従い、毎日朝と晩に笹嶺神社に2人分の食事を届けました。しかし、それ以外の時間も、村人たちは交代制で笹嶺神社の様子を伺っていました。数日経って、鬼虎が定期的に排便や小便のために外に出てくると分かり、村人たちは鬼虎の排便の瞬間を狙って千代を助け出すことにしました。予定通り鬼虎が排便の為に社を出た後、社に忍び込みました。千代は縄で柱に括り付けられていて、すぐに救出が出来ず、手間取っていると、その音に鬼虎が気付いてしまいました。鬼虎の見張り役だった村人たちは思わず持っていたナタや鍬で鬼虎を襲ってしまいました。屈強な大男である鬼虎もこれには敵わず、息絶えました。千代は助け出すためとはいえ、人を殺してしまったことが判明したら、それに関わった者の死刑は免れない。幸い、鬼虎は村の人間ではなく、消えたところで誰も気づかない。村人たちは、鬼虎の遺体を森の奥に埋め、鬼虎は村を出て行ったということにしました」


 畑谷が小声で「黙光寺より詳しいですね」と言ってきたので、思わず頷いた。


「それから数ヶ月後、千代は男の子を産みました。千代が嫁入り前であったことや、笹嶺神社での様子から、男の子は鬼虎の子ではないかという噂が立ちました。村人たちは千代に子供を捨てるよう進言しましたが、千代は自分の子であると拒絶し、また、生類憐みの令もあって村人たちも強制することはできませんでした。千代の子は成長するにつれ鬼虎の風貌に近づいて行きました。悪さをすることはありませんでしたが、村人たちは千代の子がいつか鬼虎のようになるのではないかと不安でなりませんでした。一人の村人が『鬼虎の子だ。いつ豹変するか分からんけぇ、手遅れになる前に手を打つずら』と言い出し、それに賛同した村人たちは、千代の子を笹嶺神社の社に閉じ込めました。『出してけぇ』と千代の子は泣き続けましたが、村人たちは閉じ込め続けました。朝晩の食事は与えていたものの、量が足りなかったのか、千代の子は衰弱していき、やがて声が聞こえなくなりました。村人たちが恐る恐る様子を覗くと、千代の子は既に息絶えていました。これは隠さなければならないと、千代の子を鬼虎と同じ場所に埋め、千代には黙っていました」


 オレと畑谷はひたすら耳を傾ける。


「しかし、秘め事は永く続かず、千代の子の死は千代の耳に届いてしまった。千代は子供が埋められた場所へ急ぎ、掘り起こしました。目がガッと見開かれているのに正気はない。千代は何を思ったか、子供の目玉をくり抜いて、その目玉を食べてしまいました。千代はブルブルと震えだし、『私の子供を殺した人間を、一生呪ってやる。末の代まで永遠に呪い続ける』という言葉を残して息絶えました。村人たちは、千代もその場所に埋め、供養しました。やがて、その場所から千代のものか、子のものか、涙が溢れ出しました」


 武下さんは、一度話を止めた。


「もう少しなので、お付き合いください」


 武下さんの言葉に、オレは「むしろ有難いです」とよく分からない回答をしてしまった。


「千代の死から幾日か経って、千代の子の監禁に関わった村人たちは自分達に起きている異変に気がつきました。他の村人に会う時には何も起こらないのに、監禁に関わった村人同士で会うと千代の子の泣き声が耳の中に響く。そして、その泣き声が聞こえる村人は決まって体に黒いアザのようなものが消えたり現れたりしました。これが千代の呪いだと村人たちは思いました。祈祷しても除霊しても何をしても千代の呪いが解かれることはなく、なす術を無くした呪われた村人たちは、せめてもの償いをしようと、それぞれが影響を与えない間隔で、千代の眠る方向に向けて寺を建て、毎日祈ることにしました。千代の呪いは、村人の子、孫と引き継がれましたが、祈りは通じ、やがて解かれました」


 永福寺の鬼虎の話は、まるで文面で残っていたのではないかと思うくらい詳細だった。万福寺と黙光寺は伝承の間に抜け落ちたものもあったのだろう。

 そして、他の二箇所と違い、永福寺では千代の呪いは解かれたことになっているようだ。


「千代の呪いは解かれたのですか?」


 オレは思わず聞いた。

 武下さんは頷いた。


「うちでは呪いは解かれたと伝わっています」

「他の寺では、女性は呪われているから嫁に行けないとか」

「うちの家系は、なぜか女の子が生まれなくて、千代の呪いに縛られた不幸はなかったんです。逆に言うと、女の子が生まれないことが千代の呪いなのかもしれませんが…」

「笹嶺神社の裏の森で、湧水を見つけたんですが、あれが千代の子の涙ですか?」

「近くに紅葉の木はありましたか?」

「この辺りは富士の湧水が多いので見分けが付きにくいのですが、シイやクヌギなどの中で目立つようにと紅葉の木を植樹したとされています」

「されている?」

「お恥ずかしながら、私は笹嶺神社に行ったことが無いんです。行ってしまったら、千代の呪いに触れてしまうのではないかと怖くて。美佳子も同じ事を言ってました。この村の寺の人間は、そういう人が多いかもしれません」

「笹嶺神社の慰霊祭について、寺の人間が神社の慰霊祭に関わるとは考えにくいと黙光寺さんでが仰っていたのですが、神と仏だからという理由の他に、千代の呪いの件もあって考えにくいということもありえるのでしょうか?」

「そう思います」

「笹嶺神社の慰霊祭は、なぜ始まったのかご存じですか?」

「先に言いました通り、うちは笹嶺神社と関係は深くありませんので、伝わっている話はあまりないです。慰霊祭が始まった時期が千代の呪いの時期に近いのは事実のようですが、その時期は生類憐みの令の時期とも重なっていますので、その影響で始まっている可能性もあるかもしれません」


 やはり笹嶺神社の慰霊祭は千代の呪いとは関係ないものなのだろうか。


「笹嶺神社を管理しているのは、星影神社さんなので、慰霊祭については星影神社さんに聞いていただく方が何か分かるかもしれません」


 星影神社の名が出た瞬間、オレと畑谷は顔を見合わせた。


「星影神社が笹嶺神社を管理しているんですか?」

「今は星影神社さんが管理しています」

「今は、ということは、以前は違った?」

「はい。笹嶺神社は元々森の神を祀っていて、社もなにもなかったそうで、特定の管理者はおらず、有力者の支援により社を建て、村人が共同で管理していました。千代の時期もそうだったのだと思います。いつからか特定の家が管理するようになったのですが、その家が絶え…というか、跡継ぎが村を出ていってしまい、一番近い神社である星影神社が管理を半ば強引に任されたようです」

「星影神社と連絡が取れたりしますか? 実はオレたち、ここに来る前に星影神社に立ち寄ったのですが、かなり不審がられてしまい…」

「申し訳ないです。うちは繋がりは無いんですよ」


 武下さんは少し考えて、


「村役場から連絡を入れてもらうのが良いかもしれません」


 永福寺では、これ以上の情報は得られなかった。

 オレたちは武下さんに礼を言い、永福寺を出た。

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