29.住職の耳鳴り
「私です。あの男や、診療所の男、そしてあなた方が来る直前、耳鳴りがしました」
住職が言うと、続けて女性が、
「1年ほど前でしょうか。寺の敷地を出ると強い耳鳴りがすると言い出して、まるで父と同じで、正直千代の呪いかと思いましたが、住職と父は血の繋がりはないので…」
オレは、住職に聞いた。
「手水舎の亀の下のヒスイを洗っていた時に、手を怪我されたりしましたか? 手を切って血が出たとか」
「それはたまに有ります。亀の尾の部分が尖っていて、たまにそれで手に傷が付けることがありまして。それが耳鳴りと関係が?」
「あのヒスイには虫が住んでいます」
「ええ、それば聞きましたよ。ヒスイのアザは虫だと。信じられませんが…」
オレは一度女性を見てから、再び住職に視線を戻して、
「あの虫はオルダと呼ばれています。オルダの生態はまだ解明されておりません。普通に暮らしている限り、オルダの存在に気づくこともないでしょう。しかし、オルダと契約を結ぶことで、オルダの声が聞こえるようになります」
「契約?」
オレはペンダントを外して、ペンダントトップの石を2人に見せた。少し擦るとオルダが姿を現した。
「アザ…」
女性が驚いて呟いた。
「オルダと契約を結ぶ方法は、オルダに血を吸わせます」
住職は自分の手を見た。
「オルダは契約した者と常に一緒にいることを望みます。離れると寂しくて鳴き続けます。また、オルダは、別の知らないオルダが近づくと警戒して鳴きます。ギーーーーーーーという鳴き声は、契約を結んだ者にしか聞こえません」
「ギーーーーーーーという音です。私の耳鳴り」
「鳴き止ませるには、離れないこと、他のオルダに反応しているときはオルダ同士に挨拶させなければなりません。挨拶の方法は、オルダとオルダを合わせます」
2人は真剣にオレの話を聞いている。
「診療所の男や、オレたちが来た時に耳鳴りがしたのは、手水舎のオルダがオレたちのオルダに反応したからです」
女性は少し身を乗り出して聞いてきた。
「石を持ち歩けば、寺の外に出られるようになるということですか?」
「おそらく」
女性は住職を見た。
住職は身を乗り出して、
「契約を解除する方法は?」
「分かりません。オレも知りたいです」
答えたのはオレではなく畑谷だった。
オレは畑谷に続けて答えた。
「挨拶したことのないオルダに出会う度に鳴き声は聞こえますが、持ち歩けば生活に不便さを感じることは減ると思います。おそらく、ここのオルダは手水舎に縛られているので、住職もこの寺に縛られてしまっているのだと思います」
女性は住職に向けて言った。
「石を外しましょう」
「いいのか? 千代の…」
「そもそも一度割れたものでしょう」
オレは2人の会話に割って入った。
「オルダのいる場所だけ取り出しましょうか?」
2人は驚いた顔でこちらを見た。
「できるのですか?」
すると、オレより先になぜか畑谷が答えた。
「この人、プロハンターなので」
こいつはオレの何なのだ。と思ったが、オレは続けた。
「やりましょうか?」
女性が住職よりも先に答えた。
「お願いします」
オレたちは外へ出て、手水舎に向かった。
オレは仕事道具のノミとトンカチを車の中から持ってきた。
「なるべく土台は残すようにお願いします」
住職は言った。
「分かりました。よく見ててください。オルダがいなくなった方の石は、少し濁ります」
「そうなんですか?」
なぜか畑谷が聞いてきた。
住職と女性は不思議そうに畑谷を見た。
そりゃ、不思議に見えるよな。とオレは思いながら、オルダを擦りながらヒスイの端の方に寄せていき、切り出しやすい隅に寄ったところで、
「いきますよ」
とノミを入れた。カンカンと打ち、5センチ角のヒスイを切り出した。切り出されれた方の色はそのまま、亀の土台のヒスイはまるで生気を失ったように色が濁った。
「すげー」
誰よりも畑谷が驚いた。
「少し整えていいですか?」
オレが2人に聞くと、住職は「お願いします」と答えた。
オレは自分でいうのもなんだが、器用にヒスイを整え、手で握れるくらいのサイズにして、住職に渡した。
「ありがとうございます」
住職は手のひらヒスイを擦った。すると、ヒスイの表面にオルダが現れた。
「おお!」
「それを持って、寺の外に出てみてください」
オレの言葉を受けて、住職は寺の外へと向かった。
オレたちは住職のあとをついて行った。
「耳鳴りがしない」
外に出た住職は嬉しそうに言った。
「本当?」
女性が確認すると、住職は笑顔で頷き、オレを見て再び、
「ありがとうございます」
と礼を言った。
ここで空気を読まない男が口を開いた。
「このカケラ貰っても良いですか?」
畑谷は形を整える時に出たヒスイのカケラを手に持っていた。
女性は戸惑いながらも「どうぞ」と答えた。
畑谷は和綴じノートをカバンから取り出して2人に見せて言った。
「俺のオルダはノートに住んでるんですよ」
2人は驚いている。
畑谷は2人の反応にお構いなしに続ける。
「だから、この石に移せるなら移したいなぁと」
2人は「はあ…」と何とも言えない反応をし、女性は言った。
「ノートに移ることもあるんですね」
「オレも、このパターンは今日初めて知りました」
「今日?」
「この畑谷くんも、住職と同じように耳鳴りに悩まされていて、解決策を見つけるためにこの村に来たところ、今日オレと会ったんですよ」
2人は驚いている。
「会えて良かったっす」
畑谷は笑顔で言った。
「なぜこの村へ?」
女性は不思議そうに聞いた。
「それは、このノートに書いてあって…」
畑谷は鬼虎のページを開いて2人に見せた。畑谷は、根音村の文字を見せたかったようだが、2人は鬼虎と千代の文字の方に反応した。
「鬼虎…」
「このノート、以前この寺を訪れたモジャモジャ頭の男性のものでした」
住職は「あの男の…?」と呟いた。
「彼、数ヶ月前に亡くなったんです。畑谷くんは、その遺品整理に訪れて、たまたまこのノートに触れて、紙の端で手を切ってしまって、契約してしまったみたいです」
畑谷は深刻そうに「そうなんです」と頷いた。
「あの男、亡くなったんですか?」
「ええ」
「そうだったんですか」
「亡くなった時、両目の目玉が消えていたそうです」
2人は絶句している。
少しして、女性が目を泳がせながら口を開いた。
「お礼にと言いますか…先程伝えていなかったことがあります」
女性は一度呼吸を整え、再び口を開いた。
「千代の話です」
「千代の?」
「これは伝わっている家と伝わっていない家があるようですが…、千代は自分の子の遺体を掘り出して、その目玉をくり抜いたという話があります」
「え…?」
「土に埋められた子は目を開いていた状態で、千代はその子の目玉をくり抜いて…食べ…そして亡くなったという話が、あります」
話を聞いて、吐き気がした。
「診療所の男性が、片目を失った状態で笹峰神社で見つかったと聞いた時、千代の呪いに触れたのかと思いました」
「この話が伝わっている寺は、他にどこですか?」
オレは村役場で貰った地図を開いて見せた。
「この永福寺です」
女性は笹峰神社に最も近い場所にある寺を指した。
「全ての寺の伝承を知っているわけではないので、他にも伝わっている所はあるかも知れませんが、永福寺の住職は同級生で、話す機会があったので…」
「永福寺…」
「笹峰神社に近いので、慰霊祭のことも、もしかしたら何か伝わっているかもしれません」
オレたちは2人に礼をいい、黙光寺を後にし、永福寺に向かうことにした。




