26.調べもの
清水さんが自席に戻った後、オレは中巻で17世紀晩期の記述を、畑谷は上巻を確認することにした。
清水さんの言う通り、この村の寺の建立は全て1690年と記載されていた。初めに建立されたのが心松寺という寺で、1690年8月に建立されている。その後、大谷寺、万福寺、黙光寺、長命寺が9月、増永寺、龍王寺、永福寺、延宝寺、深山寺が10月に建立されている。月は微妙にずれているものの、ほぼ同時期である。
この周辺の出来事として他に記されているのは、生類憐みの令を受けて、この地域では1687年に鳥、蛇、イノシシ、魚など生き物の食用が禁止となり、農産物向けの畑の開拓が進められ、この時期にブドウやカキのほか、クルミやクリの栽培を開始したこと。先ほど清水さんから教えてもらった通り、笹嶺神社の慰霊祭がこの時期から開始されたこと。他には、1690年台に富士川に繋がる河川で玄晶石が発見され、硯の加工が進み、将軍家に献上したこと。1693年に湯屋ができたこと。それ以外の情報は殆どなかった。
確かに生類憐みの令の時期と被っている。この時期に殺生を行ったとしたら、最悪死罪となった可能性もあっただろう。もしもこの時期に殺生を行ってしまったとしたら、穴に埋めて隠した可能性は多いにあり得る。
万福寺のお婆さんによると、鬼虎は処刑されそうなところを逃げてきたという話であった。鬼虎は他の村で生き物を殺生して、刑に処せられた可能性もあると思った。
オレは地図を広げ、一番最初に建立されたとされる心松寺の場所を確認した。心松寺は小中学校の隣の<根音小学校発祥の地>の寺であった。
「ああ、あそこか」
オレが呟くと、隣の畑谷が顔を上げ、
「何か見つかったんですか?」
と覗き込んできた。
「いや、寺の場所を確認していただけだ。この心松寺が、この村で一番最初に建てられた寺らしい。畑谷君は何か見つかった?」
「この村でもヒスイが取れるのかなと、そういう情報を見つけようとしたんですけど、弥生時代の遺物に加工されたヒスイ製の勾玉があって、この地ではヒスイが採れないことから遠方から運ばれたものだろうという推測くらいしか書かれてなかったです」
「この村はヒスイ採れないのか」
「この本によると、そうらしいですね」
つまり、黙光寺の手水舎のヒスイは、村の外から運ばれたものということになる。
「郷土資料室っていうくらいだから、ここに載っている弥生時代のヒスイがこの部屋にあったりするんですかね?」
畑谷が嬉しそうに、いいことを思いついた風に言ってきた。
「かもしれないな。ただ、オルダが共鳴してないから、オルダがいないヒスイだな」
オレが畑谷の高揚を折るような返事を返すと、畑谷は一転、「ああ、そうか」と落胆した表情をした。
「ただ、この村でヒスイが採れないというのは有益な情報だった」
畑谷は再び嬉しそうな顔に戻った。こいつはオレに巻き込まれた状態なのに、なぜこんなにも積極的にオレに付き合ってくれているのだろうと不思議に思った。
「畑谷君はさ、いつまでに家に戻らないといけないとかあるの?」
「自営業なんで、いつまでというのは無いですけど、俺がいない間は姉貴に店番頼んでて、姉貴は出張買取できないんで、早く戻らないとグチグチ言われるのと、単純に手持ちの金が無いというのがネックですね」
なるほど、ガソリン代をオレが払うと言った時の嬉しそうな表情は、金欠から来てたのか。
「ふーん。お姉さんの件は置いといて、ひと月暮らせるくらいの金が入れば問題ないということ?」
「そうっすね」
「オルダは一つ見つかると、小物で5万くらい、大物になると数千万円の手取りが入るんだが」
畑谷は目を丸くして「マジっすか?」と聞いてきた。
「もし、この調査中にオルダが見つかったら畑谷君にあげるとした場合、いつまで付き合ってくれる?」
畑谷は目を丸くしたまま少し悩んで答えた。
「手取り50万円くらい入るなら、1か月くらいは付き合えます」
1か月もオレはこの村に滞在する気はない。つまり、畑谷にあげるオルダさえ見つかれば、最後までタクシー役として付き合ってくれそうだ。
五十嵐のカバンの中には、五十嵐が契約を結んでいるオルダの他に、もう一つオルダがあった。五十嵐がどのタイミングでオルダを採ったかは分からないが、調査中に見つかる可能性もゼロではない。
「では、そういう契約で付き合ってくれ」
「分かりました。…あっ!」
畑谷は突然いいことを思いついた風に手を叩いた。
「ん? 何だ?」
「俺、店に帰ったらオルダ一体確定してるじゃないですか!」
そういえば、店の中でオルダの共鳴が聞こえたと言っていたな。
「オルダ、どうやって売るんですか?」
畑谷の頭の中は、既にオルダを売ることに移行しているようだ。
「オークションだ。美術商に持ち込んで、オークションにかけてもらって、落札額の50%を貰える」
「美術商には俺も持ち込めるんですか?」
「突然行ってもダメだが、オレがオーナーに紹介するよ」
畑谷は突然オレの手を握り、キラキラした目で言った。
「お世話になります!」
この畑谷、とても扱いやすい男なのかもしれない。
そんなことを思っていた時、トントンと扉が鳴り、清水さんが戻ってきた。
「すみません、時間になりました。欲しい情報見つかりましたか?」
「鬼虎に繋がるものは見つからなかったですが、収穫はゼロではなかったです」
「そうですか」
「あの、確認なのですが、この村はヒスイが採れないんですか?」
「ヒスイですか? 採れたという話は聞かないです。硯向けの石は昔採れてらしいですが」
「今は採れないんですか?」
「そうですね。産業としては成立してないです」
「この村の名産って農作物ですか?」
「そうですね。ブドウや梨、カキ、クリ、クルミ、あとは米とワサビ、水ねぎあたりですかね」
「ワサビ?」
「この村は富士山を水源とする湧水が多いので、その水を使ってワサビや水ネギを育てていたりするんですよ」
「確かに、この村に来る途中、滝の音とか聞こえた気がしました」
「この村の周辺は小さな滝がちょこちょこあります。そのあたりは岩もむき出しになっていたりしますので、もしかしたらお探しの鉱物もあるかもしれません。ただ、申し訳ございません。役場を閉めますので、今日はこの辺で」
清水さんは急かすようにオレたちを部屋の外に出し、郷土資料室にカギをかけた。
オレたちは清水さんと大川さんにお礼を言い、村役場を出て、とりあえずと食堂に向かった。




