25.郷土資料室
今日の午前中は寺巡りをする予定だったが、土曜でも午前中は村役場が開いていると昨日大川さんから聞いていたので、黙光寺に話を聞きに行く前に立ち寄ることにした。
村役場に入ると、大川さんがすぐに気づいてくれた。
「あらら、おはようございます。先ほど交番から連絡があって、五十嵐さんの住所とフルネームが分かったと聞きましたよ。良かったですー」
大川さんはニコニコしながら近づいてきて、オレの隣を見てポカンとした。
「お隣の方は?」
「あ~、調査のお手伝いをしてくれる方です」
オレの隣に立つ畑谷は、慌ててシャキンと立った。
「大川です。はじめまして」
「畑谷です。よろしくお願いします」
畑谷には車で待っていてもいいと伝えたのだが、付いていきますと言い張って、彼は今ここに立っている。まさか、村役場の人と挨拶を交わすなんて想定していなかったのだろう。妙に緊張している風である。
「あの、大川さん、今日はご相談がありまして」
「相談?」
「根音村史というか、この村の歴史書のようなものはありますか?」
「かなり古いものであれば…。昭和の終わりに発行したものならばありますよ」
「本当ですか? ぜひ読みたいのですが、お借りすることできますか?」
大川さんは申し訳なさそうな顔になった。
「担当が違うので…ちょっと待ってて下さいね」
大川さんは事務スペースに戻り、奥にいるオレと同年代のように見える男性に声をかけた。男性は頷いて、大川さんと共にオレたちの元へやってきた。
大川さんは男性に手のひらを向け、「郷土資料室担当の清水です」と紹介してくれた。
「清水です。根音村史をご覧になりたいと?」
「はい。できれば、この村に寺ができた頃の情報がのっているもの、伝承のようなものが載っているものであれば有難いのですが」
清水さんは考えて、「上巻かなあ」と言った。
その反応から、欲しい情報が存在していそうだと思った。
「郷土資料室の方に、貸し出し用のものはあるのですが、対象者は村の人間に限られてまして。申し訳ないのですが、村の外の方はその場で閲覧いただくしかないんですよ。今11時なので、あと1時間くらいしかないですが、大丈夫ですか?」
「はい、十分です」
「分かりました。では、こちらです」
大川さんに礼を言い、清水さんの案内に付いていった。
役場はいくつかの部屋に仕切られていて、何個目かの部屋が郷土資料室になっていた。部屋の中は暗く、常に開放しているわけではないようだ。
清水さんは部屋の照明をつけ、部屋の奥からパイプ丸椅子を運んできて、隅にある事務机の横に置いた。
「こちらにお座りになって、お待ちください」
清水さんに言われるまま、オレは事務机の椅子、畑谷は丸椅子に腰を掛けた。
少しして、清水さんが厚み5-6センチの本を2冊運んできた。
「こちらが根音村史の上巻と中巻になります。上巻の前半はこの辺りで見つかった縄文や弥生時代の遺物に関する記述で、上巻の終わりくらいから江戸時代の記述が始まっています」
「ありがとうございます」
「では、1時間後にまた来ますので」
清水さんは部屋を出ていこうとしたが、厚い本を前にひよったオレは、手っ取り早い方法を思い浮かんで、思わず清水さんを止めた。
「あの」
「はい?」
「郷土資料室の担当ということは、この村の歴史に詳しいですか?」
「まあ、勉強はしています」
「鬼虎の話はご存じですか?」
清水さんより先に畑谷が反応した。
「鬼虎って、あれですか?」
畑谷は両手の人差し指で四角くジェスチャーをした。おそらく和綴じノートのことを言っているのだろう。オレは「そう」と答えた。
次に清水さんが反応した。
「ああ、診療所の男性が千代の呪いと言われているからですか?」
図星すぎて、オレは苦笑いを返した。
「戸塚さんは、鬼虎の話はどれくらいご存じで?」
「万福寺のお婆さんから一通りは聞きました」
「万福寺さんですか。だから、千代の呪いが気になって、村の寺のことについて調べようと思ったんですね」
「はい、その通りです」
「私が知っているものは、万福寺さんから聞いた話と大きな差はないかと思います」
「寺については?」
「鬼虎に関する記述は、この通史の中には登場しないのですが、寺についてはそれぞれ記載されておりまして、どの寺も1690頃に建立されていることが確認されています。このことから、鬼虎の話が完全に真実ではないにしろ、同じ時期に寺を建てる理由があったのではないかとは思います」
「1690年頃ですか」
「これについては研究がされていないので、私の憶測でしかありませんが…1690年というのは、生類憐みの令が発せられている時期と重なっているので、ここに何か理由があるのではないかと思っているんですよ。証拠がないので、何とも言えませんが」
「この通史には、それぞれの寺について詳細が書かれているんですか?」
「いいえ、何年に何が建てられたとか、こんな風習があったとか、こんな遺物が見つかったとか、そういう内容です」
清水さんは少し考えてから、中巻の方を手に取ってパラパラとめくっていった。
「風習のページになるのですが、この祭りの項で、気になるものがありまして」
清水さんはあるページを開いた状態で、オレの前に置いた。
オレは、開いた状態になるよう本を押さえた。
「この祭り、今はもう残っていないんですけど」
そこには『笹嶺神社の慰霊祭』という文字があった。氏子地域の御霊を慰め、村の平和を祈念する祭。17世紀の末頃から始まり、幕末頃まで続いたと書かれている。
「笹嶺神社…。鬼虎ですね」
「そうなんですよ。この祭り、建立時期と重なっているんです。慰霊祭なので、鬼虎や千代、鬼虎の子に関連したものではないかと思えるんですよね」
「確かに…」
「とにかく史料が少ないので、どのような祭であったのかは分からないんですけど。すみません、やりかけの仕事があるので、一度席に戻りますね」
「すみません、お引止めして」
清水さんは部屋を出ていった。
オレは開かれたページを中心に根音村史を確認することにした。
畑谷には、上巻の方をとりあえず確認するように頼んだ。




