24.交番
五十嵐の体を拭き終え、使用済みタオルを洗濯場に置きに行ったところ、看護師と鉢合わせた。
「体拭き終わりました。タオル、ここに入れますね」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「あの、今日の夕食なんですけど」
「あ~、今日は夫が担当です。味が薄いので遠慮なく調味料足してくださいね」
「そこでご相談なんですけど、今日の夕食、もう1名分追加していただけたりしないでしょうか? もちろん1名分は食事代金お支払いしますので」
「1名追加ですか?」
「タクシー代わりの人間が現れまして、そいつも宿泊させていただければ、ありがたいなと」
看護師は少し考える仕草をしたが、微笑んで頷いた。
「分かりました。夫に伝えておきます」
「ありがとうございます!」
「これから、また村を周るんですか? 午後は黙光寺に行かれるんですよね」
「はい、その予定です」
「夕食の時、また話を聞かせてください」
「話せるような情報が得られればいいのですが…では、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
オレは外に待たせてある軽ワゴンに乗り込んだ。運転席には先ほどの男が座っている。男の顔を見て大事なことに気づいた。
「そういえば、自己紹介してなかったな。オレは戸塚という。お前は?」
「えっと、畑谷です。よろしくお願いします。で、あの~、とても言いにくいことなんですけど」
畑谷は困ったような表情をしている。
「どうした?」
「あの~、ガソリンがギリギリの状態だということに今気づきました」
「は?」
ガソリンメーターを覗くと、限りなくEに近づき、ガソリン残量警告灯は点灯していた。
「なんか、すみません」
「この村、ガソリンスタンドあるのか…?」
オレは村役場で貰った地図を広げた。しかし、ガソリンスタンドの文字はなかった。
「この村には無いかもしれない」
「え、まじっすか? ガス欠確定じゃないっすか」
「とりあえず、ここの交番に行ってくれ」
オレは、畑谷に地図を見せ、交番の場所を指した。
畑谷はボソボソと呟きながらルートを確認し、「OKです」と車を発進させた。
2分程度で交番前に到着した。畑谷を車に残し、オレは交番へと入っていった。交番に入ってすぐ、昨日の警察官が顔を上げた。
「彼の件、何か分かりましたか?」
警察官が聞いてきた。
「親族については分からなかったのですが、住所とフルネームは分かりました」
「おお、それはありがたい」
オレは携帯を取り出し、朱里さんのメッセージを表示させ、警察官に見せた。
警察官は、表示された住所と本名を書類に書き写し始めた。書き写しながら、
「この情報をくれた方とはどのようなご関係ですか?」
と質問をしてきた。
何とも答えにくい。あのオークションは決して違法なものではなく、オーナーは美術商の資格を持ち、きちんと登記も行っている。オレは、確定申告など外部に提出する書類には美術商との取引により収入を得ているフリーランスということになっている。つまり、朱里さんは美術商の社員となる。後ろめたいことは何もないのだが、セレブ向けの秘密裡のオークションということもあり、あまり公にはしたくないのである。
だから、簡潔に答えることにした。
「オレが取引している美術商の社員さんです」
「なるほど」
警察官はそれ以上深く追及はしてこなかった。
「ありがとうございます。これで五十嵐さんの身元を追うことができると思います。本署に連絡しますね」
「あの」
「はい、何でしょう」
「この村にはガソリンスタンドは無いのでしょうか? 役場で貰った地図には描かれてなくて」
と、地図を机の上に広げた。
警察官はその地図を見て、「これでは分からんですね」と言った。
「あるんですか?」
警察官は地図上の一か所を指した。
「ここの米屋、ここでガソリン入れられますよ」
「本当ですか?」
「灯油とガソリンを売ってるんですよ。ただ、灯油の方に間違って車を停めるとめちゃめちゃ怒られますので気を付けてください」
「情報ありがとうございます」
警察官は不思議にオレを見た。
「なんでガソリンを?」
そういえば、昨日、運転免許を持っていないと伝えていた。
「いや、タクシー代わりの人間が見つかりまして…」
オレが親指で外を指すと、警察官は外に停まる軽ワゴンを確認した。
「東京のお知り合いですか?」
「今朝お知り合いになった人ですね」
「今朝?」
「彼もオレのようにこの村に来てしまったようです」
「なるほど」
警察官は素直に納得した。
オレは交番を出て、軽ワゴンに戻った。
「ガソリン入れられる場所あるそうだ」
助手席に乗り込み、畑谷に伝えると、畑谷は「良かった」と胸をなでおろした。
地図を頼りに米屋に到着すると、警察官の言う通り米屋の横が小さなガソリンスタンドのようになっていた。スペースの真ん中にガソリン、塀際に灯油のスタンドがあった。
ガソリンスタンドの横に軽ワゴンを停めた。
「米屋の中に、店員を呼びに行かなければならないみたいです」
畑谷がスタンドの貼り紙を指して言った。
そこには『御用の方は、店内までお越しください』と書いてあった。
オレが呼びに行く係となった。米屋の店内に入ると、人はおらず、レジ横のベルを鳴らした。1度では反応が無かったため、3度鳴らした。
「お待ちくりょう。すぐ行くずら」
奥から声が聞こえた。ドタドタと階段を降りてくる音が聞こえ、店主が「いらっしゃいませ」と顔を出した。店主はオレを見て、首を傾げた。
「村の人ではないね。昨日来た東京の人? 噂は聞いとるけぇ」
狭い村。噂が広がるのは早いらしい。
「あ、はい。あの、ガソリン入れたいんですけど」
「ほいほい。外ね。レギュラー満タンでいい?」
「あ、はい」
店主はサンダルを履き、小走りで店の外へと急いだ。給油口を開け、ノズルを差し込むと雑談を始めた。
「東京のどっから来とぉでぇ?」
「東京の西の方ですかね」
「診療所に泊まっとるっつーこんずら?」
噂が広がるのが本当に早い。
「はい」
「眠っている人の様子はどう?」
「ああ、相変わらずです」
「そうけぇ。千代の呪いっつーこんずら?」
「さあ…」
五十嵐が眠っているのは千代の呪いという噂話が広がっているのは間違いないようだ。
ガソリンを入れ終え、店内で会計を済まし、軽ワゴンの助手席に戻った。
「いくらでした?」
畑谷が不安そうに聞いてきた。
「高かったよ。でも、気にするな」
「おごってくれるってことですか?」
「その代わり、今日はまじで付き合い頼むな」
オレたちは、本日最初の寺に向け、車を出発させた。




