19.診療所の仕事
オレは診療所に戻った。表の入り口は鍵が閉まっていたので、医者に言われた通り、裏口のインターフォンを鳴らした。
「おかえりなさい」
医者がドアから顔を出して言った。
「本当にお世話になってよいのでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。その代わりと言ってはなんですか、お世話にご協力ただきたく…」
「お世話?」
医者は、オレを五十嵐の部屋へと連れて行った。
五十嵐の状況は変わらず、点滴をしている状態でベッドで眠り続けている。
「見ての通り、彼は発見されてからずっとこの状態です。一度、僕が元いた総合病院で診てもらったんですけど、原因は不明で、自発呼吸ができていることから、この診療所で診るようにと追い出されましてね…。とはいえ、うちは、オレと看護師の2人体制で、なかなかキツいんですよ」
医者が言ったお世話のご協力について、ここでようやく察した。
「もちろん、点滴や尿道カテーテルの交換などの医療行為は我々が行います。ただ、寝ているというだけで、汗もかきますし、涎も出ます。当然体は臭くなりますし、口の周りが涎でカピカピになりますので、それを定期的に拭かなければなりません。1日1回でいいです。それだけお願いすることはできないでしょうか?」
「ああ」
「蒸しタオルはベッドの下の、この保温器のものを使ってください。拭き終わったものは、1階の診療所の奥に洗濯場がありますので、そこにあるカゴに入れていただければ大丈夫です」
医者は、オレにNoを言わせない勢いで畳みかけてきた。
オレはその勢いに飲まれ、思わず返してしまった。
「分かりました…」
医者は、ホッとしたように笑って言った。
「助かります。ありがとうございます」
オレは、思わず作り笑いを返した。
「夕飯、どうされます? 戸塚さんさえ良ければ、朝晩はうちで用意しますが?」
「あ、お願いします。助かります」
「では、この診療所を簡単に案内します」
「あ、よろしくお願いします」
医者は、診療所の中を順に案内してくれた。
2階は入院施設があり、個室が3室、2人部屋が1室。今は、五十嵐が使っているだけで、それ以外は空き部屋となっている。オレが借りるのは、五十嵐の部屋の隣の個室ということだ。オレは、その部屋にトランクを置いた。
2階のトイレとシャワールームは共用となっていて、トイレは男用の個室と女用の個室が1つずつ。洗面所はその間に一つあり、正面に鏡が取り付けられている。その隣にシャワールームがある。現在はほぼ使われていないようだが、清掃は行き届いている。
これらの他に<スタッフルーム 立入厳禁>と書かれた扉が一つあった。
「こちらは、あとでご案内します」
医者はそう言って、1階に降りて行った。待合所、受付、診察室、処置室、内視鏡室、レントゲン室、トイレ、洗濯場がある。洗濯場に入ると、二層式の洗濯機と、その上に乾燥機、洗濯後のタオルがしまわれた棚があった。医者は洗濯機の横のカゴを指して言った。
「使い終わったタオルはこちらにお入れください」
オレは思わず頷いて、「分かりました」と返事をした。
洗濯場を出たところで、ポケットに入れていた携帯がブルブルと鳴った。この診療所ではWifiが使えることをすっかり忘れていた。オレはポケットに入れていた携帯を取り出して確認した。メッセージが2件入っていた。共に朱里さんからであった。
『五十嵐くんが寝たきりってどういうこと?』
という瞬発的に返してきたと思われる1つ目のメッセージと
『五十嵐くんの親族のことは分からない。でも、結婚はしてないよ。とりあえず五十嵐くんの今の住所を送るね』
というオレの質問に対する答えが返ってきていた。
「彼の件ですか?」
「はい。親族のことは分からないとのことですが、結婚はしていないみたいです」
「そうですか…。どうしようか…」
医者は残念そうに頭を抱えた。
「ただ、住所は分かったので、これを明日交番に伝えてきます」
医者の表情に明るさが戻った。
「では、2階に戻りましょう」
医者は再び階段を昇って行った。そして、先ほどの<スタッフルーム>の扉の前に立ち、
「こちらが我々の居住スペースなります」
と鍵を外し、扉を開いた。




