18.黙光寺
黙光寺の奥にある一軒家のインターフォンを鳴らすと、「はい」と男性の声が返ってきた。
「突然すみません。わたくし、戸塚と申します。万福寺で黙光寺の水盤にはアザがあると聞きまして、ぜひ見てみたいなと思い、こちらへ来てみたのですが、どれか分からずで…」
オレは適当に嘘をついた。
「水盤のアザですか…」
男性の声から警戒心を強く感じた。
しばらくして、カチャと鍵が開けられた音が聞こえ、ドアが開くと、白髪交じりの男性が顔を出した。
「あなたも、あの男の仲間ですか?」
男性は言った。
「あの男?」
「診療所で眠っている男も、あなたみたいにやってきた」
あの男は岡田教授で、診療所で眠っている男は五十嵐のことだ。
これは誤魔化せないと思い、正直に答えた。
「はい。彼がなぜ笹嶺神社で倒れていたのか知りたくて調べているところで」
「で、あそこの婆さんから聞いてきたってわけですか」
男性は、不満そうに、迷惑そうに言った。
「診療所で眠っている男は、ここで何をしましたか?」
男性は深くため息をついて、
「あの亀の下の石を貰えないかと。ダメに決まってるでしょう」
オレは男性に同情した。
「それは当然だと思います」
「あとは、あの石はいつからあるのかと。知りませんと答えました」
「知らないのですね」
「ええ、古いものとは聞いていますが、いつからかは…。今の手水舎は義父が約40年ほど前に作り直したもので、亀の土台に使っている石は、元の水盤の一部であるとは聞いています」
「なぜ、一部を残したのですが?」
「同じことを聞かれましたよ。あの石に虫が住んでいることを知っていたからですか?と。でも、私は彼に言われて初めて知ったんですよ。石のアザが虫だということを」
「アザの話は伝わってきてはいたのですね」
「ええ。妻から何度も聞かされてきましたからね」
男性の話に違和感を覚えた。
「妻から? この家のご出身ではないんですか?」
男性は頷いた。
「ええ。私は婿入りしてます。なので、手水舎の以前の姿は知りません」
つまり、この人の奥さんが村人の子孫ということになるが、万福寺のお婆さんは、寺の娘は結婚ができないと言っていたはず…。
そんなことを考えていると、男性はその答えを言った。
「あのアザが石に移ったおかげで、うちだけは千代の呪い…、鬼虎の話は婆さんから聞いてますよね?」
「はい、聞きました」
「あのアザが石に移ったおかげで、うちだけは千代の呪いを解かれたらしいです」
オルダの鳴き声は、そのオルダと契約を結んだ人間だけにしか聞こえない。あの石にオルダを移した人間は契約をしていたのかもしれないが、それ以後の子孫は契約を結んでいない為、石が近くにあっても声は聞こえなくなったのだろう。
「他の寺の人に会っても、泣き声がしなくなったのですね」
「ええ。だから、うちだけは女の子が生まれても、結婚できたということです。私は、別の町の出身で、同じ宗派の寺で修業をしていたところ、婿養子の話が来て、この寺を継いだ身でして、申し訳ないですが、手水舎の経緯はそれほど詳しくはなく。妻は今、保育所にいますが、仕事中ですので話を聞くのは難しいかと」
「そうですか。明日ならば、奥様にお話を伺うことはできますか?」
「明日は土曜なので、午後であれば」
「では、午後にまた伺いますので、その時にお話を聞かせてくださいとお伝えください」
「約束はできませんよ。買い物に出るかもしれませんし」
「分かりました」
オレは、明日の14時に再訪することを約束し、黙光寺を後にした。




