16.鬼虎の話
笹嶺神社での収穫はゼロだった。
なぜ、五十嵐はあの場所で倒れていたのか、なぜ右目を無くしたのか。ヒントの一つもつかめなかった。
オレは、往路とは違うルートで戻ることにした。地図によると往路とほぼ平行に走る山沿いの道が存在している。遠回りになりそうではあるが、往路と同じ道を歩いたところで収穫はないのだから、少しでも情報を得るためには違う道を歩く方が価値がある。
こちらのルートは、往路よりも建物が少なく、300~400mおきに家が点在しているように見える。また、地図上では寺と神社もポツポツと存在している。神社のうちの一つは、田んぼの真ん中に見える小さな社がそれのようだ。五穀豊穣を願って建てられたものだろうと想像する。
山沿いの道を歩いて30分が過ぎた頃だった。
「どっから来とぉでぇ?」
と、声をかけられた。
声の方を見ると、大きな門の奥から不審そうな顔でこちらを見ているお婆さんがいた。
「こんな所へ何しに?」
「あ…、調査と言いますか、探し物と言いますか…」
「石けぇ?」
オレはビックリした。なぜ、この人は探し物が石である考えたのか。石を探していた人物に以前も会ったことがあるのではないだろうか。
「なぜ石だと思われたんですか?」
「前にもおったずら」
やはりそうだ。
「その前にも会ったのは、どんな人ですか?」
「うぇ?」
お婆さんは少し身構えた。
「なんでぇ。アイツはおまんの知り合いでぇ?」
「えっと、人によりますけど…。それは笹嶺神社で倒れていた男ですか?」
「ああ、アイツもそうでぇ」
「アイツも? その男以外にもいましたか」
オレは岡田教授を想定して訊いた。
「髪がもじゃもじゃのおじさんとか」
「やっぱりアイツらの知り合いでぇ?」
「知り合いというか、ん-、近い場所にいるというか…。その人たちは石を探してたんですか?」
「そうでぇ。この村に石にまつわる話はないかとか、虫にまつわる話はないかとか」
オレは思わず目を見開いた。
「あるんですか? 石にまつわる話」
「ない」
「ないんですか…」
「ない。石にまつわる話も、虫にまつわる話もない」
「そうですか」
オレは落胆した。
しかし、お婆さんは話を続けた。
「だが、もじゃもじゃの男は、鬼虎の話が気になると言った」
「鬼虎の話?」
「この村の伝承みたいな話さ」
「その話、聞かせていただけませんか?」
「んー」
お婆さんは少し悩んでから、庭にある小さな腰掛付きカートを引きずりながら出てきた。そして、そのカートの腰掛部分に腰を掛けた。
「しかたねえ」
「すみません。お願いします」
「昔、この村に鬼虎という男が来よった。でけぇ体は傷だらけで、違う村で悪さをして、処刑すんでのところで逃げてきたという話だった。鬼虎は、この村でも一番めんこかった娘・千代を人質に取って、笹嶺神社に立てこもった」
「笹嶺神社!」
「そうでぇ、そこの神社さ。鬼虎は、飯を持ってこなければ千代を殺すと言って、村の人間に飯を運ばせた。10日ほど経った頃、村の人間は鬼虎が大便のために外にいたところを背後から襲って殺して、千代を助けた。鬼虎の死体は、神社の裏に埋めた」
怪談のような話だと思いながら聞いていた。
「それから数か月後、千代は男の赤ん坊を産んだ。千代は嫁入り前だったことから、赤ん坊は鬼虎の子だと村の人間は考え、その赤ん坊を始末するよう千代に忠告した。んだが、千代は自分の子だと言ってそれをさせなかった。村人は用心深く子供の成長を見守った。子供は成長すればするほど鬼虎に似た風貌になっていった。村人は子供が鬼虎のように悪さをするようになるんでないかとビクビクしていたが、子供が悪さをすることはなかった」
お婆さんは一呼吸おいて話を続けた。
「んだが、ある日、『鬼虎の子だ、突然豹変すっか分からんけぇ』と言い出した村人がおって、それに賛同した村人たちが、鬼虎の子を笹嶺神社の社に閉じ込めた。鬼虎の子は『出してけぇ』と泣き続けた。しかし、村人は鬼虎の子を閉じ込め続けた。やがて、声が聞こえなくなった。社の扉を開けると、鬼虎の子は息を引き取っていた。村人は、鬼虎の子を鬼虎を埋めた場所の近くに埋めた。千代は深く傷ついた。『鬼虎の子を殺した人間を一生、末の代まで呪ってやる』との言葉を残し、鬼虎の子を埋めた場所で自害した。その後、その場所から鬼虎の子の涙が溢れだしたという」
鬼虎の子の涙は、笹嶺神社の裏の森の中にあった湧水のことだと思った。
「村の人間の多くが知っている伝承はここまでだ。…んだが、話には続きがある」
「続き?」
「鬼虎の子を閉じ込めた村人たちは、確かに呪われたさよぉ」
お婆さんは再び一呼吸おいて話を続けた。
「鬼虎の子を閉じ込めた村人たちは、会うたびに鬼虎の子の泣き声が聞こえるようになったさよぉ」
「会うたびに?」
「他の村人に会ってもなんてこたねえ。んだが、鬼虎の子を閉じ込めた村人同士が会うと、鬼虎の子の泣き声が聞こえるさよぉ」
オレは、この話に岡田教授が食いついた理由が分かった気がした。それはまるでオルダの共鳴のようだと思った。
「千代の呪いは、当人だけではなく、千代の言葉のとぉり、子、孫まで続いた」
「その子孫は、今でもこの村に?」
「おるよ、全員。この村にある寺は、千代の呪いを解くために建てられたさよぉ。それぞれ離れた場所に建てただよ」
オレは地図を開いて眺めた。お婆さんの言う通り、寺の間隔は一定に離れているように見える。
「ここもその一つさ」
オレは驚いた顔でお婆さんを見て、お婆さんの後ろの表札を確認した。そこには『万福寺』と書かれていた。
お婆さんはケラケラと笑った。
「みんな、そないな顔するな」
「そりゃそうですよ。お婆さんもこの寺の子孫ということですか?」
「そうさよぉ」
「鬼虎の子の泣き声が聞こえるんですか?」
「聞こえるわけねぇずら。この村には学校がいっこしかねえ。寺の子たちは皆そこ行く。当然会うこともある。んだが、鬼虎の泣き声を聞くことは一切なかった。だっちもねぇ伝承よ」
「そうなんですか」
「けんど、寺に生まれた女子はその呪いのせいで嫁に行かせてもらえねえさよぉ。だからわしも、嫁にいけないまま、この年でここにおる」
お婆さんはケラケラと笑うが、なんとも切ない話だと思った。
「鬼虎の話は、この村の寺であれば、どこも同じように伝わっているということですか?」
「んだ」
オレは、この村の寺を回って話を聞いてみたいと思った。そして、再びあの湧水を確認する必要がありそうだと思った。




