15.笹嶺神社
村役場に預けていたスーツケースをガラガラと引きずりながら、オレは五十嵐が倒れていたという神社に向かうことにした。
地図を初めて見た時は簡易的すぎてで心配になったが、大川さんの言う通り、十分な情報が入っていた。基本的に建物は道沿いにしかなく、それ以外は広大な野菜畑や田んぼ、果樹園といった具合で、そもそも地図に表示する建物が少ないのである。
村役場から少し歩くと右手に村で唯一の小学校と中学校が現れる。地図通りである。同じ敷地内に隣接し、どちらも二階建てのこじんまりとした建物である。校庭は小学生向けの鉄棒やうんてい、のぼり棒などの遊具と、中学生向けと思われるバスケットゴールが混在している。
学校の隣には寺があり、門前の石碑には〈根音小学校発祥の地〉と記されている。昔は寺子屋だったのかなあと考えながら通り過ぎた。
その後は、これといった特徴のない、いわゆる田舎の風景が続く。たまに現れる寺と神社もこれと言った特徴がなく、他の村や町でも見かけるような寺や神社である。代わり映えのなさに徐々に退屈さが増してきたが、ひたすら村の外れの神社を目指した。そして、役場を出てから30分程で五十嵐が倒れていたという神社に到着した。これも大川さんの言った通りであった。
笹嶺神社という。名前から竹に囲まれているのかと想像していたが、クヌギ、コナラのようなドングリの木で構成された森の中に鳥居とポツンと佇む社があるだけの小さな神社だった。他の神社や寺と違い、人が常駐しておらず、放置されているような状態であるが、定期的に手入れはされているようで、ゴミや雑草などは見当たらない。
到着して確定したのは、ここにはオルダがいないということだ。神社までの道中も、神社に到着しても、オルダの共鳴は一切聞いていない。つまり、オルダはいない。
では、五十嵐はなぜココで倒れていたのだろうか。オルダが住んでいそうな石もない。社の裏側に回っても、ヒントとなるようなものは見当たらない。完全に不発だったようである。
オレは神社の周辺を散策することにした。ひたすら森の中という状態で、奥に進みすぎると遭難する可能性もありそうだ。落ちているドングリで目印を残しながら奥へ進んでいくと、神社から少し離れた場所で水の流れる音が聞こえてきた。音を頼りに進んでいくと、湧水があった。そこから小さな細い小川のようなものにつながっている。タクシー運転手が言っていた源流のひとつかもしれない。ここでもまたオルダの共鳴は聞こえない。
ふと思った。五十嵐はどこで右目を失ったのだろう。岡田教授の遺体に目玉がなかったのと同じ理由なのだろうか。その場合、原因はオルダにある可能性が高そうである。
理由を知るためには、五十嵐に目を覚ましてもらうのが一番であるが、いつ目が覚めるのだろうか。
オレは一旦診療所に戻ることにした。




