107.約束
駅への道中、畑谷が運転しながら言った。
「公園で、例えば転んだとかで手を怪我して血が出た状態で、たまたまあの岩触ってしまったら、オルダと契約しちゃう可能性あるんすよね。その人、その日からずっと謎の耳鳴りに悩まされるんすよ。怖くないっすか?」
「ほんっとに、ろくでもないことしたよな、岡田教授。まあ、仮説に過ぎないが」
「ひっそりオルダの部分を切り取れないっすか?」
「公園にある岩を砕くのは器物損壊罪になっちまうよ」
「誰も血の付いた手で触らないことを祈るのみっすね」
「原因不明の耳鳴りに悩んでる人がいるという噂話を耳にしたら、畑谷君が松戸市民として解決してくれ」
「え~、不安っすけど、らじゃっす」
もうすぐ駅に到着するというところで、携帯電話が鳴った。香川さんからだった。
「はい」
『戸塚さん?』
「はい、おつかれさまです」
『念のためと思ってお電話しました』
「どうされました?」
『鬼虎の骨なんですがね、ちょっとお伝えしておいた方がいいかなと思いまして』
畑谷が運転しながら気になっていそうだったので、スピーカーに切り替えた。
「鬼虎の骨にまた変化があったんですか?」
『変化があったと言いますか、法医の先生の手元に残していた骨が溶けて消えたそうです』
「は?」
『まれに土壌などの環境により何百年も骨の状態で残ることはあるのですが、通常、人骨が溶けて消えるまで50年から100年かかるんですね。それが、鬼虎の骨に関しては、400年以上ずっと骨の状態を保ってきたのに、この数日で溶けて消えてしまったことなる。あまりにも奇妙なことで』
「溶けて消えたというのは本当なんですか?」
『わざわざそんなウソのために電話しませんよ』
「そりゃそうっすよね」
『それで、根音村役場の清水さんと教育委員会の皆さんに確認しに行っていただいたんですが、千代の骨はまだ形を残していたそうなのですが、鬼虎の方はほぼ消えてしまっていたそうです』
駅のロータリーに入り、他の迎車に邪魔にならないような場所に畑谷が車を停めてくれた。
そしてそのまま畑谷が香川さんに訊いた。
「骨が急激に劣化したってことっすか」
『おお、畑谷さんもご一緒だったんですね。仲良いですな。えっと仮説の段階ですが、おそらくそうであろうという見解です。骨はリン酸カルシウムと炭素が主成分となるのですが、このリン酸カルシウムが酸性の水と反応すると骨は溶けます。それでも完全に溶けるまでに数百年かかると考えられます』
「つまり、異常な状態だったものから、本来の状態に戻っただけ?」
『そうなのではないかという仮説です。オルダを切り離した時に石から急に生気が消えたようになりましたよね。あれと同じ現象が土でも起きたのではないかと思うんですね』
「骨を掘り出した時に千代の子のオルダの影響を断ち切ってしまった?」
『という説を、私は押しています』
「その可能性は高いようにオレも思います。土を通してオルダの影響を受けていた説、オレも支持します」
『ただ、それを調べるのは警察の仕事ではありませんので、仮説が立証されるのは遠い先の話でしょうがね』
「そうかもですね」
『それでは、取り急ぎの共有でした。失礼しますね』
こうして香川さんからの情報共有が終わった。
「オルダはマジで謎だらけっすね」
畑谷がしみじみ言う。
「いや、でも、この数日でオレ的には色々解明されたよ」
オレは指を折りながら畑谷に言った。
「オルダと契約解除すると片目が奪われ、その契約解除されたオルダが別の人と契約を結ぶまで眠り続ける。オルダは紙や骨の中でも、人体の中でも生存する。土の中のオルダは土を通して近くの物質にも影響を与える可能性がある。オルダの石を砕いていき、オルダのサイズよりも小さく砕くと飛び出して別の石に移るという可能性がある」
「そう言われりゃそうっすね」
「オルダを移せる説が本当なら、価値の低い石のオルダを価値の高いヒスイに移し替えてオークションで高値を得るということも出来るかもしれない」
「おお!」
「ただ、これは色々と問題がありそうだから、オレらだけの秘密にしておこう。特にオーナーには絶対に言わないように」
「らじゃっす」
「じゃあ、今日はありがとう」
「とんでもないっす。戸塚さんは明日もゆかりの場所訪問っすか?」
「そうだな。そのつもりだ。明日は以前勤めていた会社の付近に行ってみようと思ってる」
「記憶が戻ればいいっすね」
「ま、気長にやってみるさ」
「オルダ探しに行くときは俺も誘ってくださいね。約束っすよ」
「分かったよ。じゃあ、また」
オレが車を降りると、畑谷は一礼して去っていった。
一週間前も、今も、オレはただのオルダハンターである。でも、オレの中では一週間でガラリと変わった。オルダの生態に詳しくなったし、畑谷と知り合って、警察とのつながりも出来た。第一に、自分が記憶喪失であったことや、どうやってオルダハンターになったのかを知った。畑谷と話していた通り、岡田教授が亡くなっていなかったら、状況は全く違っていただろう。人生とは面白いものだ。
さて、こうやっている今も、誰かに変化が起きている。そしてその変化によって、オレの人生が影響を受けるのかもしれない。その影響を楽しみに待っていよう。
オレはそう思いながら、電車に揺られている。
これで、一旦終了です。誰かの変化によって、戸塚の人生に影響が出たら、続きを書こうと思います。




