ベンチにて
そんな心配から2時間経った午後6時過ぎ。部活も終わり、部員達が家路につき始める中、イグニスは思い詰めたような顔をしていた。
どうやら、自分がスランプの真っ只中にいることは、自覚してるみたい。
それなら、話は早い。私達はすぐさまベンチにいるイグニスの元へ会いに行った。
「よっ! イグニス。ちょっといい?」
「ん? ゆかり……それに、光明と霞とミュミュも」
私達の顔を見たイグニスが、元気が無い感じでそう言ったのを聞き、私は励ましの声をかけようとした。
すると、1人の部員が、
「あっ! そこにいるのは、愛しのミュミュたーん!」
って、騒がしく話に割り込んできた。
その特徴的な翼から、私達はそいつが鳥人間だとすぐにわかった。
鳥人間っていうのは、遺伝子操作によって人工的に人の姿に変えられた鳥のことで、その発端は軍事利用っていう、悲しい種族でもある。
今でもそうやって作られた鳥人間が大多数を占めるけど、どうやらこいつは、その内の少数派。科学者の趣味かなんかで生み出されて、戦争とは無関係な生き方をしてきたタイプみたい。
ていうか……ここにもいたか、ミュミュのファン。思いもよらないファンの登場に、ミュミュの中で仕事スイッチが入る。
「あなたは確か、いつも私のライブを見に来てくれている……」
「覚えてくれてたんすね! 光栄っす! 俺、2年C組で隼の鳥人間の隼太っていいます! いや~、まさかライブ以外でミュミュたんに会えるなんて、奇跡以外何ものでもありません! 是非俺に握手とサインをーっ!」
そう言って隼太はサインを貰おうと、ユニフォームをピンと張って、ミュミュに迫ってきた。
明らかなる暴走。だけど、それはすぐに止められた。さっきまでイグニスの球を受けていた茶髪のキャッチャーのゲンコツをくらって。
「ユニフォームにアイドルのサインを書くようせがむとは、お前、それでも野球部か?」
「キャ、キャプテーン……」
「グラウンド3周! 今すぐ走ってこいっ!」
迫力たっぷりのキャプテンにそう怒鳴られた隼太は、即了解すると、そのまま走り出していった。流石は隼。速い。
「えっと……君がキャプテン、ってことでいいんだよね?」
「あぁ、申し遅れたな。俺はランド=ノーム。ノーム一族出身の地の精霊だ。よろしく」
「こちらこそ」
「それで? イグニスに何の用だ?」
そう聞かれてアクアの相談のことを話すと、ランドは深いため息をついた。
「素人である幼なじみから見てもわかるほどとは、いよいよマズいぞ。イグニス」
「あぁ、だよな……」
「で? そのことをわざわざ伝えに来たのか?」
「んなわけないじゃん。イグニスのスランプ脱却の手助けをしにきたの」
私がそう言うと、ランドは怪訝な顔をして、
「やめておけ。イグニス。こいつらが力になれるとは思えない。時間の無駄だ」
って、反対してきた。ま、普通はそうだろうね。こんな素人が何人集まったところで、たかが知れてるよ。
けどね、今回ばかりは、そうとは限んないよ。
「それはどうかな? 確かに運動音痴のコウメイやゾンビ故の体の脆さのせいで激しい運動ができない霞、ルールをよく知らないミュミュじゃ、応援しかできないかもしれない。アクアの後輩の時は、私も微々たることしかできなかった。けど、野球となれば話は別だよ」
「ほう。経験でもあるのか?」
「まぁ、似たようなもんだよ。こう見えても私、小学校の頃習ってたソフトボールじゃ、エースで4番だったからね。選球眼とミート力と速球には自信があるよ」
そう自信満々に言うと、私を頼もしく思ってくれたのか、イグニスもランドを説得してくれた。
「俺からも頼むよ。ランド」
「いいのか?」
「あぁ。お前としちゃ迷惑しかないかもしんねぇけど、しばらく付き合ってくれねぇか?」
そう言われて、ランドもようやく折れてくれた。
「はぁ……わかった。方法はどうあれ、お前には調子を戻してもらわないと、こっちが困る」
「いつも悪ぃな」
「気にするな。俺はお前の女房役だ」
ランドはそう言うと、防具を装着しに向かった。




