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バグ=心の証

 中に入ると、そこにはただただ呆然として、酸の海に浮かぶアインの姿があった。

 よかった。じたばたせずにじっとしてたおかげで、手遅れにならずに済んだみたい。


「アイン!」


「……岸川先輩……どうしてここに? 危険です」


「大丈夫大丈夫。こう見えても私は幽霊だからね。酸を浴びても平気なの」


「そうでしたか」


「さ、こっから出るよ」

 そう言いながら、私はアインを抱えて引き上げた。

 あとは脱出するだけ……って、脱出しようにも出口が無いか。こいつ、口閉じちゃってるし……


「悪いけど、アイン。私が支えとくから、どっかに穴を開けて。そっから脱出しよ」


「了解」

 そう言うとアインは、右手を大型ドリルに変形させ、始動した。


 だけどアインは、一向に作業に取りかかろうとしない。ロボットなら効率化を重視して、とっくに動いててもおかしくないのに。


「どうしたの? アイン」


「……こんな時に申し訳ありません。岸川先輩。1つだけ、質問してもよろしいですか?」


「いいけど」


「私は、欠陥品でしょうか?」


「へ? なんで?」

 私がそう聞き返すと、アインは酸の中にいた時にずっと考えてた疑問をぶつけてきた。


 ウネ先生を助ける。そのためだけにアインは奮闘していた。己の存在すら顧みずに。

 人命救助用ロボットとはいえ、マスターでもない人のために尽くし、そして、その末に周りに迷惑をかけることになってしまった。そんなとても正しいとは言えない自分の行動が、不合理で理解できないらしい。


「……けれど、それでも『正しいことをした』と思える自分がいて、それを消し去ろうとすると、バグが生じてしまいます。先輩、このバグはいったい何なのでしょうか? 私は壊れてしまったのでしょうか?」

 表情こそ体勢のせいでよく見えないけど、アインは縋るような口調でそう聞いてきた。本人としては、それぐらい重大で切実な悩みなんだろうね。


 だけど、ウネ先生を救おうとしていたアインの姿を間近で見ていた私からすれば、その答えは笑っちゃうぐらい簡単なことだった。


「心配しなくていいよ。アイン。あんたは壊れてないし、ましてや欠陥品でもないよ」


「でしたら、これは……」


「それは、葛藤って奴じゃないかな?」


「葛藤?」

 私から出た答えに、アインは首を傾げる。


「うん。あんたはウネ先生を守りたくて、システムに縛られることなく動いた。けど、自分はロボットだから、システム通りに動かなきゃいけない。その2つの気持ちで板挟みになったからそうなったの」

 その説明で、アインは納得したみたい。


「よかったじゃん。アイン」


「何がですか?」


「心を知れてさ」

 私の口から出た言葉が、思いもよらなかったのか、アインはまた疑問符を浮かべた。


「葛藤なんて、心のある奴しかしないよ。ま、そうでなくても、私はあんたに心があるって知ってたけどね」


「どうして?」


「だってあんた、誰よりも必死になってウネ先生を救おうとしてたでしょ? 自分の存在をかなぐり捨ててもいいぐらい。それってつまり、そんぐらいウネ先生のことが大好きで、死なせたくないぐらい大切な人だったってことでしょ? あんたは自分も知らない内に、芽生えさせてたんだよ。『愛情』と『献身』っていう心を、ね」

 そう言われて、アインはハッとした。どうやら心について少しはわかったみたいね。


「まぁこれからも、ちょいちょいバグは出るだろうけど、あんまり気にしちゃダメだよ。心って、そんなもんだから。あと、今日覚えたその心は忘れないようにね。その心で動いてた時のあんた、最っ高にかっこよかったから」


「……わかりました。データに記録しておきます」

 あ、こりゃまだロボ感が抜けてないな。

 ま、いっか。気長に待てばいい話だもんね。アインに魂が宿る。その日が来るのを……

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