Act4 聖域の密談 厳三郎と薫 1
その夜、樹家の道場は静まり返っていた。
「……こんな時間に何用だ?姫神会の回し者である……姫神の娘」
板張りの床に正座し、一振りの木刀を静かに磨く老人、樹 厳三郎。その背後に立つ姫神 薫へ、彼は振り返ることなく言葉を投げた。
異種格闘技大会の最大のスポンサーである姫神会。その中心人物である姫神 正雄の娘・薫は、厳三郎にとっては「武を汚す者たちの象徴」に近い存在だった。
「姫神会の人間としてではなく、私個人の……一人の『反逆者』としてここへ参りましたわ」
薫の声は、いつもの優雅な響きを捨て、凍てつくような決意に満ちていた。厳三郎の手が止まる。彼はゆっくりと立ち上がり、薫と向き合った。
「反逆、だと?実の父親である正雄に?」
「お父様と姫神会は武道を、そして人間を己の帝国を築くための『道具』としか見ていません。私は……そんな道具として朽ちるつもりはない……私はお父様を、そしてその下の『加納家』を壊し、私の居場所を築く……その為の『楔』が必要なんです」
薫は凛とした姿勢のまま、深く頭を下げた。
「お願いがございます、厳三郎様。……ある一人の少年をここで預かって頂きたいのです。名前は……加納 龍輝。彼は加納家によって、人生を狂わされ、姫神会の手によって『駒』にされようとしています。……彼を救い、父を超えるために託すことが出来るのは、貴方しかいない」
厳三郎は、暫くの沈黙の後、地鳴りのような低い笑い声をあげた。
「……成程、面白い。姫神会の飼い犬「加納家」の人間に、飼い主に噛みつくように仕向けろという事か……」
彼は続けた。
「……よかろう、姫神。……わしは最初から姫神会のやり口には気に入らんかった。その少年とやらを、預かってやろうではないか。そいつに、本物の『武』を叩き込んでやる」
「……感謝いたします」
「だが、忘れるな。わしが教えるのは殺人の術ではない。守るための力だ。そいつがその力をどちらに向けるかは、それはあんたの御しかた次第だぞ」
薫は薄く微笑んだ。




