第七幕 人ならざる者
【電脳皇帝】の遊戯大会の開催から遡ること数ヶ月前。
ロビンがペルラと出会ったのは、月に照らされた湖だった。
ーーアルビオン区には人ならざるものが棲んでいる。
それらは【妖精】の名で呼ばれ、人によって見えたり、見えなかったりする。
「ほら……もう高いとこに登るんじゃねえぞ」
くえ、と鳴いて姿をくらませたのはいちごに宿るペンギンの形をした、けれどペンギンではない生命体だ。
「……まったく、手がかかる……まあ、かわいいし、翌日どっさり庭にお礼の品を置いていくあたり人間よりよほど誠実だが」
ため息をついて、腕に巻いてある血の滲んだ包帯を取り替える。
父親によって昨晩絶縁を宣告された時に、部下によって負わされた傷だった。
「……事業の失敗はお前のせいだ。【呪われた子】め!だったか。いい年して責任転嫁してんじゃねえよ全く。……そんなの俺自身が一番わかってんだよ……」
ふと鏡に映った自分の姿を見て思い知る。
鋭い目つき、左右違う瞳の色、そして赤毛。
緑色の瞳は、人ならざるものを映す。貴族の家系に生まれ、何不自由なく育ったものの、この瞳のせいで嘘つきとからかわれた。当然だ。見える世界が違うのだから。
そのうえ、一族に緑の瞳を持つ者はいなかったから、一族以外の血の入った不義の子ではとも散々騒がれたが、遺伝子検査の結果は間違いなく父の実子で純血だった。また家系図を調べた結果、一族の中にもかつて緑の瞳を持った者がいたとわかり、結局は先祖返りで片付けられた。
だが、両親の愛が注がれることはなく、腫れ物扱いも変わらず、今回成人を迎えたことと、事業が失敗したことで体よく絶縁されたということだ。
「ロビン」
気がつくと部屋に男がひとり立っていた。外見年齢は人間でいうなら20代前半。大きく異なるのは頭に生えたきらきらと輝く青い鉱物の角。アクアマリンか、サファイアかそんなところだろうが、あいにく俺はそこまで鉱物には詳しくない。
「……ああ、アスレイ、そこにかけてくれ。すまないな。今、傷の手当てをしている」
「……まだ塞がらないんだ?要る?薬草とか、オレのーー」
ロビンは小さく首を横に振る。
「お前だってまだ腕に傷が残ってる。すまないな」
青い角を持つ男は、机の上に煎じた薬草を置いた。
「気にしなくていいのに。まあ、オレは事実、純血の竜じゃないから回復速度はあんまり速くないんだけど人間よりはずっと頑丈だよ?」
「たとえ頑丈だろうと全く痛くないわけじゃないだろうが。自分を大事にしろ」
「はいはい。じゃあよく効く薬草でお茶を淹れたら帰るよ。この頃忙しくてね。あ、ロビン。アンタは騙されたと思ってさ、森の奥の湖に行ってみなよ。運命の出会いがあるから」
「運命の?」
男は深い緑色の薬草茶をティーカップに注ぎ、ロビンの前に置いてから満面の笑みを浮かべる。
「そ。あ、絶対行ってよ?オレ、妖精竜だから、嘘付いたらわかるからね」
「ああ。まあ、お前の勘は外れたことがないのも確かだ。今日は月も綺麗だし、いいだろう」
男はロビンが薬草茶を飲み終わると同時に姿を消した。
**
月が静かに湖を照らしている。
本来なら夜に湖に近づくことは妖精に詳しい者なら避けるだろう。夜に活動するものの中には、人間に悪意を持ったものがいるからだ。
とはいえ、その事情を考えても「行け」と言われるのはよほどのことに違いない。
ロビンはため息をついて水面を眺め、やがて異変に気付いた。
穏やかな水面が、赤い。これは、血の匂いだ。中心には傷を負った人型の何かが、力無く浮かんでいる。
「……おい、大丈夫か?」
ロビンが赤く染まった水面から助け出したのはぐったりとしている人魚だった。この湖が汽水湖だと聞いたことはないはずだが、今重要なのはそこではない。
傷は深い。このままだと人魚の命は危うい。
「……おね、がい……契約、して」
人魚は途切れ途切れの声でロビンに願う。
「……嘘はついてないな……」
「うそなんて、あたしは、ついたことない。きえたく、ない……」
「……わかった。どうすればいい」
ロビンは人魚の願いを受け入れることを決めた。
「……なまえを、つけて」
「名前……そうだな……」
ロビンの目に映ったのは人魚の首にある真珠の首飾り。
「ペルラ。お前の名前はペルラだ。そしてこれを契約の証とする」
「あたしは……ペルラ……ここに、力は……結ばれた……」
淡い光がペルラと名付けられた人魚の身体を包み込み、傷を癒していく。同時にロビンの中からは何かが流れ出していく。初めての感覚にロビンは気を失いそうになる。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
「……こいつを小屋に運ばないとな……」
光が収まるとペルラの呼吸は穏やかになり、人魚のヒレは二本の足に変わっていた。ロビンはジャケットでペルラを包み、抱き上げて森の中の小屋へと急いだ。
「その様子だと無事助けられたんだ、よかった」
小屋にはアスレイが戻ってきていた。ペルラをベッドに寝かせて、ハーブティーを淹れる。
「知ってたような口ぶりだが、この人魚は知り合いなのか?」
「ううん、全然」
「はあ?俺は契約までしたんだぞ?」
「……知らないけどさ、同族が人間に殺されるのなんて見たくないんだから仕方ないでしょ……ロビンなら助けられるってわかってたし、何よりこの子には悪意はないよ」
アスレイは悲しそうに長いまつ毛を伏せた。
「……何か、あったのか。アルビオン区の妖精と人間の間で」
「……ごめん。ロビンを巻き込みたくない。オレは傷を負ってもその血を武器にできるし、回復が早い。でもロビンもペルラちゃんもそうじゃないでしょ……もう行くよ。アルビオンの街に出たら、ペルラちゃん用の服や必要なものを準備しておく。大丈夫、全部うまくやるよ」
「おい!」
アスレイはそのまま何も言わずに姿を消した。
「……アルビオン区で何が起こっているんだ……」
「……しらべる」
ぴょこんと顔を出したのは花宿鳥だ。いちごではない。
「だが……」
「ぼくたちは、しょくぶつにやどる。しょくぶつがあればどこにもいける。ねっとわーくもある。ロビン、おんじん。ぼくたち、おんはわすれない。しらべる。まかせて」
「わかったけど気をつけろよ」
人間と妖精の間に何が起こっているのかを調べたいが、ペルラの回復までは森に留まるしかない。ただ、ペルラを襲った連中が戻ってこないとも限らない。
「……とにかく今はペルラの回復を待つか……傷はだいぶ塞がってきたようだが……」
契約者であるロビンもペルラの回復に力を割いている状態では動けない。
ロビンは無力さに歯噛みしながら、眠るペルラの手をそっと握った。
「……大丈夫だ。俺は普通の人間よりは頑丈だから……安心して眠ってろ、人魚姫」
**
遊戯大会当日。開幕が告げられ、華やかな雰囲気を避けるようにしてホテルのはなれに【招待客】が集まっていた。
「さて、みな集まったかい?前提として僕は君たちの素性を全て把握している。この場には【rOMaN】、【mYtH】、【童話】、そして【バロックパール探偵事務所】の面々にお集まりいただいた。招待客の皆様に【特別遊戯】ーー正確に言えば特別任務の詳細を教えよう。なに、単純なことだよ。【人魚の涙】を取り返す計画にご協力いただきたい。なおこの計画に加わったところで君たちがなんらかの不利益を被ることはない。むしろ、このままではアルビオン区の【区核石】がまずいことになる」
「【区核石】が?そう言える根拠は何だ?」
莱人の言葉に、
「その質問に答えるためには、アルビオン区の成り立ちと、現状この区のみで暮らしている【妖精】と【人間】の関係について知ってもらわなきゃ、だね。オレは【妖精】代表のアスレイ・セドラカ。こっちの目つき悪いのはロビン。【人間】代表だ」
「目つき悪いのはわかってるから言わなくていいぞ。俺たちは【バロックパール探偵事務所】から来た。事務所の名前は所長のペルラのセンスだ」
金髪に青メッシュの青年と、赤毛に緑の瞳の青年が応える。
「アルビオン区は、ある意味では閉ざされた区。むしろ歴史を知れるなら歓迎よ。私は【童話】の【雪の女王】ソルベ。肩に乗っているペンギンは使い魔の様なものだから気にしないで」
「まさか【童話】のメンバーに会えるとは思わなかった。招待状は送ってみたものの、【童話】は決まった場所に留まらない特殊な組織だからね。【童話】の長もこの事件を重要視しているということでいいのかな」
アーサーの問いにソルベは頷く。
「旅行のつもりで、なんて言ってたけど間違いなくそう。私が気負わない様にしてくれたみたいだけど……【人魚の涙】の本物には【精霊】や【妖精】の力が宿っているんじゃないかって……私は考えてる」
「ソルベさんはいい勘を持ってるね。じゃ、アルビオン区についてのお勉強タイムです」
部屋が暗転し、中央に映像が映し出される。
「アルビオン区は、伝承によると魔術国家マギ・マグナの流れを汲む区だそうです。魔術国家マギ・マグナっていうのは古代シルクスにあったとされてる国の名前で、世界で最も魔術が盛んだった場所。魔術が盛んな場所には当然【精霊】の類もたくさんいた。元々この場所自体が、マナに満ちていたからね」
映像が切り替わり、画面にローブを纏った人々が映る。
「この国の主役はもちろん魔女や魔法使いと、彼らと契約した精霊、自然とのつながりが深い妖精たちだった。魔術学園や魔術学校が並ぶ国の首都には、人ならざるものたちが暮らしやすい様な配慮もされていたらしい」
次に映ったのは、真っ暗な空から堕ちた隕石だった。
「この隕石は、今もまだ本当に降ったのか推測の域を出ないままだけど……【妖精】たちの伝承によれば事実だって言われている。実際、この隕石が降った後からこの世界ーーシルクスはおかしくなった。土地が痩せて作物が取れなくなり、その後の戦争で古代シルクスの国家は全て崩壊したんだ」
「……隕石……」
「……まあ実際隕石ってでかいものだと気候変動とか起こすみたいですし、無いとはいえないんじゃないっすかね。この間も【白紙域】で流星が観測されてる。燃え残った流星の欠片ってつまり隕石っすから。でも、国が滅びるほどとなると、古代シルクスのどこかには大穴が開いてるはずっすよね……」
アスレイは宵霧の推測に、
「うん。人間も妖精もその隕石の落下跡を探してる。古代からずっとね。でも今のところは見つかっていないんだ。調査できないほど深い海の中にあるとか、海溝がそうだっていう説もあるし、隕石自体の大きさの影響ではなく、何か……宇宙や異世界から何かこの世界にとっての害毒がもたらされたのではって説もあるけど、今になっても証拠はないんだよね。高天区の長にも協力してもらったけど、わからないし、記録も残ってないそうだよ」
「京さんとも繋がりがあるんだ……アスレイさん、只者じゃないかも……」
紡はボソッと呟く。
「隕石の話はとりあえず置いておいて。目下の問題はアルビオンの【区核石】なんだよね。実はアルビオンの【区核石】はふたつある。人間が守るものと妖精が守るものが。ただ、正確な場所はずっとわかってなくて。まあ、だからこそ【区核石】に手を出す者が現れなかった利点もあるんだけど」
「……ええと、【人魚の涙】で道を開けるとか、封印が解ける……とか?」
「そうなんだよね、紡くん。だからアーサーくんもこれだけの協力者を集めたってわけだ。どうしても創作には人手がいる。オレみたいに実体を持って自由に動ける妖精ばかりでもないし」
アスレイが続ける。
「そもそも普通の妖精は人間文明と相性が良くない。人型でないものも多いし、人間全てに見えるわけでもない。アルビオン区以外の住民はそもそも妖精の存在が見えないやつの方が多い。けど、ここに集まったアンタたちには、【妖精】や【精霊】はいるって理解してほしい。だから一羽、いちごぺんぎんをここに連れてきた」
「くえ」
アスレイが合図をすると部屋の中に甘い苺の香りもする生き物が現れた。
「.....か、かわいい。ぺんぎん。いちごぺんぎん....これが本物の花宿鳥ね?かわいい....」
ソルベはすごい勢いで駆け寄るといちごぺんぎんを抱きしめる。彼女はしばらくかわいいを連呼していたが、ふと我に返った。 ただし、いちごぺんぎんは抱きしめたままで。
「.....【童話】ってもっとお堅い人たちと思ってたんだけど。だって由来が由来だから....でも、なんだろう。イメージが崩れ落ちたよ....」
「仕方ないの!ペンギンはかわいい。花宿鳥もかわいい。かわいいものは可愛い。ペンギンは至高なの。あのもふみ、つぶらな瞳、陸のよちよち歩きと飛ぶように海を泳ぐ姿のギャップ。そんな可愛さと裏腹に意外に高いフリッパーの攻撃力。はあ、最高....本物の花宿鳥を見られただけでもここにきた意味はあった....はあ、幸せ....いちごぺんぎん....もちっとしてていい香り....」
いちごぺんぎんはくえーと鳴いて羽をぱたぱたさせた。満更でもないらしい。
「....あー、これはしばらくかかるな。【電脳皇帝】さん、あとは俺が引き取っていいか?ソルベは筋金入りの超ペンギン好きでな」
「……君は」
静かな声とともに気配もなく部屋の中にひとりの男が現れる。黄緑の瞳を持ち、明るい茶色の髪を無造作に束ねていた。
「ああ、【童話】所属の【赤頭巾】……といってもどっちかというと【狩人】だが……シトラスだ。……リーダーのパフェも優雅にアフタヌーンティーとか楽しんでるみたいだが……あいつは【妖精】や【精霊】が見えるし、アルビオン区の街中で【花宿鳥】を見かけたから、念のためソルベの代打で会場に行って!って頼まれてな……ほら、ソルベは一旦落ち着くまで客室でいちごぺんぎんと戯れとけ」
ソルベは笑顔で退室して行った。
「こちらとしては所属がはっきりしていれば問題ない」
「助かる。じゃあこちらも【区核石】について有用な情報を提供しよう。【童話】のメンバーは、【七罪の呪い】を背負っている。この【七罪の呪い】というのはまあ簡単にいえば、俺たちに宿っている【界軸石】の欠片と同じ【区核石】に守られた区でしか動けないってやつだ。どうなるか試してみたが……体調を崩して区の【入区ゲート】で止められた。その区を離れると一瞬で治ったが。さて、言いたいことはわかるな?」
「……つまり、ソルベさんとシトラスさんに宿っている石と同じ【区核石】がアルビオン区にある。あと、これは推論ですけど……ソルベさんとシトラスさんは【区核石】の場所を感知できるんじゃないですか?」
紡の言葉にシトラスは頷く。
「厳密にいえばソルベが感知できるのは真珠ーーつまりは盗まれた【人魚の涙】だ。妖精の区核石について情報を持ってるのはそこの角の生えた男か、彼らの上にいる妖精側の存在だろう。そして俺が感知できるのは【ダイアモンド】。人間側の【区核石】だ」
「【童話】は【区核石】を感知できる。じゃあ高天区で助けてくれたのは……」
紡ははっきりと覚えている。【石喰い】の文体とのあの戦いには、手を貸してくれた人物がいた。夜だったし、戦闘に必死だったので顔は見ていないけど、声だけはとても優しかった。
「紡くん。君はこれからこの世界を巡り、やがて世界の秘密を知るだろう。だから、こんなところで倒れちゃだめだよ」
「ああ、間違いなくな。あいつの性分もあるが……はっきりと言っておこう。【童話】は今ここにいる全勢力と敵対しない。【呪い】による制限はあるが【区核石】や【石喰い】に関しては戦力や情報を提供すると約束する。だが、かわりに等価交換としてこちらからも君たちに情報提供を頼みたい。俺たちの最大の目的は【七罪の呪い】を解くことだが、最近、気がかりな動きを見せている集団がいる……そいつらは基本的に現代シルクス全区で動いているようだが、ここ数ヶ月はアルビオン区での動きが目立っていてな……」
シトラスはデバイスを起動して、空中に「WANTED」と書いてあるアルビオン・ヤードがネットワーク上で掲載している指名手配書を見せた。
「アクト・フィグメントという組織名を聞いたことはないか?」
この言葉に、アーサーとアスレイ、ロビン組、そして莱人は顔色を変えた。
「……ああ、よく知ってるよ。今の【MytH】の長を悩ませ続けてる奴らだ」
「ロクでもない組織でアルビオン区では特に有名だね。今回の【人魚の涙】や……数十年前の【双子のピアス】の盗難にも絡んでるんじゃないかって言われてる。あとアクト・フィグメントには別の顔もあって、【白花の聖女】信仰を広めてる教団らしい……とも言われてるけどこっちはあくまで噂」
「もしかしたら絶縁した親父の事業に関わってるかも知れん。裏は取れていないが」
「……アクト・フィグメント……そうか……あいつらはまた表舞台に……」
「……ライト?」
この時の莱人の瞳に宿った冷たい光の理由を、紡と宵霧はのちに知ることになる。
「……心当たりがある者もいるようだな。アルビオン区では十分に警戒してほしーー」
シトラスの言葉は鳴り響いたアーサーのデバイスの音でかき消された。
「緊急連絡。【アクト・フィグメント】、アルビオン区の商業施設を襲撃。別動隊、香宮津紫穂、消息不明――」
「なんだって?アルビオン・ヤードは」
「アルビオン・ヤードの先発隊は現在音信不通。現在第二陣と特殊部隊の準備中。アルビオン・ヤードは緊急事態につきアーサー様の元に案内役を派遣しました。アーサー様、並びに【招待客】の四組織の方々に協力と救援を要請します」




