第六幕 皇帝は遊戯がお好き
薄暗い部屋の中、玉座のように赤いゲーミングチェアにひとりの少年が座り、モニタ越しにオンラインで会話をしている。
「ふうん?だからボクが呼ばれたってわけだ?」
少年の声に合わせ黒い羊のアバターが動く。
「ええ、【石喰い】が目覚めました。幸い高天区の区主である京がきっちりその役目を果たして倒しましたが、彼女には協力者がいたことがわかっています。そして私の使いのシマエナガ精霊によると【石喰い】にとどめを刺したのも、【石喰い】の分体から【区核石】を守り抜いたのも彼女ではないのです。もちろん彼女の鳴神陣が無ければそもそも【石喰い】に挑むことすら無謀であったでしょうが」
画面のシマエナガアバターから聞こえてくるのは落ち着いた青年の声だ。
「勿体ぶってないで教えてよ。そいつらって誰だった?これからアルビオン区で始まるボクの遊戯にそいつらも巻き込んでいいの?」
少年はわくわくしながらも少し苛立ったような声で尋ねる。
「ええ。【電脳皇帝】。ぜひ貴方のゲームの盤面に彼らを加えていただきたく。天乃紡、宝 莱人、月詠宵霧、そして....香宮津紫穂」
「いいよ。じゃあ特別な遊戯への招待状を彼らに送る。久しぶりに楽しめそうだ!」
「じゃーん!見てみて!俺の小型艦操縦免許証!」
roMaN本部、紡と莱人の相部屋。息を切らして走ってきた莱人は、虹色に輝く免許証を自慢げに紡に見せる。
「無事免許取れたんだ。おめでとう、莱人」
「ありがとう、紡。高天区から帰ってすぐ地獄の猛勉強に耐えた甲斐があった......」
「じゃあ今夜はお祝いかな。宵霧と莱人が無事に試験受かって免許取れたら、東華料理のお店でパーティーするって決めて予約してたんだ」
「えっ、東華料理って高級店が多いって聞くけど」
東華料理とはシルクス三大料理のひとつと言われており、貴重な食材や辛いものが多い。莱人は東華区に長い間住んでいたこともあり、食べ慣れた味でもある。
ただ、東華区以外では食材の入手が難しいため、本部があるセロ区では割高になる。正直なところ、この街ーーセロ区はシルクスの各区の文化が混ざり合う都市部なので根本的に物価が高いのだ。
「宵霧がクーポンと安めのお店を見つけてくれて」
「宵霧くんはそういうお得情報集めるのも得意なんだよね....じゃあ有り難くパーティーに参加するとしようか」
**
「うわあ」
「そういや初めてっすか。夜のセロ区に出るの」
「凄い人だよね。それに明るい。セロ区は眠らない街って呼ばれてるけど納得だよね。俺も東華区からここに初めてきた時はびっくりしたなあ。......あの人は今はどうしてるんだろうな」
莱人はおもむろに横断歩道の向こうにある電光掲示板を見上げた。化粧品や期間限定スイーツの広告が数十秒ごとにめまぐるしく入れ替わっていた電光掲示板が、急に暗転した。横断歩道の信号は全て赤に変わる。
「なんだなんだ」「急いでるのにもう!」
人々は混乱しながらも元凶らしき掲示板を見上げる。
黒い画面が動き出し、一頭の黒い羊に変わる。
「セロ区の諸君。少しの間だが電光掲示板は【電脳皇帝】がジャックした」
「【電脳皇帝】!?」
「マジかよ。シルクス最強のゲーマーって言われてるあの!?」
「【電脳皇帝】!?なんでこんな街中に」
ざわめき出す通行人と宵霧を眺めながら紡は思ったことを口にする。
「【電脳皇帝】って何....?有名な人?」
「その回答は予想済みだよツムギくん。そこでさっさと本題に入ろう。僕は今、明後日からアルビオン区で始まる遊戯大会への招待状を選ばれたスペシャルゲストへ送信した。選ばれたゲストには白い羊からの招待状が届いているはずだ。選ばれなくとも遊戯大会への参加資格は誰にでもあるからね!それでは遊戯大会をぜひ楽しんでくれたまえ!」
それを最後に信号は青に変わり、街は普段通りに動き出す。電光掲示板には新発売!ペンギンサマーソーダの文字が映った。
「とりあえず夕飯食べてから考えよっか...」
電脳皇帝からの招待状を受け取った莱人、紡、宵霧の3人はとりあえず予約済みの東華料理のお店へ向かうことにした。
**
「おお……!懐かしの東華豆腐!!」
「な、なんかだいぶ赤いんすけど……」
「唐辛子、たっぷりの気配……」
運ばれてきた四葉飯店の名物料理フルコースの一品めに莱人と紡は目を輝かせている。対照的に宵霧は大丈夫かなこれ……と小さく呟いた。
「いただきます」
「……んー、やっぱり東華豆腐はこの味だなあ」
「初めて食べたけどとても美味しい。ちょうどいい辛さ」
「……あれ、見た目ほど辛くはないっすね?」
宵霧はひとくち食べて不思議そうに呟いた。
「見た目、だいぶ赤いけど東華醬はほどよい辛さの調味料なんだ。唐辛子と甘花と紅花蜜を混ぜて作るんだけど、この赤は甘花と紅花蜜に由来してるんだよ」
見た目よりも東華豆腐は食べやすく、皿はすぐ空になった。
続いて二品目はメインディッシュの蟹卵飯。蟹と卵を炒め、炒飯の上にふわっと乗せて、甘酢あんかけをかけた東華料理だ。
「好きっすねこれ。東華料理って辛いのしかないイメージだったけど」
口にあったのか一番先に食べ終わったのは宵霧だった。彼は辛いものよりは甘い方が好きらしい。
「甘いのも実はあるんだよ。そもそもスイーツもあるし」
「これも美味しい。東華料理って色々あるんだなあ」
最後は東華点心の盛り合わせ。
桃饅、餡饅、晶饅。それぞれ桃の形で桃のペーストが入ったまんじゅう、あんこ入り饅頭、鉱物を模した琥珀糖が入ったまんじゅうである。
「晶饅なんだった?俺は多分水晶」
「多分紫水晶っすかね、紡のは……蛍石っすかね?」
「蛍石?こんなふうに透きとおった青緑で綺麗な鉱物があるんだ?」
紡はじっくり晶饅の琥珀糖を見つめてから半分に割った残りをお腹におさめた。
「ごちそうさまでした」
茉莉花茶を飲み終え、会計を済ませて三人は帰路に着く。
部屋に帰ってから莱人が【栞】を開くと、画面に白い羊が現れ、メッセージをくわえてきた。
「……やっぱり来たか。【電脳皇帝】からの招待状。紡と宵霧にも来てるよな?」
「来てる」「来たっすね」
ーー白い羊の招待状ーー
あなたたちは特別な遊戯の参加者に選ばれました。
つきましては遊戯大会が開催される2日後までにアルビオン区へお越しください。
電脳皇帝
**
招待状が届いたのはもちろんあの三人だけではない。
「……どうしようかなあ……」
現代シルクスの上空、ペンギンを模した艦の中で、女がひとり複雑な表情で招待状とにらめっこしていた。
「ソルベ、顔怖いけど大丈夫?」
「パフェ。うん、見せた方が早いと思うんだけど」
ソルベはそういうとペンギン柄の手帳型ケースに入ったデバイスを見せた。デバイスの画面には電脳皇帝からの招待状が届いている。
「電脳皇帝か……ソルベってそもそもゲームできたっけ?」
「人並みには……でもどうして私なのかなって。ゲームの腕なら滅多に艦に戻ってこないあのコンビの方が私よりずっと上というか……あのふたりはそもそも上位ランカーでしょ?あのふたりを招待した方がいいと思うんだけど」
「あのふたりはそもそもランク条件で参加確定したってメッセージ届いてたからね……招待する必要自体がなかったんだろうけど。じゃあ、ここは童話【コントゥ・ドゥ・フェ】の長として任務を与えよう。ソルベ。招待を受けてアルビオン区に行ってきて。美味しいアフタヌーンティーのお店とかもあるし、旅行と思って」
パフェは笑顔で観光マップを手渡す。
「そんな軽い感じでいいの?」
「うん。それにおそらく【電脳皇帝】やそのバックがこっちに何か仕掛けてくることはないよ。今のmYtHにはメリットがない。でも、気にはなるからさ。だから軽い気持ちで、お願い」
ペンギン型の艦は静かに帆先をアルビオン区に向けた。旅行の支度のために部屋に戻ったソルベを見送ってからパフェは食堂へ向かう。
「しかし、ソルベに招待状は意外だったなあ」
「確かにな。まあ、ゲーム大会はともかくアルビオン区に行くのは息抜きにはなるだろ。あそこの博物館には双子のピアスの盗まれなかった方と【人魚の涙】っていう琥珀がある。俺たちは【七罪の呪い】で、自らの属性に一致する【区】でしか活動できない。お前とあのふたりが例外なだけで」
「シトラス」
シトラスはパフェの隣に腰を下ろすと、焼きたてのピザをテーブルに置いた。
「食べろよ。どうせ明日からはアルビオン料理なんだから」
「じゃあ、ありがたく」
パフェはピザを手早く切ると満足げな表情で口に運ぶ。
「美味しい。……ってことは【電脳皇帝】の遊戯について情報が入ったってこと?」
シトラスは違う、と言って残りのピザを食べ終える。
「情報は全くだが、推測できる大事件が起こったんだよ。ほら、これ」
アルビオン区で盗難事件 【人魚の涙】消失
パフェが魅せられたシトラスのデバイスの画面には衝撃的な文字が踊っていた。
**
翌朝。
アルビオン区へ出発した小型艦の中で朝食を摂りながら紡や莱人、そして招待状に届いた紫穂もニュース速報を見た。
「臨時ニュースをお伝えします。
昨夜未明、アルビオン区のシルクス博物館より【人魚の涙】という名で知られる真珠の首飾りが消失しました。防犯カメラには不審な点は見られなかったのことです。今朝、ある学芸員が改めて確認したところ本物との差に気付き、偽物にすり替わっているとアルビオンヤードに届け出ました。現在専門機関で鑑定が行われていますが、すり替わった首飾りにも良質な真珠が使われており、実際にすり替わっているのかも含めてシルクス博物館の資料にもあたりながら専門委員会は調査を進めています。この事件に伴い、シルクス博物館近くでは厳戒態勢がとられています」
ニュースが終わるとともに、【栞】が鳴った。
特別な遊戯の招待客へ
ニュースは見たかい?【人魚の涙】の盗難事件。
専門機関は本物か偽物かわからないなどと言っているが、僕に言わせればすり替わったものは完全なる【偽物】だ。
その理由は会った時に話そう。
遊戯大会は予定通りの開催だ。
ホテル ラウンズ・キャメロットのVIPホールで待っているよ。
ああ、ひとつ覚えておいてほしい。
遊戯大会の間は僕は「アーサー」と名乗ることにする。
諸君もどうかアーサーと呼んでくれたまえ。
「良くも悪くも予定通りってことっすね……眠い……」
ふらふらした足取りで現れた宵霧に紡は買っておいたハンバーガーを渡す。
宵霧は躊躇なく一心不乱にすごい速度でハンバーガーを食べ終えた。
「ふう。寝ようとしたら【栞】のメッセージで起こされたんすよ……お腹いっぱいになったので寝直せそうです……あ、その前に」
宵霧はポータブルパソコンを食堂の中心に置き、起動する。
「莱人さんに頼まれてたことはやっときました。【人魚の涙】の由来や能力、博物館に収蔵された過程をまとめてあります。じゃ……またアルビオン区につく頃に……」
宵霧は少しだけ元気を取り戻した足取りで再び個室へと消えた。
「今日の夜にはもうアルビオン区に着くのか?莱人」
「自動航行モードだとそうだね。着いたらすぐホテルにチェックインしてホテルの地図を頭に入れる。招待状から考えられる、【電脳皇帝】の特別な遊戯はおそらく【推理遊戯】だよ」
「【推理遊戯】……ええと、莱人さん。【推理】ってなんですか?」
莱人は少し考え込む。
「んー……そうだなあ。推理小説や推理遊戯ーー謎解きゲームや脱出ゲームの場合は、いくつかの「手がかり」を元に推理して仮説を立てる。そして仮説を元に行動したり、答えを導き出して、脱出したり事件の犯人を見つけたりする……って言ったらいい?あくまで俺はそういう認識なんだけど」
「紡。個室に戻る前に少しつきあってくれ。手っ取り早く私の持っている推理小説の短編を貸そう。今からアルビオン区に着くまでに読み終えられる分量だ。夕食の時間に貴方が思う犯人の名前を私に教えてほしい」
「わかった」
食事を終え、部屋に戻った紡は紫穂から借りた小説を読み始める。
「ええと、タイトルは……或る人魚の恋……?」
内容は、帯によれば人間に出会ってしまった人魚の恋物語。種族を超えた禁断の恋は激しく燃え上がりーー
「紡……その、本を、間違えた」
「あ、うん……そんな気がした……」
紡はなんとなく戸惑いながら顔を赤く染めた紫穂に本を渡す。
「……これが推理小説……じゃあ、また」
代わりに推理小説を置いて紫穂は足早に部屋を後にした。
「ええと今度は……アルビオン区を舞台にした探偵社の物語……うん、ちゃんと推理ものかな……」
紡は本の帯を確認して、ページを開く。
それにしても。香宮津紫穂ーー刀を操りアルカナ【正義】の所持者。食堂で一緒になる事はあるが、口数が少なく、どちらかといえばクールな印象だった彼女。
「紫穂さんでも取り乱す事……あるんだなあ……」
様々な思惑を乗せて、招待客はアルビオンの地に集う。




