第三十五幕 作戦会議
「扶桑に現れた四凶は窮奇だ」
ゾンズは酒を一杯飲み干してから言った。
湖から戻った紡達は、明日四凶の窮奇が現れた扶桑地区の遺跡へ向かうことを決め、現在は作戦会議の真っ最中だ。
「窮奇ですか。ええと、東華区の伝承にはこうありますね。有翼の虎、属性は風。でも今回の四凶は性質が反転しているんでしたよね……虎の反転はないでしょうけど属性は……風でないと仮定するなら、火、水、木?木はわたしが使えますけど、他属性はどんな感じですか?」
「木は青龍の神子だから任せとけ。だが、翼があるなら飛び回る可能性があると考えると対空戦力が欲しい。対空なら風だが、風属性使えるやつはいるのか?」
紡たちは顔を見合わせ考え込む。
「風属性はいないですね……莱人さんが風属性なんですけど」
「綴葉は風属性だったけど……いない人のことを考えても仕方ないわ。機動力は蔓で絡めとるとか羽を凍らせるとかで地面に落とすとか……」
シレーナの言葉に、
「待て。そもそもお前たちが桜蘭で倒した四凶は本当に砂蛇だったのか?」
海風は疑問を抱く。
「ゾンズ、林香。この者たちに東華区に伝わる四神や相剋の話はしたか」
ゾンズは頭をかく。
「あー....林香頼むわ。オレはそういう小難しい理論は苦手で......ほら、属性相性がどうあれ殴ればいつか勝てるだろ?」
「わあ....ゾンズさんらしいというかなんというか......でも間違いなくゾンズさんは説明役に向いていないので私が説明しますね」
東華区の退魔道術には属性相剋という概念がある。
相剋は簡単に言えば対立する属性相性を指し、四凶と四神はこれに対応している。
すなわち
水の玄武
火の朱雀
風の白虎
木の青龍
四凶の属性が反転したとしても四凶という枠で復活させている時点でこの四属性の相剋にしか変わらないというのが海風の、正確には海龍の見解なのだと林香は言う。
「より正確に言うならば土の黄龍もいるのだが四凶とは関係ないのでな」
紡は改めて考える。
「つまり、もし楼蘭で倒した四凶渾沌が土属性なら扶桑にも土属性がいるのはおかしいし、そもそも五番目の黄龍の属性が四凶にある時点でおかしいってことですか」
「そうだ。黄龍はそもそも四神よりも高位にある龍。黒蛇の正体が黒龍だろうとあいつの属性をやすやすとは使えん。土と秘伝的に伝わる金を併せ持つ東華区の真の区主だからな」
「東華区の真の区主?綺璃様じゃなく....?」
「おい海龍」
ゾンズが苦い顔をする。
「別にいずれは知ることだ。そもそも彼らからはすでに黄龍の気配と加護を感じる。今は四凶の属性を考える方がよほど重要だろう」
海龍の正論に、ゾンズは苦い顔をしながらも頷く。
「そうっすね。じゃあ楼蘭の渾沌は土属性ではないと仮定して、じゃあ何属性かってことなんですけど、あそこの守護石は砂漠の薔薇だった。本物の薔薇じゃないとしても、木属性なんじゃないっすかね」
「そういえば....」
紡ははっきりと覚えている。楼蘭の街を辰砂の混ざった砂嵐から守り続けてきたのは砂漠の薔薇と呼ばれる鉱物。薔薇の花びらが染まることで危険を知らせる枯れない花だ。それに、あの乾いた大地にこそ木の力は必要だろうし、幻の花畑がある時点であの地には木の力が眠っているに違いない。
「僕も宵霧に賛成。海龍さん、今の楼蘭って呼ばれる場所は昔は森だったとかないですか?」
「ああ。あの地は確かに古代には森があった。今や乾ききって見る影もないが、あの場所にはまだ木の力が残っている。潤し、生き物を育む力がな」
海龍は頷き、結論が出た。
「じゃあ僕たちが楼蘭で倒した砂蛇の属性は土ではなく木属性。つまり、扶桑地区にいる四凶は水火風のどれかということになる」
「単純に考えるならですけど風に木をぶつけているなら木にぶつけてくるのは風なのでは。その場合やっぱり対空戦になります」
林香の言葉で一同は考え込む。
「結局対空戦か。弓でもありゃいいが槍でもぶん投げるか。とにかく地上に落としちまえばいい」
「リュシン。そもそもお前は風の力を桜蘭で吸収しているだろう?」
海龍の問いに、リュシンは目をぱちぱちさせる。
「うん。渦巻く力を感じるけど使ったことがない。解き放ち方もよくわからない」
「ふむ。ゾンズ、稽古をつけてやれ。そういうのは得意だろう。我はそうだな、力のコントロール方法を教えてやろう。紡、お前も来い」
「僕ですか?」
海龍はお前以外に誰がいる、という表情で紡を見た。
「わかりました。シレーナたちは話し合いの続きをお願い」
**
旅館から少し離れた湖畔に紡たちは向かい、リュシンはゾンズと稽古を始めた。
「リュシン、頑張ってるなあ」
「あの者はかなり特別な龍の子だ。心配はいらぬ。問題はお前の方だ」
「僕ですか?確かに記憶は色々欠けてるみたいですけど、なんとか敵にも立ち向かえてますし特に問題は……」
海龍はため息をついて彼をじっと見る。
「とはいえ、どう言ったものか。簡単にいうとお前の中身はぐちゃぐちゃになっている。記憶が欠けているのもその影響だろう。複数の力が絡み合っているが、元々の力の器がかなり大きいから耐えられてはいる。だが普通の人間や退魔道士、我ら龍でさえこの状態で正常であることは難しいぞ」
「僕は培養槽の中でずっと眠ってたみたいで。その間ずっと苦痛に耐えていた記憶はあります。だから痛みに強いのかも」
「強いのではなく鈍いのだ。全く、自分の傷に疎い者は難儀だな。痛みを我慢し続けるのは良くない。今も痛むのだろう」
紡は誤魔化すように曖昧に笑う。
「眠ってた時に比べれば全然耐えられる範囲ですよ。そもそも解決策もわからないですし」
「……鉱物……融石魔術を扱える者がまさかまだいるとは。紡、お前の身体には複数の鉱物が混ぜられている。それぞれが低濃度で、身体の表面の結晶化には至っていないが。石素干渉が痛みの原因だろう」
「石素……干渉ってどうにかなるものなんですか?」
海龍は頷く。
「簡単さ。体内から取り出して武器や装飾品に宿せばいい。とはいえ、我にその力はない。還元の力を持つ鉱物を入手、加工してくれと黄龍に頼むしかないだろうが、本当に今は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。それに力を使い分けることで戦闘を乗り切ってきましたから」
心配そうな海龍に紡は笑って答える。
「……お前の核となっている鉱物は未知のものだ。正体はわからないが……【災厄】と似た、この世界の外の気配を感じる。それに、新たな未知の力ももう芽生えているようだからな……絶対に無理はするな。仲間を頼れるなら、頼れよ」
「海龍さんって昔は砂漠の民の人だったんですよね。だから、面倒見がいいんですか?」
「そ、それは関係……あるのだろうな。やはり、人として暮らした龍と他の龍は人間への態度が違った。人を知らぬものはどこか彼らを見下してはいたが、我も、我から人間というものの話を聞いて、人に寄り添おうとしたシン……辰砂龍も」
顔を背けた海龍は、切なげにまつ毛を伏せる。
「……辰砂龍は今では恐ろしい災厄の龍と思われている。僕もどこかで、そう思っていました。だけど、恐ろしい力を持っていても、悲劇に終わったとしても人間を想ってくれたこと、海龍さんから聞けてよかったです」
紡の言葉に、海龍はそうか、とだけ返して少しの間沈黙した。
「……辰砂龍の欠片はわけられて封印されたが、ひとつだけ所在がわからないものがある。それはあいつの、【心】だ。だが、紡に話しているうちにひとつ思いついたことがある」
力のせいで寄り添うことも共に生きることも叶わなかったが、それでも辰砂龍は人間を想っていた。水藍を救うために力を貸してくれたことも、それによって今があることも海龍だけは知っている。ならば。
「……もしもあいつの【心】がこの時代に存在するならば、きっと『人間』の姿をして……人間として生きているのだろうな」
**
「リュシン、よくやったな。オレは教えるのが得意じゃないんでわかりづらかったろ?」
ゾンズとの稽古を終えて、リュシンは一息ついたところだった。
「ううん、なんとなくわかる。槍で戦うのとかは難しいけど、自然の声を感じて、聞くのは得意なんだ」
ゾンズはよく冷えた扶桑茶を淹れてリュシンに手渡す。
「体を動かすのとは違うが、気を操るのも体力を消耗するもんだ。ゆっくり休んでな。オレは紡にも気の扱いを教えておきたいからな。紡、こっち来い」
「はい。リュシンお疲れ様。ゆっくり休んでね」
リュシンを残して紡はゾンズの元へ向かう。
「さて、紡。お前にこれから気の操り方とバランスの取りかたを叩き込む。ってことで、模擬戦だ」
ゾンズは槍を構え、軽い槍を紡に手渡す。
「え、僕は槍なんて使ったことは」
紡が戸惑っている間にゾンズは鋭い槍の一突きを繰り出す。
「……ないです、って!」
間一髪で避けた紡は反射的に槍で突き返す。
「本当か?その割には反応が早いが」
「必死なだけです、から!」
紡は槍を地面に突き刺し、反動で後ろへ飛び上がってゾンズから間合いを取る。
「いいな!オレも本気を出すか!」
「ああ、もう。仕方ない!」
ゾンズの持つ槍はかなり長く、重い。だが持ち前のパワーを乗せて繰り出される突きは思いの外鋭く、素早い。
「ほらほら!一本とってみろ!」
紡も槍の軽さを活かして連続突きを繰り出すがその先がゾンズに当たることはない。避け続ける中で紡は一瞬の隙を窺う。
これは槍の修行ではなく、気を読む訓練。ゾンズの動きの癖、気の流れを瞳に焼き付ける。そしてーー
「今っ!」
迷いなく突き出した槍の先は、ゾンズの身体を捉えた。
「そこまで。とまあ、習うより慣れろだったが大体わかっただろ?」
「な、なんとなくですけど」
紡は肩で息をして、槍を支えにして立っているのがやっとだった。
「その槍は紡にやる。訓練所用に互いを傷つけないように林香に術をかけてもらってたが、扶桑の森の琥珀化した樹から作った特別製だ。木属性はもちろんだが、もしかしたら別の属性も宿せるかもしれない。その属性はきっと、空を飛ぶ相手には厄介になるぜ」
「他の属性、ですか?」
ゾンズは頷く。
「まあ、詳しくは明日遺跡で説明する。どのみち雷管石とは別に、遺跡に祀られた布が必要だからな。とりあえず石だけは持っとけ」
紡は手渡されたものをじっと見た。雷管石。名前からすると雷に関係するのだろうが、見た目はざらざらして、白っぽくてはっきり言って地味だった。
とても雷と関係するようには思えないが、対空戦の鍵になるのなら大切にしなければ。
「今日はよく休めよ。良く寝て、よく食べて、明日は四凶をぶっ飛ばすんだ」




