第三十三幕 君と見た世界
これは遠い昔の物語。
封印された辰砂龍も含め、いろいろな龍が突如起こった災厄から人間を守っていた時代があった。
東華区の龍は鉱物から成る。もちろん人間との関わり方は様々だった。そもそも力の強弱にも個体差があったからだ。
力の弱いものはそれこそ無数にどこにでもいた。やがてその中から人の願いと祈りに応え、力を持つ龍が現れた。
辰砂龍は自らの能力の二律背反に苦しみながらも生きとし生けるものを愛していた。だからこそなるべく自らが力を振るわずに済むようにいわば代理の龍たちを生み出したのだ。
紅玉の瞳を持つ烈火を操る紅華龍
透き通った水晶の瞳を持つ氷華龍
森の恵みを司る琥珀龍
大地を統べる黄龍
空と光を統べる白龍
闇と冥府を司る黒龍
真珠を持ち海を統べる海龍
他にも雷龍やら風龍やら色々いただろうが私が知っているのはこのぐらいだ。
今も生き残っている龍はいるが、どのみち昔ほどの力はない。
「だから、あのヘタレ黒龍が何かしでかしてもどうにでもなると思っていたのだがな......はあ」
海風の姿で海龍は盛大にため息をついた。
「辰砂龍の復活を望み四凶を鏡術で独自改変して精製……愛もここまでいくと重いというかなんというか」
「愛??むしろ愛情とか欠片も理解できないようなやつに見えたっすけどね?」
宵霧の言葉に、
「あいつは早い話辰砂龍にべったりだったからな。闇と冥府を統べる特性からして色眼鏡で見るやつは多かったが、兄がまあ極めつきの優等生だったからな」
「シェンスエーー白蛇か。弟の尻拭いで大変だって愚痴りまくっているイメージしかないが」
海龍は頷く。
「なんだかんだ言って黒龍と白龍は仲良くやってはいたのだ。だが、辰砂龍が堕ちてからあいつは変わった。あいつは結局、辰砂龍が封印されたこともそれを指示した黄龍も東華区も、その原因になった人間も許せないのだよ。だからこそいくつもの禁術に手を出して東華区を荒らし、自らも血に塗れて完全に堕ちたのだ。月を喰らう蛇を取り込み、神性までも得た。だがそれには代償もあったようでしばらくは姿を見せてはいなかったのだが……高天区を拠点にあちこち飛び回って時間稼ぎの上で力を蓄え、アクト・フィグメントとも関わっていたとはな」
リュシンは紡の袖の裾を握りしめながら、
「辰砂龍の夢を見た」
海龍は目を細める。
「ほう、当代の界龍か。……何を見た?」
「……あなたと、シン、辰砂龍が仲良くしてた。あなたが、水藍を救うために力を貸してって」
「……これから話すつもりだった。私、海龍は少し特殊な龍でな。元は今は桜蘭に住む砂漠の民の一族の人間だったのだよ」
「桜蘭の砂漠の民……フェオンも黄龍って商人も話には出していたけど……」
紡は桜蘭の旅を思い出す。桜蘭で砂漠の民と交流した記憶はない。商人がたびたび桜蘭に顔を出すそうだが、活動時間帯が合わなかったのか。黄龍は砂漠の民の商人と知り合いな上に顔もきくようだったがーー
「まあ無理もない。今では辰砂龍を祀る彼らと桃花都とは折り合いも悪い。褐色の肌という特徴はあるが、その特徴を持つ種族も東華区には複数いる。何より商人以外は基本村から出てこなくなったと聞くからな」
海龍は目を細め、昔話を語った。
**
目覚めた時、私は小さな海蛇に過ぎなかった。
真っ白な海蛇は吉兆とされ、私が網にかかった船では宴が行われた。
何もわからなかったが、楽しそうな雰囲気が伝わってきて、喜びに身をくねらせると、ご馳走が水槽に投げ込まれてきて私も嬉しくなった。
しばらく経ち、私は脱皮して一回り大きくなった結果、蛇皮を船に残して海に還された。
それからも気まぐれに漁師を助けていたらいつのまにか豊漁の海蛇、最終的に海龍として祀られるようになり、神性を得た私は人の姿で水藍の街の社に住むようになった。
しばらくは平和な日々が続いた。私は人と暮らすことで人というものを少しずつ知っていき、人間と水藍の街を愛するようになった。
ーーその矢先に【災厄】が天から降った。
押し寄せる魔物の前に人が倒れ、街は崩れていく。
私は結界を張るしかできなかった。海を操って押し流せば解決するかもしれないがそれでは水藍の街も人々も飲み込んでしまうからだ。
愛しい街が壊れていくのに寂しさと憤りを感じて涙を流す人々をこれ以上傷つけたくなかった。
力が必要だった。魔物に立ち向かうための力が。
水藍を飛び出して荒野を彷徨う。海龍なんて呼ばれていたが、魔物に見つからないように岩陰を探して進んだ。水が尽きた頃にようやくシン、辰砂龍に巡り会えた私はすぐに水藍を目指した。
シンは私との約束を守り、毒を使わずに戦ってくれた。毒なぞなくとも彼自体が強かったから、魔物の大群は一掃された。
立ち去る際にシンは一枚の鱗を私に託し、私はその鱗の導きにより海中に沈んでいた蒼い石を引き上げて結界の要とした。
それからしばらくして求石戦争が始まり、終戦間際に辰砂龍の封印が行われた。
龍は現地に赴くことが許されていた。
黄龍は辰砂龍の部位をバラバラにして封印すると決め、私はふたつの瞳を選んだ。
龍の力で玉手箱をふたつ作り、左右の瞳を箱に納めて封印をかけ、ひとつを海に沈めた。そしてもうひとつは扶桑の湖に沈めたのだ。あいつとよく釣りをした場所に。
「このことで私は龍としての実体を失い、最終的に退魔道士である海風の先祖と契約したのだ。そして今ここにいる。あいつの瞳がーーリュシンと言ったか。そこの竜の子に渡ったのならそれは運命だろう。歴史には残っていないがあいつの瞳には特別な能力がある」
ゾンズは顔を顰めて、
「瞳に特殊能力?なんでそんなものが見過ごされたんだよ」
「簡単だ。黄龍が全く同じでもっと強い力を持っているからだ。当代の麒麟の神子も持っていると言われている。……未来視だよ」
「未来視って充分強力なんじゃないんすか?事前にこれから起こることを知れるなら攻撃を避けたり襲撃を防いだりがだいぶやりやすくなる」
宵霧の言葉に海龍は頷く。
「ああ。だが黄龍は過去現在未来全てが見え、麒麟の神子もそうだというから少なくとも龍たちには魅力的には映らなかったんだろう。だが、龍以外にとっては破格だ。本来なら知りえない未来を夢や神託で知れる。その魅力とアドバンテージは計り知れない。悪意のある者に渡れば致命的だ」
「少なくとも黒蛇に渡ったらまずいってことか……」
紡の言葉にリュシンはぎゅっと箱を握る。
「リュシン。その瞳を取り込め。黒蛇は人の心を操るが奴の術は龍にだけは効かない。同化してしまえば手出しはできなくなる」
「え……」
海龍の言葉にリュシンは戸惑う。
「怖いか?」
「ううん。怖くはない。だけど、この瞳はあなたの大切な思い出だから。それをぼくがもらって、いいのかなって……」
海龍は優しい眼差しを浮かべ、リュシンの頭を撫でた。
「いいのだ。優しい子。思い出は心の中にあり、消え失せることはない。辰砂龍の心臓は……不思議なことに見つからなかった。だからいつかまた……姿が変わってもあいつに会えると信じている」
「……わかった」
リュシンは頷くと玉手箱の蓋を開けて、取り出した【瞳】をそっと握った。
柔らかな光と共に【瞳】はリュシンの瞳と同化した。片方だけ緋色に変わった瞳で、リュシンはぱちぱちとまばたきをする。
「これで、大丈夫」
「リュシン、痛いところとか身体が変な感じとかない?」
心配そうな紡に、リュシンは微笑んで「大丈夫」と返す。
「では、扶桑の湖へ行こう。あの場所は私しか知らないからな」
海龍は昔話を終え、紡たちは駅前で林香と合流したのち【瞳】が沈んでいるという湖へ出発した。




