第三幕 孵化(前)
ある晴れた穏やかな朝。
その生き物は種の形の卵の殻を破った。
緑色で頭には双葉が揺れるまだ何の花でもない【花宿鳥】のひな。
ぴぃ、と鳴くと声に引き寄せられるように真っ白な狐の女が花壇へ向かう。
「あら、孵ったんやね。ええと....【花宿鳥】のひなでええん?何のお花?」
「【花宿鳥】のひなは主と認めた者に縁のある花に変わるそうですよ」
「それはおもろいなあ。とりあえずお水いる?神社の井戸から汲み上げた湧き水なんよ」
狐の女はそっとひなを掌で抱えると小さな植木鉢に移して居間に運ぶ。綺麗な皿に水を注いで差し出すとひなは嬉しそうに鳴いて水を飲んだ。
「かわいいですね」
「かわいいなあ。そういえばとうがらしぺんぎんすぱいしー!!!ってアニメは【花宿鳥】がモデルやったなあ。実物見れるとは思わんかったけど」
「高天区は天然の自然が残っているので相性もいいのでしょう」
狐の女はそっと細い指でひなの頭を撫でた。
「せやなあ。もうシルクスの大部分は開発されるか【白紙域】に侵食されてしもうた。12区だけはなんとか侵食を免れとるけど」
「【区核石】のおかげですね。【界軸石】のかけらともいわれていますが、そもそも【界軸石】が何なのかがもう伝わっていない」
狐の女は考え込むように空を見上げる。
「せやなあ。【精霊戦争】の前のことは今のシルクスにはもう伝わってへん。シルクスはいわばロストテクノロジーで成り立っとる。これは単純にいえば綻びが出た時に直せんってことや。今のとこはまだ大丈夫やけど....あんまり楽観視もできんと思うんよ」
何かを察したのかひながぴぃと鳴いて女に寄り添う。励まそうとしているようだった。
「ああ心配せんでええよ?あんたは私が守ってあげる。こう見えても、神狐の精霊因子持ちやからつよいんよ」
(つよい。わかる。でも、つよいひと、だいじょうぶっていってひとりでたたかう。いなくなる。いやだ)
【花宿鳥】は記憶を受け継ぐ。
ひなは思い出す。
大丈夫、と笑って出かけて行ったますたーは、そのまま帰ってこなかった。
悲しくて、悲しくて、枯れて、そのまま種の中で眠った。
かつてのますたーに会いたくて会いたくて、その魂を追いかけて。
気がついたらここにいた。
ーーこのひとは、かつてのますたーの生まれ変わりじゃない。この世界にはかつてのますたーの生まれ変わりがいるんだろうけど、でも。
ぴぃ、ぴぃと鳴いて羽を羽ばたかせる。
「……ん?なんか光ってますよ」
ひなの姿が変わる。白い体、瞳をふちどる朱色。頭に咲くは白桔梗。優美にして妖艶、目の前の白い狐の女を映したかのように。
「……白桔梗の【花宿鳥】……すっかり懐かれましたね」
「ほんまにかわいらしいなぁ。昔な、守りたかった人がいたんや。けどな……守れんかったんよ。守られてしもて……あのひとは……あんたも、同じなんやろ?大切なひと、守れんかったんやね?」
白桔梗の【花宿鳥】は小さく頷く。
「……なら一緒に強くならんとなあ」
「俺もいる。よろしくな、えっと……」
「せやなあ。名前がいる。リン。あんたは今からリンや」
(リン)
【花宿鳥】は嬉しそうにぱたぱたと羽ばたき、くぇっと鳴いた。
「そういや名乗ってへんかったね。ミヤコ。京が私の名前」
「俺はカエデ。楓だ」
「……みやこ、かえで、リン、よろしく」
**
「……」
その頃【卵】と呼ばれる培養槽が立ち並ぶ白紙域の地下の部屋で、爆音が響いた。侵入者は緋色のジャケットにタイトスカートを纏った背の高い女。それ以外は何の情報もなかった。首元に紅く光るのはおそらくルビー。不似合いな顔の半分を覆う仮面を被っている。赤く染まる部屋の中でも彼女の紅の瞳は鋭い光を放っていた。部屋の見張りだった【文字喰い】は全員文字に還り、培養槽の中の異形も全て消されている。
「……」
「……話せないのね。そうだな……とりあえずあたしは敵ではないわ。君を助けに来たの。ちょっとやり方が派手になったけど……目立ったら良くないけど……まあ……目撃者はいないからいいかしら……」
「……いや、あんま良くはないだろ。とりあえず撤退してくれ。その子の治療もした方がいいし」
「そうね」
女と女を迎えに来た仮面を被った男は【卵】から孵った竜を抱き抱えると、【白紙域】の遺跡に停泊していた【砂上艇】に乗り込んだ。なお、この【砂上艇】はペンギンの形をしている。
「無事に戻ったのはいいけどさ、目立ったらまずいって言ったよね……その子を無事に助け出せたからいいけど……まあ【俺】のことがバレなきゃ大丈夫だし強力な認識阻害スペル使ってるから大丈夫とは思うけど……」
リーダーらしき青年は大樹の幹のような深い茶色の髪に、黄緑にも金にも見える不思議な色の瞳と、青い瞳を、少し呆れたように細めた。
「今はそんなことよりその子の治療だね。衰弱がひどいし、美味しいご飯を作ってあげなきゃ。とにかく、ふたりともご苦労様。ふたりの分のご飯は作ってあるから食べてね」
「ごめん、今後はしっかり手綱握っとく。今はまだオレらは表舞台に出たらマズイってのはあいつもわかってると思うんだが」
「まあ彼女の暴走はいつものことだから、あんまり気にしないで。じゃ、俺はあの子を連れて行くね。部屋ひとつ借りる」
「ああ」
**
「ふう。これでよし。目立った傷はないみたいだね」
「……あ、」
竜の子どもは必死に口を開けて青年に何かを伝えようとする。
「……ありがとうって言ってるみたいですよ」
青年の肩からぴょんと飛び降りた【花宿鳥】が子どもの言葉を代わりに伝え、子どもはこくこくと頷く。
「どういたしまして。ゆっくり話せるようになればいい。今は美味しいご飯を安心して食べて。コスモも通訳ありがとう」
「いえ、【花宿鳥】の僕にできるのはこれぐらいで。姉さんだったらなんかこう色々つよかったと思うんですけど……つよすぎる……ぐらいに」
コスモと呼ばれる赤い秋桜の【花宿鳥】はそう言って肩に戻った。
「あとでおさかなクッキーをあげるよ。さて、ご飯が炊けた」
青年は鍋から取り出した炊き立ての白飯を皿によそい、竜の子どもの前に置いた。
「……!」
子どもの目がきらきらと輝き、お腹がぐう、となる。
おそらく竜の子どもが初めて感じる空腹と、食欲。
「いただきます、って言って食べるんだよ。熱いからゆっくりね」
「……い、た、だ、き、ま、す」
青年は丁寧に食事の摂り方を教え、竜の子どもは炊き立てのご飯を食べ終える。
「美味しかった?」
「おいしい?」
「ああ、そうか。食べ物を食べてよかったなあ、ほっとしたなあって少し胸の奥がぽかぽかするような感じを美味しいっていうんだ。そして食べた後にはごちそうさまって言うんだよ」
「……ぽかぽか、わかる……かも。ご、ちそう、さ、ま」
「よく出来ました」
青年は笑顔でそっと竜の子どもの頭を撫でる。
竜の子どもは戸惑った。何故か胸の奥がとてもぽかぽかする。
「……ごはん、じゃないけど、そうされると、ぽかぽか、する」
「うーん、説明が難しいな。ひとつだけ言えるのは、そのぽかぽかするのは君が「嬉しい」、からなんだ。だからぽかぽかするものは大事にね」
「うれしい。ぽかぽか、大事……」
竜の子は急な眠気に襲われたようで、テーブルの上でうとうとし始めた。
青年はそっとベッドに運んで布団をかける。
「……いずれは運命が世界が、君に立ちはだかるだろう。だけど今、目覚めたばかりの君に必要なのは休息と安心と安全。回復するまでゆっくりおやすみ」
**
rOMaN本部から少し歩き、紡たちは駅から高天区行きと書かれた列車に乗る。
列車に乗るのは初めてのふたりに、萊人は乗り方を丁寧に教えてくれた。
現代シルクスでは【栞】のようなデバイスが一般的で、本来は端末に読み込ませることで列車の乗り降りをするが、この高天区行きの列車では【切符】というものを使うらしい。小さな紙に高天区レトロ鉄道と運賃が書いてある。改札口に立っている駅員さんにこの切符を渡してパチン、と穴を開けてもらう。
少し待つと高天区レトロ鉄道と書いてある赤と黒の列車がホームに入ってきた。
プシューと音がしてドアが一斉に開く。隙間に気をつけながら三人は列車に乗り、空いている席に腰を下ろす。
「ツムギ、喉乾いてないかい?高天区までは一時間ぐらいはかかるからみんな車内で夕飯にするよ。駅弁は予約しておいたから時間になったら届くはずさ」
紡はお礼を言って高天茶のペットボトルを莱人から受け取った。
「しかしよりによってスケジュール空いてるのが僕とは……紫穂や緋鶴連れてきた方が良かったんじゃないっすかね。戦闘にでもなったら僕は戦力として期待できないっすよ」
「宵霧はほっとくと全く外出しないからね。たまには遠出させるべきだって東雲さんも快諾してくれたし。俺はともかく、ツムギも宵霧も初めてでしょ、高天区」
「一応、データベースでどういう場所かはツムギと一緒に予習したっす。ま、行くのは初っすね。ベースになっているのは【蒼】ーーキュアノエイデスの日本。区核石は翡翠でしたっけ。12区で唯一自然が残された場所だとか」
「高天区の中心に聳える山には高天神社があって、今は神狐の巫女姫が高天区の最高権力者、だったよね。名物は米を使ったおいなりさん、って呼ばれているお寿司。あとは海に囲まれているから海産物が豊富だとか」
「ふたりともよくできました。ところでさ、窓の外見て」
莱人に促され、宵霧と紡は窓の外を見る。
「……えっと、これは……?綺麗……」
「……海……初めて見たっす……」
夕焼けの海の美しさにふたりは息を呑む。
「高天区は12区でも少し離れていて海に囲まれている。これからこの列車は海底トンネルに潜って高天区に向かうんだ」
夕焼けの海の上を少し走った後、列車は海底トンネルに入る。
ここで萊人の注文した駅弁が席に運ばれてきた。
「いただきます」
駅弁の中身はおいなりさんが三個に卵焼きと焼き鮭。
駅弁を食べ終わった頃、列車内にアナウンスが流れた。
「ご乗車ありがとうございました。まもなく高天区、高天区。降りる際はお忘れ物にご注意ください」
**
「ここが、高天区……」
列車を降りて駅の改札を抜けると、まず見えるのが高天区の中央に聳える山と高天神社の朱色の鳥居だ。陽は既に暮れかけているが、ゆらゆらと紅い提灯の光が導のように参道沿いに揺れていた。
「とりあえず高天神社へ行くよ。待ち合わせ場所はそこだから。結界が張ってあるから神社には紙魚種も文字喰いも近づけない」
紅い提灯の光を辿って参道を進み、鳥居を目指す。
途中連なった鳥居を潜り抜ける際は、異世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。
「千本鳥居だったかな。【蒼】で最も有名な神狐を使いとする神を祀る神社を模したって言われてるね。高天区の長は神狐の巫女姫だから何か惹かれる点や、巫術的に強い点があるのかも。綺麗だけど、少し妖しい。神狐の巫女姫と同じでね」
やがて一際大きい高天神社の鳥居にたどり着く。鳥居の下には二匹の狛狐が神社を守るように建っていた。一礼して鳥居をくぐると真っ白な狐の女と、猫耳の少年が三人を出迎える。
「ようこそ、高天区へ。莱人はんは久しぶりやね。そして、ふむ、あんたたちが紡と宵霧か」
「京様。素の口調が出ていますが宜しいのですか」
「かまへんよ。萊人はんは古い知り合いだし、そこの宵霧はんは月の子どもの末裔。それに……【可能性】の紡。誤魔化し効くようなメンバーじゃないやろ?」
「そうですね。俺は楓。京様の護衛ですので基本同行させていただきます」
紹介が終わると、楓の肩の花宿鳥がぴぃ、と鳴いた。
「おっと、この子はリンや。数日前の白紙域を横切った流れ星があったやろ?あの星はどうも高天区に堕ちたみたいで。そこに行って回収した卵から生まれたんがこの子」
「【花宿鳥】なら確かに危険はないでしょう。けど、ミヤコさん良かったんですか?そんなこと俺たちに明かして」
莱人は首を傾げる。以前の流れ星の記録は口外されないような機密扱いだったのに。
「別にええよ。rOMaNは同業者みたいなもんやし、敵対する気もあらへん。それになあ、正直ちょっと手を貸して貰いたい問題もある。……私も莱人さんが来た理由がまさか先日の流星だけだとは思っておりませんので」
京の身に纏う雰囲気ががらりと変わる。
「そこの宵霧さんはデジタルに強いご様子。本当に知りたいのは前回白紙域を横切った流れ星の件でしょう?まさか高天神社のデータベースに侵入できる存在がいるとは思わなかったですが」
「……バレたかー……宵霧に無理言ったのは俺だから罰を受けるのは俺だけにしてくれないかなーダメ?」
「……セキリュティの脆弱性の見直しのきっかけにはなりましたので、私たちの案件にご協力いただけたら不問としましょう。とはいえあの流星のことを機密扱いにしたのは実は私たちではないんです。現代シルクスの最高機関の指示でしたが、今もその理由は分かりません。疑問に思ったので私たちも調べましたが、流星が流れたこと以外は何も。墜落区さえ明かされていない。まあ正直きな臭いというか、厄ネタの匂いしかせえへん。とはいえ、rOMaNは厄ネタは慣れっこやし、そういう方面にはうちらよりよっぽど適任やろ?」
この言葉に宵霧は頭を抱える。
「どうなんすかねその評価。確かに訳ありと厄ネタの集まりな気はするんで間違ってはいない気はするんすけど。それより、そっちの要求が聞きたいとこです。まあ僕らに選択権はないでしょうけど、何かをするなら計画がいるので」
「では、場所を変えましょう」
京が扇子を取り出し、くるりと舞うと、三人はいつの間にか巨大な屋敷の前に立っていた。
「ようこそ。高天神社の本当の姿、【高天祓穢】の本拠地へ」
**
「手短に話します。区核石の様子がどうもおかしいんです。そして先日、京様はある予知夢をお受け取りになられました」
屋敷の客間で、京たちは具体的な話を始める。
「満月の夜、海から巨大な蛸が現れて高天区の区核石をぶっ壊す夢です」
「蛸……蛸って何ですか?」
紡の問いに、京は手早く絵を描いて見せる。
「蛸というのは海に棲む八本足の生き物です。普通の蛸は刺身にしたり焼いたりして高天区では食用にされているのですが、夢に出てきた蛸は何というか……黒いしなんか禍々しいオーラを纏っているし、食べたくない感じでした。そうですね……ビブリオファンタジアの洋上廃都ルーイエのボスなのですがそこまではまだ……?」
「京さんもビブファンやってるんすか……?僕は倒しましたけどツムギはまだランク足りないから挑めてないっすよ。ルーイエは難度も高いし、そもそも特殊アイテムないとダメじゃないっすか。……というか蛸食べるんすか……」
「「美味しいですよ?」」
京と楓の声が見事に重なる。
「……こほん。あとで宵霧さん、紡さんにはぜひ京様や俺とフレンドになっていただくとして。このいかにもルーイエのボスみたいな禍々しい巨大蛸を倒す作戦を練りたいのです。区核石は、この世界に区の存在を留めておくために必要なのですが一部が【黒化】し始めています。そのタイミングで京様は巨大蛸の夢を見たのでおそらく関係があるだろうと」
「蛸ねえ……そもそもルーイエのモデルとなった創作神話みたいなのがあるらしいけど、あれって邪神だったかなあ……そのものとは考えられないけど、海産物特効みたいな武器がいるんじゃない?」
「……私が加護をかけた刺身包丁とかですか……?」
真顔で京はそう答え、楓は頭を抱えた。
「分かりますが食から離れましょう。まずは相手の属性を推測すると水/闇ですかね。水には雷です。電気です。闇には光です。となると神聖なる雷武器とかでしょうか」
「……それか前に僕が使った絶対零度で凍てつかせる、とか。でも相手が大きすぎると出力とかが難しいかも。広範囲に強力な攻撃ができるならやっぱり雷だと思います。海上を凍らせて道を作るのは僕でもできるかもですが」
「……せやねえ。じゃあその術は私が請け負いましょう。次に相手の攻撃の予測です。あくまでも可能性ですが……ルーイエの巨大蛸は影から触手を出す攻撃をしていた。幸い満月ならばいつもより空は明るい。漁火や提灯を増やす指示はもう出してあります。屋外戦闘はこれで良いでしょう。ただ、区核石を守る必要がある。そちらはあなたにお任せしていいですか?宵霧さん」
「……それは」
京の言葉に宵霧は息を呑む。
「……月の子どもは満月の日に血の衝動を抑えられなくなる。そのため飛躍的な戦闘能力を得る」
「……あんたは……その危険性をわかって言ってるんですか?その代償も……」
宵霧の体が震え出す。
「ええ。高天区を守るためなら幾らでも。私の血が欲しいなら好きなだけ差し上げます。極上の神狐の血、悪い話ではないでしょう?」
「……僕は……怖いんです。怖いんすよ。傷つける相手が紙魚種や文字喰いなら構わない。けど、そんな強い力を……マナを取り込んでしまったらどうなるかわからない……あの時みたいに……また……」
「……宵霧。じゃあ、僕の血ならどうかな」
紡は震える宵霧の手をそっと握る。
「ツムギ……?」
「宵霧が満月の日に戦うためには血がいるんだよね。僕はずっと痛みに耐えてたから、大丈夫。傷の治りも早いみたいだから、京さんを傷つけたくないなら僕にして」
「……嫌っすよ……満月の時の姿なんて誰にも見られたくない。自分が人じゃないって思い知らされるの……辛いんすよ……」
「……僕は平気だよ。それにね、多分僕も、人じゃないから。宵霧は大事な友達だから、どんな姿でも受け入れられる。得体の知れない僕と友達になってくれてありがとう。だから、頼っていいよ」
紡はまっすぐに宵霧を見据える。
「……っ……わかったっすよ。やってやりますよ。新入りのツムギがここまで言ってくれたんです。先輩として引き受けますよ。莱人さん、京さん、楓さんとリン……蛸の方は任せます。……あとちょっと風呂とツムギ借ります」
宵霧はそう言うと紡を連れて浴室へ向かった。
「……宵霧はいい友達を持ったようで何よりだなあ」
「せやねえ。じゃあここからは大人の時間。まあ、巨大蛸を倒す方法を考えるだけなんやけど……とりあえずシミュレーションとしてビブファンで巨大蛸の最高ランク戦やってみよか……」
**
その頃浴室。
「……じゃあちょっとちくっとするっすよ……」
「……うん……」
血で汚れないように一糸纏わぬ姿となった紡の首筋に、宵霧はそっと牙を突き立てた。
「っあ!」
そのまま溢れた血を啜り、舌で舐めとると手早く牙を抜いた。
「ふう。まさか自分が誰かの血を飲むとか思わなかったんすけど……ツムギの血は甘いっすね。傷はもう塞がると思うっすけど……本当に良かったんすか?マナリンクの相手が僕で。これで本気で戦えるけど、受けた傷と痛みを共有することになる」
「いいよ。それにそうなら、宵霧が危険な目に遭った時にわかるし、助けに行ける。そっちの方が僕はいい。友達なら助け合いたいんだ」
「……ツムギ……じゃあ僕も真面目に、誓うよ。【月の子ども】の裔。月詠宵霧。血の盟約と絆によって、ここに力は結ばれた。【隠者】のアルカナの力を汝のために振るおう」
夜は更けていく。
満月を控えた月の光の届かない深淵から、招かれざる者は静かに浮上する。




