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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第四部 嵐は黄昏を連れて
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第三十幕 水藍食遊記

扶桑地区の港町水藍に着いた紡たちはゾンズの案内で町の観光に出かけることに。

 桃花城の飛空艇発着場から半日。


「着いたぞ」


 飛空艇は扶桑地区の港町[[rb:水藍>すいらん]]に着陸した。


 扶桑地区の首都は森の中にある扶桑なのだが、その立地ゆえに飛空艇の発着場を作ることは難しく、代わりに水藍に海上発着の空港を作ることで落ち着いたのだった。


 空港を出て紡が始めに嗅いだのは高天区でもトリチェッロ区でも嗅いだ、潮の香り。海沿いの街ならどこにでも漂ってはいるが、不意にその香りに美味しそうな食べ物の匂いが混じる。


 思わずぐう、とお腹が鳴る。思えば桃花城で軽く点心と茶をいただいただけだった。


「はは、腹減ったよな。さあ飯にするか。水藍は海産物が美味いんだ」


 活気に溢れた水藍の市場の一角にある大衆食堂漣軒にゾンズは迷わず紡たちを連れて向かって行く。


「おーい、ハイ!」


 ゾンズは慣れた様子で暖簾をくぐり、ハイと呼ばれた人物もすぐに顔を見せる。年齢は10代後半ぐらいで紡たちと同年代。人懐っこく明るい笑顔を浮かべている。


「ゾンズ。いつもの海鮮丼でいい?あれ、お連れの人たちは....?」


 首を傾げた少年に、ゾンズは簡単に紡たちを紹介した。


「へえ、水藍は初めてなんだ。俺は海風。東華区風の発音だとハイフォンって言うんだ。ゾンズにはハイって呼ばれてるけど好きに呼んでいいよ。ちょっと待ってて。すぐ美味しい海鮮丼作るからさ。ゾンズはいつもの大盛りだよな?」


「おう」


 海風はそのまま厨房へ消えた。


「ハイフォンさんは料理人なんですか?」


「おう。お前らと同じくらいの歳だが、ずっとここで料理人やってる家系だからな。ここの店の三代目だったか。まあそれだけでもないんだけどな」


「それだけでもない?」


 ゾンズは頷く。


「料理人ってのは食材を凍らせたりするし火の扱いが上手いだろ?で、この地域の紙魚種や文字喰いは結構火に弱いやつが多くてな。だから退魔道士の中でもハイフォンは火と氷の術だけは大得意だし、店が暇な時は見回りについてきてもらってるのさ。東華区ではお守りや霊符、退魔道術が一般的だからよほど適性がないやつを除いて自分の身を自分で守るやつが多い。まあ、ハイの場合は結構危険な場所に行くことが多いのもあるが」


「東華区では退魔道術が一般的ってことは紙魚種や文字喰いの襲撃とかって日常茶飯事なんすか?」


 宵霧の問いに、


「そうだな。原因は正直よくわからないんだが多いな。その上に区がだだっ広い。だから街ごとに他のとこでいう区核石にあたるものがあって、結界で街を守ってる。水藍の藍石と扶桑の琥珀がそうだ」


「けどその結界も街を守るのが精一杯。だから海や森に食材を採りに行くには戦闘手段がいるってことですね?」


「お待たせ。海鮮丼人数分お待ち。ごゆっくりー」


 海風が海鮮丼を運んできたのでゾンズは紡の問いに頷き返してさっさと箸を手に取る。


「まあ、まずは美味いもん食ってからだ」


 いただきます、と手を合わせて紡たちは海鮮丼を食べ始める。


 水藍の海鮮丼は東華江流域特産の水藍蟹を酒蒸しにしてほぐした身と魚卵、水藍マグロのトロと瑠璃海老、輸入品のクラシックサーモンに甘めのタレをかけた丼。新鮮な魚介類は生臭みがない。紡、宵霧、勇陽の三人は高天区で海産物を生で食べた経験があるが、シレーナは丼もの自体が初だ。彼女は少し緊張した様子で箸で切り身をつまみ、口に運ぶ。


「……!」


 ほころんだ表情とあまり時間をかけずに空になった丼が全てを物語っていた。


「はい、扶桑茶とシメの豆花」


 海風は人数分の豆花と扶桑茶を置き、空になった丼を片付けて去っていく。


 熱くさっぱりした扶桑茶で喉を洗い流し、スプーンで豆花を掬って口に運ぶ。


「あ、甘い」


 ゾンズの説明によれば豆花は豆腐を使った甘味で扶桑地区以外でも東華区全土で食べられているが、扶桑地区では食用花を飾り、黒蜜をかけるのが一般的らしい。リュシンやシレーナは口にあったようですぐ皿を空にしていた。


「ごちそうさまでした」


 食事を終え、ゾンズと共に食堂を後にする。


「さて、とりあえず腹を満たしたとこで。お前らは釣りってやったことあるか?」


 紡たちは首を横に振る。


「ないですね」


「そもそもセロ区に釣り堀とかはないっすね」


 セロ区は海上都市な上、空中に浮かんでいる部分に人が住んでいるため、基本的に釣り堀や海水浴場などはない。プールはあるが生活用水は濾過された海水を使用していて、セロ区内で天然の海水に触れることは避けられている。一説には、セロ区付近の海水には謎の成分が含まれるため飲むとお腹を壊す、塩分濃度が異常に高いなどと噂されているが真相は闇の中だ。


「釣り、ってなに?」


 リュシンが不思議そうな目でゾンズを見つめた。


「んー。今日は海鮮丼喰ったから釣りは明日にするか。灯台も見たことないだろ?行くか」


 **


 ゾンズに連れられた紡たちは東華江にやってきた。


 東華江は東華区を貫く大河で、源流は最北の崑崙にあると言われている。水藍は東華江のほぼ河口の汽水域にあたり、川沿いに少し歩けば海に出る。


 強い潮風に逆らうように海に突き出した岬の端に小さな木造の灯台があった。その先には埋め立てられた土地と、白く巨大な灯台がもうひとつ。


 ゾンズによれば埋め立て技術のない頃は、水藍の果てはこの岬だったという。今はもう使われることはない小さな木造の灯台は昔は岬以外にもたくさん建っていて、水藍の漁師の導となっていたらしい。


 時代が変わり、木造の灯台はこのひとつを残すのみ。巨大な灯台はプログラムによって管理されていて、立ち入り禁止になっている。


「この岬から見る夕焼けが綺麗でな」


 ゾンズは岬の中でも夕陽が綺麗に見える場所に紡たちを案内した。


「わあ……」


 リュシンは目をキラキラさせながら沈んでいく夕陽を見た。


 水平線を遮るものは何もない。潮風は優しく髪を揺らし、赤い光が世界を染める。グラデーションのように移り変わっていく鮮やかな空の色を見ながら紡は呟く。


「勇陽とまた夕焼け見れたんだね」


 勇陽は静かに微笑んで、


「ああ。今日は夕焼け記念日だな……」


 全員がそれからは何も言わずに空が藍に染まり、最後の赤が水平線に沈むまで海を眺めていた。


 **


 港町水藍の夜は長い。赤や橙の提灯に照らされた道を歩き、紡たちは宿屋に着いた。


 ゾンズは出発前に水藍に紡たちを招待する準備をきっちり済ませていたらしく、宿屋と夕飯の手配までしてくれていたらしい。スムーズにチェックインを済ませた紡たちは、今大部屋でのんびりと過ごしている。


「もう少ししたらハイが夕飯を出前してくれるぞ。また明日な」と言い残し、ゾンズは旅館を出てどこかへ行ってしまった。


「今日はすごく歩いた気がする……」


 紡は畳の上に寝転がる。その横ですでにリュシンはすやすやと寝息を立てていた。


「そうっすね。まあそもそも勇陽以外はそこまで体力無いメンバーだろうし」


 宵霧は眠気覚ましも兼ねてビブファンをプレイ中だ。なんでも今日から新規イベントが始まったらしい。


「俺はいい運動になったな」


「私も運動不足解消になったし良かったかな。夕飯が美味しく食べられそう」


 勇陽とシレーナは疲れた様子はなく、窓から水藍の海を眺めていた。海上にぽつんと浮かぶ優しくもどこか妖しい光は夜の漁の際に船が灯す漁火だ。


「勇陽は体力派なのはわかってたけどシレーナは意外かも」


 紡の問いにシレーナは笑う。


「孤児院でグーフォ先生のお手伝いをずっとしていたし、歌を歌うには体力や肺活量が必要だから毎日トレーニングしているもの」


 こう聞いた紡と宵霧がその後で「初心者でもできる体力づくり」と検索し、毎日頑張ろうと誓い合ったのはこのふたりだけの秘密である。


「はい、夕飯の出前ですよ。お腹いっぱいになってぐっすり眠れますように」


 ほどなく海音が人数分の夕飯を運んできたので紡たちは大部屋にある円卓を囲んだ。


 夕飯は豚肉を揚げて野菜と炒め、甘酢あんをかけたグーラオロウと水藍で水揚げされた藍魚の煮付け、干し瑠璃海老と干し森茸のスープ、デザートに満月餅が並び、お腹いっぱいになった紡たちはそれぞれの部屋に戻り、いつもより早い眠りについた。


 **


「んー美味しい!」


 紡たちが寝静まった頃、照眞とモネは水藍の食堂の一室でゾンズと会っていた。


 三人の目の前には東華鶏と瑠璃海老小籠包が並べられ、モネの前にはすでに数枚の皿が積み上がっている。


「いい食べっぷりだ」


 その様子をにこにこしながらゾンズは眺め、扶桑銘酒を一杯飲んだ。


「すみません、ご馳走になって」


 照眞は瑠璃海老小籠包を食べながら、同じく扶桑銘酒を一杯。モネは酒は飲めないため、瑠璃海老小籠包をもうひとつ小皿に取り、ひとくちかじって染み出す汁に「熱っ!」と小さく声を漏らした。


「さて、四凶についての推測を聞かせてもらおう」


「そうですね。mYtHというより私個人の意見ですが、現在東華区に発生した四凶は【辰砂龍】の遺跡から動いていない上に、独自の……蛇や竜の特性が加えられ、本来の性質が反転しているように思います。なのでまだ発生していない四凶の発生位置や性質も予想がつく。綺璃様を通じて、崑崙の玄武の神子と波南の朱雀の神子にもこの予想は共有してもらいました。その上でもうひとつ考えられるのは、黒蛇の目的が【辰砂龍】に関わっているのではということです」


 ゾンズは一杯飲み、照眞の意見に同意する。


「だろうな。もしかしたら【辰砂龍】の封印を解くのが目的なのかもしれん。白蛇ーーシェンスエから黒蛇の性格については聞いたが、あいつは邪悪で狡猾で強欲だ。月喰いの蛇バクナワを喰ったんじゃないかとも言われてたが、多分強大な力にものすごく執着してるんだろう」


「だったら【辰砂龍】の遺跡に入り込めないようにしちゃえば?」


 瑠璃海老小籠包のおかわりを注文しながらモネが言う。


「いえ。この件については綺璃様やある人と相談した結果、現状維持ということになっています。理由はよくわからないんですが、むしろふたりは【辰砂龍】の眠る【丹龍殿】への道を開きたいように思えます。【辰砂龍】は東華区に深く関わっている。おそらく区主にしか知らされていない何かがあるんでしょうね」


 照眞は空になった杯を置いた。


「さて、女性連れですしあまり遅くならないうちに宿に戻ります。ゾンズさん、これからもよろしくお願いします」


「おう。気をつけてな」


 ふたりが去って行った後少ししてゾンズも食堂を後にする。


「明日は釣りと扶桑への移動日か。二日酔いってわけにはいかねえからな」


 時刻は真夜中に近いが水藍の夜はまだまだ長い。


 柔らかく照らす光の下をゾンズは家へと帰っていった。



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