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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第四部 嵐は黄昏を連れて
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第二十八幕 四凶渾沌

 桜蘭から地下通路を北上して三日。


 太陽が見えず昼夜もわからないまま時計の針だけを頼りに休息を取りつつ紡たちは龍血の谷の遺跡の入り口へ辿り着いた。


「風がない....」


 眼下の龍血の谷に広がるのは真っ赤で大きな石のかけらと、それらが生えた巨大な骨。荒れ果てた大地はただ赤く、文字喰いや紙魚種さえもいなかった。強力な毒は生命の存在を許さない。


「.....怖くて、でもすごく悲しい」


 リュシンは震えながら紡の袖を掴む。


「うん。確かにこの荒れ果てた景色も、術がなければ立っていられないほどの毒もとても怖い。でも、辰砂龍の伝説を知った今はわかる気がする」


 紡は遺跡に入る前にもう一度辰砂龍の骨を見た。


「世界にとって僕は可能性にも災厄にもなりうる存在......人々を救いたくて、だけど持って生まれた毒で人々を傷つけて最後には人々に倒された辰砂龍......」


 ーーそれは結局のところは僕自身とあまり変わらないのではないか。もし、少し歯車が狂ってしまったら。


「大丈夫。紡は、災厄にはならない」


 リュシンは紡を真っ直ぐに見つめる。


「みんながいる。ひとりじゃない。大丈夫」


「......うん。ありがとう、リュシン。行こうか」


 **


 辿り着いた遺跡は朱色に彩られていた。


 立ち並ぶ朱の壁と柱に囲まれていると、自分の現在地がわからなくなりそうだった。


 黄龍が言うにはここは砂漠の民にとっての聖地なのだという。当然ながら普通はこの場所に砂漠の民以外が立ち入ることはできない。だが緊急事態ということで彼らとも取引がある黄龍が交渉した結果、渾沌を倒し聖地を取り戻すためならと特別に許可が降りたのだ。


「この赤色って全部辰砂なんすか......」


「毒とわかっていても、綺麗ね」


 朱色で満たされた遺跡の中を紡たちは最奥へと向かう。道中には結局文字喰いも紙魚種さえも現れなかった。


「辰砂というか朱色は高天区の鳥居や神社の社殿にもよく見られる色だ。色の意味は魔除け。辰砂龍が人々を侵食しながらも、魔物たちから人々を守れたという意味では何も間違ってはいない」


 勇陽は静かに続けた。


「高天区にはところどころ東華区の文化が伝わってるね〜陰陽術には東華区の四神が関係しているって聞いたことあるよ〜」


 黄龍の言葉に、


「本当か?それは少し高天区に親近感が湧くな。四神の神子は基本的に東華区からは出られないんだ。綺璃様の部下だからすぐ動けるようにというのもあるけれど、基本的に四神の神子は四神と東華区の龍脈から力を得ているから、他の区では戦えないというか」


 フェオンは淡々と続ける。


「フェオンは現代シルクスの他の区にも興味がかなりあるからね〜紡たちはこれからも現代シルクスの色々な区を巡ることになるから〜フェオンにお土産とか送ってあげて。あと現地の写真とか本」


 黄龍の言葉にフェオンは慌てたように両手をぱたぱたと振る。


「いやいやそんな悪いって」


「フェオン。私は東華区の外を四神の神子が知るのも大事なことだと思っているよ。まあ、一部のお偉いさんには怒られそうだけど。けど、予感がするのさ。現代シルクスの区はいずれ一区ではとても立ち向かえない災厄に直面すると。だからユエには感謝している。彼女は莱人や紡との縁を繋げてくれたからね」


 黄龍は真面目な顔でフェオンを見たあと、視線を紡とリュシンに向けた。


「紡。君はおそらく現代シルクスにとっての変数だ。異分子と呼んでもいいけど、君は【あの子】たちのように世界に拒絶されてるわけじゃないからね。リュシン、当代の竜。君も同じく変数だ。だからこそ君たちには繋がった縁を大事にして欲しい。決して忘れないで欲しいのは君たちがひとりではないことと、ひとりで戦ってはいけないということだ」


「はい」


 紡は小さく頷く。まもなく遺跡の最奥に辿り着く。


「さて、作戦通りに行こう」


 **


 遺跡の最奥にそれはいた。


 四凶渾沌の性質を持つ歪められた何か。額に辰砂のかけらを持つ砂蛇。宵霧の予想通りにそれはサンドワームと呼ばれるものに似た姿をしていた。名付けるならば、【渾沌の砂蛇】。


「よっと」


 黄龍は爆竹を括り付けた特注の矢を渾沌の砂蛇の額の辰砂のかけらめがけて射る。


 狂いなくかけらを射抜くと同時に衝撃で爆竹が炸裂し、音と煙が渾沌の砂蛇の視界と聴覚を奪った。


「くらいやがれ!」


 煙の中から飛び出したフェオンが、白虎爪でサンドワームの皮膚を切り裂く。傷口から赤い砂が流れるが、皮膚が硬く致命傷には程遠い。


「こいつ、硬い。傷口の赤い砂を吸い込むと毒を受けそうだ」


 フェオンは一旦下がり、紡たちに状況を伝える。


「わかった。シレーナ、海のスペルを」


「ええ」


 シレーナは呪文歌を歌う。人魚に伝わる海に嵐を呼ぶ歌だ。


「逆巻け 海よ 全てを呑み込み藻屑へ帰れ」


 巨大な水竜巻が渾沌の砂蛇めがけて突き進み突撃する。渦の中でもがく渾沌の砂蛇めがけて紡は意識を集中する。


「凍てつけ アブソリュート・ゼロ!」


 水竜巻の下に現れた氷華から絶対零度の吹雪が吹き出し、巨大な水竜巻自体を凍てつかせた。


 動きを止めてしまえばあとは弱点を撃ち抜くのみ。


「くらいな!白虎浄滅脚!」


 空中に飛び上がったフェオンが渾沌の砂蛇の弱点めがけて渾身の飛び蹴りを放つ!


 渾沌の砂蛇は砂になって崩れ、核のような赤い光だけがその場に残った。


「もう大丈夫だよ....」


 リュシンはその光にそっと触れる。


「辰砂龍の、きみの【哀しみ】をぼくに預けて」


 光はほどけて、リュシンの中に吸い込まれる。同時に彼の瞳から涙が一筋頬を伝う。


「リュシンが、鎮めに竜の子が必要というのはこういう意味か。同じ竜が辰砂龍のかけらに触れて感情を得ることがなんらかの鍵になる.....」


 紡はそっとリュシンを抱きしめる。


「悲しいなら泣いていいんだよ。よく頑張ったね、リュシン」


「紡。ぼく、なんだかすごく悲しくて。きっと辰砂龍は苦しくても泣けなかったんだと思う。辰砂は水に溶けてしまうから。初めの涙は砂漠薔薇を生み出したけど、自分の毒のせいで人がたくさん死んだ時、泣けば洪水になるって我慢したんだ。辰砂龍は人間が好きだったからずっと苦しくて悲しくて。だから、ぼくがかわりに泣いてあげる。ぼくの涙は誰も傷つけないから」


「見て、あそこ!」


 シレーナが何かに気づいて巨大な龍の骨の下を指差す。そこにはすでに辰砂のかけらはなく、かわりに砂漠薔薇が咲き乱れていた。


「いつかこの地にも命が還ってくる。そうか....辰砂龍、君の哀しみはやっと......」


 天からぽつりと落ちた雫が頬を濡らす。


「恵みの雨か。この龍血の谷には雨も降らないと本にはあったっすけど.....」


「そうだね。時間はかかるだろうが砂漠薔薇がいずれまたこの土地に人を呼ぶ。いつか彼らの笑い声を聞いた時、辰砂龍は本当の意味で癒されるのだろう」


 紡たちは龍血の谷に踵を返し、地下通路に戻って再び桜蘭を目指す。


 哀しくも優しい雨の音を聞きながら。


 **


 龍血の谷に雨が降りだすと同時に、紅く染まり切りそうだった桜蘭の広場の砂漠薔薇は花びらを再び純白へと戻した。


 さらにその数日後から赤砂砂漠の全域で雨が降り出し、雨に打たれた砂の色が白へと変わっていった。


 詳しい調査が必要だが、赤砂のような毒性は簡易検査では見られなくなったという。


 一連の桜蘭と赤砂砂漠に起きた奇跡を締めくくったのは砂漠に咲いた色とりどりの花畑だった。


 紡たちは桜蘭付近で地下通路から地上に上がり、花畑に足を踏み入れた。


「現代シルクスには他にも砂漠があって、そこでは彷徨う湖が奇跡の花畑を作ると聞いたことはある。だけど赤砂砂漠の砂は毒性が強く、植物は赤砂サボテンぐらいしか生えていない。こんな奇跡みたいな光景が見られるなんて思わなかったよ。長生きはするもんだね〜」


 黄龍の提案で紡たちは三本だけ花を手折り、その場で押し花にして花畑を後にする。


 ひとつは綺璃へ報告を兼ねて渡すため。


 もう二本はそれぞれの思い出のカタチとして、奇跡の瞬間を留めるために。



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