第二十七幕 薔薇が色づくとき
翌日。
フェオンと黄龍の案内で紡たちは桜蘭を観光することになった。
今回は任務ということで桃花都から転移陣を活用したためあまり考えてはいなかったものの、東華区の西の端にあたる桜蘭には空港がないため、交通の便はあまり良くない。
空港を作れない大きな理由は定期的に起こる砂の悪魔と呼ばれる巨大な砂嵐だった。桜蘭のある赤砂砂漠の砂には微量ではあるが生き物に有毒である辰砂が混ざっている。
「砂を防ぐために桜蘭全体には砂漠薔薇の力を利用して結界が張られているよ〜」
黄龍が言うには桜蘭が商業都市としてあり続けられるのは辰砂から都市を守る結界と、都市の水源を守る結界と魔術濾過装置のおかげだと言う。
「その結界って誰が張ったんだろう。やっぱり魔女なのかな」
紡の言葉に、
「東華区では他の区でいう【魔女】のことは仙女と呼んでいるけど、【華石の仙女】の言い伝えは残っている。砂漠薔薇は辰砂龍の涙から自然に生まれたとされたものだけど、その力を借りて術式を作り、赤砂砂漠の毒から人々を救ったんだ」
フェオンは答えて街の中心に生える砂漠薔薇を見つめた。
「この薔薇が真紅に染まる時結界は崩れる、だったっすよね。まだ大丈夫そうっすけど、そうなった時の備えとかってあるんすか?」
黄龍は頷く。
「それはもちろん。そもそも、今もまだ薔薇が染まりきっていない方が奇跡みたいなものだから。さて、紡たちに桜蘭のもうひとつの顔を見せよう」
「もうひとつの、顔?」
黄龍は広場の砂漠薔薇に背を向けて、噴水の近くにある階段を降りていく。
紡たちも後に続いた。
**
「ここが桜蘭か」
一方その頃、前髪を金に染め直し、三つ編みからしっぽ髪に髪型を変え、黒い服に着替えた莱人は旅の途中で会った仲間と共に桜蘭の地を踏んだ。
「赤砂砂漠で行動するならば赤砂ーー辰砂の毒への対抗策は必須ですからね」
「シャージュに出会えて助かったよ。赤砂砂漠の研究所は地下にあったから地上の様子は正直初めて知った」
「流石に水がないと干からびるとこだった。オアシス都市に感謝だ」
「あたしにも対毒能力はないし。【童話の魔女】の白雪姫とかだったら全ての毒への耐性とかあったかもしれないけど。あたしは【灰かぶり】だし、そもそもこの気候であんまり火は使いたくないわね」
「グルナディエさん、あなたは【童話仙】なのですか?確かアスレイ様は妖精竜とお聞きしましたが……何故、そんな高位の方々がただの砂漠の民であるおれと旅を……?」
「……運命ってそんなもんだよ」
アスレイはシャージュの瞳をじっと見つめたあと、急に目を逸らしてぼそっと呟いた。
「アイスクリーム売ってるわね。味がいくつかあるみたいだけどあなたたちどれにする?」
「俺はバニラ」「オレはレモンで」「おれはココナッツ」
「じゃ、あたしはいちご。美味しいのをよろしくね、店主さん」
莱人たちは砂漠薔薇が咲く広場のベンチに腰を下ろす。
湧き水が泉の中にぽこりと泡を作るのが見えるほど、泉の水は澄み切っている。
「ようやく一息つけた気分だよ。桃花都で運良くシャージュに会ってなかったら今も桃花都のどっかで眠ってたかもしれないな」
バニラアイスを食べながら莱人が呟く。
「おれは砂漠の民の中でも術に対する耐性がかなり強いらしいんです。理由はわからないんですけど。一説にはおれの瞳の色が真紅だから辰砂龍の加護を強く受けているんじゃないかって」
シャージュはココナッツアイスが気に入ったらしく、かなりの速さで食べ終えた。
「あたしは東華区の区核石である辰砂とは相性がいいみたいで。呼ばれた気もしたから夜無月祭に遊びに行ってたら巻き込まれたのよね」
いちごアイスおいしい、と言いながらグルナディエはのんきに食べ進める。
「オレは何かを感じたからここに来た。辰砂龍の話を聞いて納得したよ。妖精竜だからか、どうも竜には縁があるらしくてね」
アスレイは食べ終わったアイスのカップをゴミ箱に捨てた。
「立ち話もなんだ。予約しておいた宿に行こう」
莱人たちは広場を立ち去った。ちょうどその頃紡たちも広場を立ち去って階段を降りて行った。
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「さて、これが桜蘭のもうひとつの顔だよ」
長い階段を降りると地下街が広がっていた。あちこちで提灯の灯りが揺れている様はなかなか幻想的だ。
地上よりも多くの店がひしめき合い、透明な水が水路を流れていく。地上の暑さの後では地下はひんやりを通り越して寒いとまで感じられる。
黄龍が言うには、桜蘭においては地下の方が地価が高いらしい。そのため高級ホテルや高級店はむしろ地下にあるのだ。華やかな通りを抜けると地下に巨大な住宅街があった。その中でもひときわ高く大きな建物に黄龍は紡たちを案内する。
「着いたよ。ここはもしも結界が消えた時に桜蘭中の人間が逃げ込むためのシェルターだ。一応紡たちも覚えておいて。地下にまで砂嵐がやってくることはないからね」
彼はいつもとは違う真面目な顔で告げた。
「わかりました。ところでちょっと思ったんですけど。渾沌のところへ向かうのに地下を通る道とかはあったりしないんですか?」
黄龍は驚いたように、
「もちろんあるし出来るだけそのルートを通るつもりだったよ。赤砂砂漠の砂の悪魔や辰砂の害を避けるために、昔から人々は地下通路を築いてきた。確認できたものだけで百以上の地下道がある。未確認のものも含めれば千個以上とすら言われるね。桜蘭を含め赤砂砂漠に暮らす民は長い時間をかけて北の崑崙の山々の湧き水や雪解け水を蒸発させずに、また砂に触れさせずに利用するために水路を築き、同時にそのための道も整備されていったと言うことさ」
フェオンが続ける。
「龍血の谷の近くまでは流石に地下を通っていかないと装備がいくつあっても足りないからな。赤砂羊の毛には耐毒性があるけど、砂が付着すると弱まっていく。渾沌がいる龍血の谷は毒性が高いけど砂の心配はない。退魔道士の術符とかで対抗自体はしやすいんだ。あたしは白虎の神子だから風と鉱物に関する能力がある。龍血の谷にさえ辿り着けば渾沌を倒すだけだ」
「そういえば、渾沌がいる場所への行き方や対策は話し合ったが、肝心の渾沌を倒す作戦とかはいいのか?」
勇陽の問いに、
「特にないかな。あいつはね早い話感覚がないんだ。目も見えないし耳も聞こえない。だから多分自分が倒されたこともわからない。本能しか渾沌にはないよ」
フェオンは冷静に答える。
「……ごめん、フェオン。僕はそうは思わないっす」
宵霧が静かに口を開く。
「宵霧がそう言うってことは、なんか心当たりがあるんだね?」
フェオンは宵霧の次の言葉を待つ。
「シェンスエさんに黒蛇の使う術について詳しく尋ねたんです。そうしたら【鏡】の性質によく似ているって答えてくれたんすよ。で、鏡の性質ってのは……「反転」が含まれるんです。あくまで僕の推論っすけど……今回四凶を蘇らせたのは多分黒蛇っす。だとするなら、本来の性質が反転している可能性も考えるべきだと思う」
「つまり、ものすごく感覚が鋭くなっているかもってこと?」
宵霧は頷く。
「五感……すなわち嗅覚、味覚、聴覚、触覚、視覚か」
「まあ鋭くなっただけで動きとかは遅いかもしれないっすけどこの辺が鋭くなってるなら近づくのが結構難しいっすね。匂いは……香水とか?視覚は遠距離からの攻撃で目を使えなくしてしまうか、煙幕とか。聴覚が一番厄介っすけど爆竹でも投げ込みます?桜蘭のあちこちで売ってるっすよね」
「その辺もあと二日でなんとかしないとだな。ありがと、宵霧。そっか、今回の四凶はそもそも東華区に伝わってる本来の四凶じゃないかもってことか。黒蛇仕様にカスタマイズされてるかも」
「砂漠で毒で、黒蛇の趣味でカスタマイズで蛇や竜風味って言ったら一番思い浮かぶのはサンドワームってやつっす。よし、紡、帰ったらソシャゲでサンドワームを狩りに行くっすよ。シミュレーションは大事」
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翌日中に準備を全て終えた紡たちは作戦を練り終えて、予定通りの日程で桜蘭の地下通路を辿り、龍血の谷に最も近い遺跡へと出発した。
その少し後で、莱人たちも地下通路の地図を頼りに赤砂砂漠にある先代mYtHの地下研究所探しへと旅立った。
彼らが去ってしばらくした後、桜蘭に異変が起こる。
ーー砂漠薔薇が急激に紅く色づいたのだった。
結界が壊れるまで、あとーー




