第二十六幕 桜蘭へ
東華区には伝説に伝えられる魔物たちがいる。
その名を四凶。渾沌、窮奇、饕餮、檮杌。世が荒れる時に現れ、その地域で暴れ回る。
「とはいえ、今のところ大きな混乱はないみたいだな?」
東華区の西方に砂漠に囲まれた地域がある。はるか昔、この地域に堕ちた隕石は砂の海を穿ち、地下水脈から水が湧いた。人々はオアシスと隕石から成った石、【砂漠の薔薇】に寄り添うようにして商業都市を築いた。その美しさと地区の結界石から砂漠の薔薇の名で呼ばれる都市、桜蘭だ。
「新鮮なココナッツだよー」
市場は活気に満ち、少し歩くだけでキャンディやドライフルーツなどの試食品が差し出される。
白虎の神子であるフェオンと同じように、紡たちも受け取り気に入ったものは買い求めた。
本日の宿に着くと、フェオンは大きく伸びをする。
「んー、いつ来ても桜蘭の市場は活気があるな。いつもは買いすぎって怒られるけどさ、今回は人数が多いからちょうどだな。ほら、とりあえず甘いもの得意なやつはココナッツキャンディでも舐めときなよ。疲れが取れるよ」
リュシンは包み紙を器用にむいて、甘いキャンディを頬張った。
「これ、おいしい」
感情をあまり表に出さない彼がにっこりと笑うので紡も食べてみる。
「おいしい。確かに疲れが取れそう」
口の中に広がった甘い味は少しエキゾチックな味がした。
「さて、桜蘭には無事着いたわけだけど、ちょっと休んだらあいつに会いに行かないとな」
「あいつ?」
首を傾げる宵霧に彼女は紹介状を差し出した。
「【商会】のシェンスエさんが綺璃様に渡して、綺璃様から預かったんだよ。なんでも桜蘭の情報にめちゃくちゃ詳しい人らしい」
「名前は....黄龍っすかね?東華区の神話だとだいぶ偉いポジションだったような」
「そうだね。だからこそあやかろうとしてそういう名前をつける人も多いんだ。待ち合わせにはまだ時間があるからざっくり東華区と四神、四凶について振り返っておこう」
東華区は現代シルクスにおいて最大の区であり五つの都市を擁する。
首都であり中央の麒麟の神子スアンスオが守る桃花都。
雪と険しい山々に守られし、玄武の神子ユアンが守る崑崙。
砂漠と商業、白虎の神子フェオンが守る商業都市桜蘭。
密林と海上都市、舞踊と芸術の都である朱雀の神子リエが守る波南。
大河と森に守られ人々が大樹と住まう、青龍の神子ゾンズに守られし食の都扶桑。
麒麟の神子は東華区の区主を名乗ってはいるものの、五都市はそもそも成り立ちも文化も大きく違うため、実質的には都市連合と言った方が近い。また一枚岩というわけでもない。
特に桃花都との因縁があるのが桜蘭の北に暮らす砂漠の民たちだ。砂漠の民が皆、桃花都に対して反抗的なわけではなく、桜蘭で商売をするような商人はむしろ魅力的な商売相手として桃花都の住人を見ており、公正な取引が毎日行われている。
ただ、今回四凶渾沌が現れた地域はそうではない。
「今回四凶渾沌が現れたのは砂漠の民の聖地、龍血の谷だ。あそこの砂漠の民たちは過去の神話に語られる因縁によって桃花都を憎んでいる」
「神話に語られる....因縁?」
首を傾げる紡に、フェオンは頷く。
「今は辰砂龍と呼ばれる東華区の区核石を作り出した龍の話をしよう。あまり明るい物語じゃないけどな」
空より龍が降り来たり
大地に赤い石の成る
その石の名は龍血石
彷徨う民に故郷を与えん
魔を退けるこの石は
いつしか民の毒となる
龍血石の成った土地
命も草木も枯れ果てて
人の嘆きを聴いた龍
高い空へと昇ったが
民の怒りと恨みは深く、砂の大地に堕とされた
堕とされた龍 分たれて 五つの都に封じられ
龍の嘆きもまた深く 罪はこの地を廻りゆく
「なんだか、胸が苦しい」
リュシンはそっと胸を抑える。紡はそっと彼の頭を撫でた。
「....龍血石の正体は辰砂って言われてる。辰砂は毒性を持った鉱物。ただそれゆえに魔を祓うものとして崇められている。東華区の区核石はこの地を護ると同時に侵食してもいる。これから行く赤砂砂漠は砂に砕けた辰砂が混ざっているからそっちの対策もしなきゃいけない。まあ白蛇さんは胡散臭く見えるかもしれないけど商売には誠実で嘘はつかないからあまり心配しなくてもいいと思う」
「毒を持って毒を制すってことっすかね....文字喰いも紙魚種も文字に還るとはいえ毒は通じる。けどひとつ思うことがある」
宵霧は疑問を口にする。
「辰砂龍は分たれて東華区の五つの都に封じられた。けど、他の都市は話を聞く限りは荒れ果てた様子がないんすよ。桜蘭以外の土地は何故砂漠にまでなったんすか?」
「それは簡単なんだ。龍血の谷に堕ちたのは巨大な辰砂龍の骨。要するに分たれていない上に他の土地より巨大なものが長く風に晒されていたのさ。桜蘭に雨はほとんど降らないけど、龍血の谷は辰砂龍が堕ちてから雨雲さえも避けるようになった。地下水脈も辰砂が溶けて人や生き物が飲めるようなものではなくなったんだ。あの地は砂漠の民の聖地であると同時に東華区でもっとも呪われた地と綺璃様が言ってたな」
砂漠の民の集落も、龍血の谷からはだいぶ離れているのだとフェオンは続けた。
「砂漠の民や桜蘭の民がこの地で暮らしていけるのは砂漠の薔薇という守護石があるからだ。辰砂龍の民への想いが溢れて咲いたという石の薔薇。この薔薇は辰砂を吸い、少しずつ染まっていくけど、薔薇が真紅に染まるときまではこの都市は守られるって言い伝えがあるんだ」
「もし染まってしまったら?」
シレーナの問いに、
「辰砂龍が目覚め、この地への復讐が始まると言われてるよ」
**
その少し後。
黄龍という人物と会うために紡たちはフェオンとともに露店街へ向かった。
楼蘭の昼は暑く、日差しが強いため少し陽が傾きかける頃の方が人で賑わうのだ。
「地図によるとこの辺りなんだけど……」
「倒福堂……で間違いないけど……入って大丈夫かな……」
露店の外観は赤と金の布で覆われており、一際目を引くのは会計場所の隣に置いてある黄金の巨大な蛇の置物。謎のお香の不思議な香りが漂っている。主な売り物はよくわからない模様が描かれた派手な壺のようだった。
「……怪しさがすごいんだが……ただ、白蛇さんが紹介するぐらいだから、質は確かなんだろうが……」
不安そうな勇陽を横目に、紡はとりあえず気になった壺を手に取る。白磁に赤い珊瑚が描いてあるようだった。
「お客様、お目が高い!」
「わあ!?」
びっくりして紡は壺を落としそうになる。
「それは良い壺よ〜波南の方の古ーい遺物。今なら五〇万リウム!」
「え?ご、ごじゅうまんりうむ???それは高いんじゃ」
「紡。そもそもあたしたちは壺を買いに来てないから。あなたが黄龍さん?」
フェオンはシェンスエからの紹介状を店主に手渡す。
「ふむ」
黄龍は目を閉じ、再び開く。
「私は黄龍。なるほど、白蛇からの紹介状ならこちらも安心できますね。白虎の神子フェオン、それに【物語】の方々。君たちの協力者としてのシェンシャ村への案内を引き受けましょう。白蛇から大体の話は聞いています」
「初めまして、黄龍さん。僕は紡です。あとはシレーナ、宵霧、勇陽。この子はリュシンです。綺璃さんに協力して、この地で目覚めた四凶渾沌を鎮めるために桜蘭に来ました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そんなに畏まらなくてもいいけど、丁寧な子は嫌いじゃないよ。では、作戦会議に移ろうか」
黄龍は、白い板を取り出す。
「最も重要なことは赤砂砂漠の赤砂への対処だ。赤砂砂漠がそう呼ばれているのは砂に辰砂が混ざっているから。渾沌のいる龍血の谷は更に辰砂の毒性が強い。とりあえずは赤砂羊の毛を使ってローブを作り、耐毒術をかけた手袋やマスクを揃えるまでの時間が必要だ。渾沌については何かを守っているのか場所を動く様子はないから、時間的な余裕は十分にある。楼蘭の砂漠薔薇も、シェンシャ村の砂漠薔薇もまだ赤く染まる様子はない」
「じゃあ、まずは落ち着いて装備の準備か。何日ぐらいかかる?」
神子の言葉に、
「そうだな、三日後にまたここに来てくれ。それまでにこちらで手配しておく。その間はまず、楼蘭の食文化や砂漠気候に慣れてほしい。主食のパン、香辛料を使った料理や赤砂羊と赤砂ヤギのミルクやチーズは少しクセがあるからな」
黄龍はそう答え、紡たちはホテルに戻った。




