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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第四部 嵐は黄昏を連れて
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第二十五幕 月を喰らう者

「大変なことになったな」


 綺璃は桃花城に戻りため息を吐く。同行した紡たちの前には東華茶の最高級品が湯気を立てていた。


「しかし各地の状況が把握できるまでは慌ててもどうしようもない。とりあえず茶でも飲め。この首都で起こっていることは月が消え、夜無月祭が中止されたことぐらいだが、それだけで終わるとは到底思えんな」


 綺璃に続いて紡たちも東華茶を口にする。温かさと爽やかな香りは少しだけだが心を落ち着かせてくれた。


「そもそもこの事態の犯人は誰なんだ?」


 勇陽の問いに、


「現時点ではわからぬな。ただ、強力な古い術が行使された気配だけはあった。そしてその術は妖の使う妖術だということだけはわかったが、かといって純粋な東華区の術式などではない。区主として紙魚種とも石喰いとの戦いは日常茶飯事、東華区の大妖である四凶などのことも研究しておるがいくつかの区の術式が混ざっている我流に思えたな」


「術っすか。正直僕らは専門外というか....高天祓穢の京さんなら流石になんか知ってそうですけど」


 宵霧のいう通り、紡たちの知り合いの中で一番術に詳しいのは京である。


「高天祓穢には既に協力を要請してあるが時間がかかるとのことだった。待つしかないな」


「....思ったんだけど」


 紡は少し考えて口を開く。


「それほど強力な術を使う相手って伝説とか残ってたりしないのかなって。たとえば月を喰らう妖、とか」


「ふむ。いい切り口かもしれぬな。では紡たちは城の書庫で調査をしてほしい。私はまだ来客対応や四神の神子からの報告待ちがあるので動けぬ。勇陽の秋ひよこに地図を送り案内させよう」


 綺璃は呪文を唱え、必要な情報を秋ひよこに送り込む。ひよこの額に赤い模様が現れ、ひよこはぴよ、と鳴いたあとで、


「まかせるピヨ」


唐突に喋り出した。


**


「ここピヨ」


 秋ひよこに案内された紡たちは無事城の地下の大書庫に着いた。なんでも東華区で発行された本は全て集められているらしい。天井まで書架が伸びている。


「紡様、書庫へようこそ。私はスウジ。この書庫の司書をしております。必要な本を告げていただければ私が机に運びましょう」


 声と共に現れたのは書庫の司書らしき人物だった。ただ、額には札が貼ってある。つまりは退魔道士の使役するキョンシーという使い魔の一種だ。


「えっと、月に関する伝説や月に関係のある妖に関する本を探しているんだ」


「承知いたしました」


 彼はそういうと天井までぴょんぴょん跳ねながら目的の本を集めていく。紡たちの座った机の上に大量の本が積み上がった。


「とりあえずこれだけになります。困ったことがあれば呼んでください。書庫の本の内容や位置は全て把握しておりますので」


 司書が去っていき、紡たちは本との格闘を始めた。


 幸いなのは本嫌いがいなかったこと。


 紡たちは必要な情報を用意した紙に書き記していく。


 月に関する伝説


 月にまつわる生き物


 蛙、兎、蛇(脱皮、死と再生)


 植物


 桂(金木犀)


 月にまつわる妖怪など


 桂男


 月喰らいの蛇バクナワ


「気になるのは月喰らいの蛇かなあ....」


 紡のつぶやきに全員が頷く。


「月は天体でそもそも現代シルクスの外にあるものっす。だから物理的に月を喰らうのは無理。けど、【視覚的】に月を隠す方法ならある。僕は月の子どもで月の影響が強いんでわかるんすけど、首都で月が見えなくなってもずっと、月の光を感じてます」


 宵霧の言葉に紡は続ける。


「そういえば宵霧は体調崩してないよね。あの日、満月が雲に隠れただけでしんどそうだったから本当に月が消えたなら影響がないはずない。僕も今は月精霊と契約したからわかるけど、月の力は衰えていない。綺璃も気づいているとは思うけど」


「そうね。海は月の影響も受けるけれど、変化はない」


「そうだろうな.....あいつは基本的に【幻術】使いだから」


 呟いた勇陽は静かに話し始める。


「ああ、私は暁の緋鳥だ。あの【黒蛇】とは因縁があり、何度も戦ったことがあるからあいつのやり口は知っている。勇陽の体を借りて話しているが勇陽に悪影響はないし、何より私は君たちの敵に回ることはないから安心してほしい。むしろ勇陽を助けてくれてありがとう、紡」


「僕もあのまま勇陽とお別れはしたくなかったから、気にしないでください。率直に聞きます。あなたが【黒蛇】と呼ぶ人物は現代シルクスの各地で事件を起こしている【棒】、さらには金山財閥の社長と同一人物。ここまでは間違いないですか?」


 暁の緋鳥は少し考えたあと意外なことを口にした。


「【黒蛇】と金山財閥の社長は間違いなく同一人物だろう。ただ、【棒】についてはよくわからない。【棒】と呼ばれるのは持ち物由来なのだろうが【黒蛇】とは全く違う気配を感じるな」


「アクト・フィグメントの幹部である小アルカナがどのようにして力を得ているのかは実際全くわかってはいないけど、確かに由来するアイテムは持っているんだと思うわ。この情報は照眞さんに共有しておきましょう」


**


「月は消えてないよ」


 その頃暗闇の中桃華都を巡っていたモネも宵霧と同じ結論に至っていた。


「モネが言うなら間違いないんだろう。じゃあこの結界を張ってる犯人は【幻術使い】と言うことか」


「そういうこと。本物の月に影響でたら、モネさんは多分ぐったりしちゃうからね。とはいえ、だ」


 モネは地面で眠る人々をじっと見つめる。


「耐性のない普通の人間にはこの結界はだいぶ良くないね。どうやら生命力を吸われてるっぽい」


「月を隠す幻術と生命力を吸う術の二段構えか。どうりで見たことのない術式だったわけだ。mYtHの長なんてやってると必然的に術の類には詳しくなるけど、流石に系統の混ざったものはわからない。我流ということか」


 モネは頷く。


「我流だけど術自体はだいぶ強いね。……生命力を吸う方の術式には見覚えがある。完全に同じじゃないけれど……シュヴァルツナハト区の……吸血鬼の術式だ」


「シュヴァルツナハト区……特別独立統治区か。常に空に紅い月が輝く常夜の区。電脳皇帝の手をもってしてもほとんど情報を得られない区か。とはいえ、入区審査の記録ぐらいならどうにでもなる。……月の子どもがいないわけではないからね」


 照眞はすぐにどこかに連絡を取る。結界内であってもデバイスは普通に動作した。


「……やはりか。数日前のシュヴァルツナハト区の飛空艇の入区審査のログに『金山財閥』の文字がある。訪区理由は宝飾品の取引。これだけ見れば何の問題もない」


 だが、照眞はすでに金山財閥の社長の正体を知っている。だからこそシュヴァルツナハト区を訪れた理由が宝飾品の取引だけとはとても思えなかった。


「モネ。今から桃花城へ行きます。事態を解決するためにも区主に話を通しておいたほうが早い。……思うことがあれば猫の姿になってください」


「そうだね。じゃあ猫になっておくよ。今までの感じだとrOMaNが動いてないってことは考えづらいしね」


 モネは黒猫の姿になると、月の形のイヤリングを揺らして照眞の肩に飛び乗った。


**


「ふう。とりあえず文献調査はおしまい。ありがとうスウジ」


「お疲れ様です。お役に立てましたか?」


 紡は頷いて席を立つ。書庫に入ってから数時間が経っていた。窓の外の景色に変化はないが、書庫の時計は止まらずに時を刻んでいる。


「うん。すごく助かった。これから綺璃さんのところに戻って情報を共有するよ」


 勇陽の頭に乗った秋ひよこの案内で紡たちは元きた道を戻る。


「綺璃さん今戻りました……」


 紡たちは応接間にたくさんの人間がいることに気づいて立ち止まる。


「戻ったか。心配せずとも今この応接間にいる者は全員味方じゃ。おかげで犯人も目星がついた。紡たちもこちらへ」


「わかりました」


 ピリピリした雰囲気を感じながら紡たちは応接間に戻り、調べた資料と暁の緋鳥の見解を綺璃に共有した。


「月喰いの蛇か。シェンスエ、やつの正体は間違いないか?」


「厳密にいうとあいつの正体は【黒龍】ですよ。私が【白龍】ですので。今は弱体化したのでふたりとも蛇を名乗っていますが。悪食ですのでおそらくその【月喰いの蛇バクナワ】を喰らい権能を取り込んだのでしょうね。ですが、そうである以上は同じ弱点を持っているはずです」


 シェンスエはじっと紡を見つめる。


「なるほど、君が……ああ、失礼。商人としての癖のようなものです。取引相手として重要なのは信頼と誠実さ。君たち四人は合格です。初めまして。私は『商会』の長、【白蛇】シェンスエと申します。【黒蛇】は血縁者ですが迷惑しか被っていないのでボコボコにするなら、喜んで手をお貸しします」


「初めましてシェンスエさん。天乃 紡です。こっちは宵霧とシレーナと勇陽です。夜無月祭の会場でこの事件に巻き込まれました。できることをして、綺璃さんに協力するつもりです」


 シェンスエは一枚の名刺を紡に渡す。


「この名刺は特別なお客さまに差し上げるものです。高天区、アルビオン区、トリチェッロ区での活躍は聞いていましたが、『商会』が最も重要視するのは力でも財力でもなく心です。困った時はいつでもご連絡ください。逆に私たちが困ったときにも手を貸していただければ」


「わかりました」


 シェンスエは優雅に一礼をして下がる。


 代わりに照眞が綺璃の前に進み出た。


「東華区の区主、綺璃様。【神話】の長、篁 照眞です。この度はこの【月喰い】事件に協力すべく参りました。肩にいる黒猫は気にしないでいてもらえると」


「そこまで畏まらずとも良い。黒猫はまあ、お主ほどの力の持ち主なら使い魔のひとりもいよう。協力感謝する」


 黒猫は何かを言いたげににゃ、と鳴いてそれきり黙った。


「では簡潔に。この首都に刻まれた術式を見たある方からシュヴァルツナハト区の吸血鬼の術式に似ているとうかがったので、シュヴァルツナハト区の飛空艇発着場の入区審査のログを確認したところ、『金山財閥』の社長が宝飾品取引の目的で入区していました。もちろん金山財閥は宝飾品の会社ですから記録としても目的としてもおかしくはありません。ただ、今の金山財閥の社長は【アクト・フィグメント】の【棒】であり、人ではないことがわかっています。おそらくは無関係ではないかと」


「……シュヴァルツナハト区の吸血鬼の術式……桃華都は結界で夜になってるだけじゃなく、人々は眠ってて生命力を吸われてる。これであってるっすよね、照眞さん」


 照眞は「ああ」、と頷き話を続ける。


「宵霧が言ったのと同じことをその人も言っていました。だからこそ急がなければならない、とも」


「……宵霧よ。その結界の解き方はわかるか?」


 綺璃の言葉に、


「簡単にいえば術者を探し出して倒すだけっす。けど、幻術使いの【黒蛇】が絡んでるなら簡単にはいかないでしょう。吸血鬼は月の影響を強く受ける。本物の月が欠ければ弱体化して術に綻びが出るから叩くならそこです。夜無月祭の日が満月なら術は新月まで弱体化しかしません。ただ、【黒蛇】が元の術にアレンジを加えてる場合もあるので……そうなると未知数ですが」


「ふむ。ではひとまず生命力を与える結界を張ろう。それで掻き消す。そうして時間を稼いでいる間に【月喰い】の結界を壊す。実は、東華区の全土から「四凶」が現れたと報告があったのじゃ。……そこな龍よ」


 綺璃はリュシンを見つめ、目線を合わせて静かに言った。


「【四凶】は龍にしか鎮められぬ。四神の神子たちと共に【四凶】を鎮めよ。そして、龍の護衛を紡たちに託す。東華区を巡れば探し人ーー宝 莱人についての手がかりも得られるじゃろう」


 綺璃の言葉に紡たちは驚く。


「どうしてそのことを?」


「ユエから全ては聞いておる。そして絶対に宝 莱人をアクト・フィグメントに渡してはならぬと。なので占ったところ、龍の子と紡たちに任せるのが良いと出た」


「僕たちは構いませんが、龍の子は……」


 リュシンはじっと紡を見た後、そっと近づいてきた。


「……うん、大丈夫。リュシンはあなたと、いく。よろしく。おいしいごはん、作ってほしい。そしたら、がんばる」


「……ご飯か……が、頑張るよ。これからよろしくね」


 こうして、紡たちはそれぞれの役割を果たすべく動き出した。


**


「……龍と可能性がめぐりあいました」


「そうか」


 杯の女に視線も向けず、黒髪の少年は星空を見ていた。


「どうされますか?潰します?」


「どうもしないさ。むしろ静観しよう。【四凶】に勝てるかどうかをね」


「わかりました」


 杯の女は一礼をしてその場を去る。


 一条の光が空を横切る。鮮烈な光を残す流星を火球と呼ぶ。


「……ヒバナ……」


 少年は静かに呟いて、一雫だけ涙をこぼした。



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