第二十四幕 夜無き祝祭
「祭りとは、ハレである。ケと呼ばれる日常とは違う、華やかな場。人々は食べ、踊り、楽しみ、祝う」
「だが、祝いと呪いは紙一重でありーーそもそも祭とは、生者のためではなくーー【死者】と【神】に捧げるものである」
夕暮れの空の下、黒髪の少女は静かに独りごちた。
少女の腕に巻きつけられた包帯は黒く染まり、その黒い模様は不気味に蠢いていた。
「だからこそ、祭りの際は警戒しなければならない。門の力が最も強くなるのだから……」
少女の元にぴょこぴょこと跳ねて赤い服を身につけた人鳥型のキョンシーが戻ってくる。ペンギン型のキョンシーの手には手紙と、月美団子があった。
手紙を開くと、同時に東華区風の服を着た青年が現れる。
「千歳さん。こちらのお話は終わりました。区主様は【商会】の提案を受け入れてくださいましたよ。契約書もあります。腕……痛みますか?」
千歳は首を横に振る。
「大丈夫だ。シェンスエ。お前の術がよく聞いている。難儀なものだ。【半鬼】というものは」
「私も似たようなものですよ。半妖は本能に逆らえない。もっとも、その本能を悪用する奴とだけは一緒にされたくはありませんけどね。【蛇】は喰らうのが本能ですが私は自炊や市販の唐揚げや鶏肉料理各種、卵料理を食べることにより人を喰らわずに平和に暮らしています。ですがーー」
青年は手に持ったデバイスのファイルを開く。
「トリチェッロ区で起こった事件。ある情報源からこちらの事件に関わったアクト・フィグメントの【棒】の画像を入手したのですが、どうも同族というか非常に気に食わない方の姿が見えましてね?」
「……ただの女だ。妖気や邪気のようなものは見えるが」
「ええ。普通の方にはただの女です。ですが私にはこいつが男であり【蛇】であり、血の匂いを纏っていることまで読み取れました。本当に憎たらしいお話ではあるのですが私はこいつの願いを知っているんです。なので、龍の目覚めを感じて東華区へやってきたというわけですね」
ばさばさっと音がして天から鴉が一羽舞い降り、人の形を取った。
「焼き鳥買ってきましたよーそろそろ開催時刻になりますけど」
「鴉夜さん。ご苦労様です。さて、夜無月祭に参りましょう。商談と情報収集に。そしてあの【蛇】が何かするでしょうから、対抗策として。きょんしーぺんぎんは千歳に頼みます。食べてしまってはいけませんので」
きょんしーぺんぎんはぴょんと跳ねて千歳の肩に飛び乗った。
「きょんしーぺんぎん、可愛いですけどマスターがあの人なの、不思議な気分になる時がありますよね……」
「ああ、わりとでかいからな……ダリスさん。でかいだけで優しい人だが」
「彼がでかくてゴツいのは半妖の血のせいもありますからね。まあ、初対面での威圧感は……感じますが」
**
夜無月祭が始まった。
東華区の首都桃華区で秋に行われる現代シルクス最大の夜祭。その路地裏で少年ふたりとフードを被った子どもは怯えていた。
「……迷子か?」
目の前にいるのは高身長で筋肉もある大男。陰になっているせいで表情もよく見えない。
「……」
「……路地裏は陰の気が多くて、良くない。今日は特に……危ないから、ついてこい」
「は……い……」
「逆らわなければ生き延びられるはずだ……」
「……うん」
大男は、三人の少年の様子を気にかけるように、時折振り返りながらゆっくりと進む。何も知らない少年三人には鋭い眼光が恐怖そのものだった。
「怯えているのか?東華区では紙魚種や文字喰いの発生報告は確かに、多い。だが、おれは、強い。安心しろ、もう少しでーー」
路地裏を抜ける寸前で、空気が変わった。空間が揺らぎ、野良犬型の【紙魚種】が現れる。
「……【紙魚種】!」「先手必勝!」
大男が戦闘態勢に入る前に少年ふたりが素早く霊符を放った。符から解き放たれた炎が野良犬を焼き尽くす。
だが、すぐに新たな数匹の野良犬型が現れる。
「退魔道士の見習いか。心強い。フードを被ったそこの子よ」
「は、はい」
「おれたちから離れるな。すぐに終わらせるからな」
この時、フードの子だけはわかった。大男に悪意はなく、優しい人物だということを。
「はあっ!」
男は気を拳に溜めて野良犬型を殴りつけた。犬は吹っ飛び、路地裏の地面に叩きつけられ、インクの染みになった。
「バオ!」
じゅりりり!と鳴いたシマエナガ型のキョンシーが羽ばたき、吹雪を呼ぶ。野良犬型は全て凍りつき、男の拳で砕け散った。
「よし、もう大丈夫だ。こわかったか?」
男はハンカチでインクを拭うと、しゃがんでフードの子に話しかけた。
「ちょっと……でも、大丈夫。守ってくれて、ありがとう」
「俺らからも。助かった」「俺たちだけではこの子を守りきれたか怪しいからな」
「おれはダリス。商会所属の退魔道士だ。しかし、君達はなぜ路地裏にいたんだ?」
「ああ、それはこの子を守るためだよ」
「……龍の子……なのか。確かに賢明な判断だ。本来なら悪党は路地裏に集まるが、夜無月祭なら会場にいた方が色々やりやすいだろうからな」
ダリスはフードの中にある角を一眼で見抜いた。
「わかるの?」
「ああ。心配するな。商会は龍の子の敵にはならん」
「俺たち、この子が聞こえたっていう声の主を探してるんだ」
「声?」
「俺たちには全く聞こえないけど、それを辿って夜無月祭の会場まで来たんだ」
ダリスは少し考えて、
「【商会】のリーダーに連絡を取ろう。お前たちはおそらく警備の仕事だろう?」
少年ふたりは頷く。
「そう。だから会場に来たもののどうしたものかなーって。あんたなら安心かな」
「ダリスさん、この子をよろしくお願いします」
「よろしく、です」
ダリスに龍の子を預けてふたりの見習い退魔道士は去っていった。
「お前、名前はなんという?」
「あのふたりは、流星って意味のリュシンって呼んでた」
「では、少なくともこの区ではリュシンと呼ぼう。月美団子でも買いに行こう。夜無月祭には美味しいものがたくさんあるぞ」
**
「夜無月祭の巡回、ですか?」
「そうよぉ。夜無月祭は年々規模が大きくなっているから手が回らなくて。案内役は派遣するから、金桃のオブジェが置いてある広場に向かってくれるかしら?」
紡たちはユエの指示に従って桃華都の中央にある広場に向かった。
「わあ.....」
金桃のオブジェは華やかに飾り付けられ、オブジェの周りにはライトアップのための機材が置かれている。
「待っておったぞ」
その中心に少女がひとり立っていた。東華区風の服を纏い、花と月の飾りのついた帽子をかぶっている。虹彩は不思議な色をしていた。
「初めまして、東華区へようこそ。わたしのことはは綺璃、と呼んでくれ。早速だが祭りの警備に重要なのは会場に自然に溶け込むことじゃ。さて、夜無月祭へ繰り出そうではないか!」
開催を告げる花火が空に咲き、祭が始まる。
綺璃の案内で紡たちは夜無月祭の会場を巡ることになった。綺璃はガイドブックを紡たちに手渡す。
「会場は桃華都全域じゃ。大まかにいくつかのエリアに分かれておる」
金桃広場。ここが祭りの中央で待ち合わせ場所。ここから東西南北に大通りが伸び、広場にたどり着く。
北の玄武広場。ここは東華区の歴史についての資料展示と、北斗祭壇がある。東華区では北斗七星は龍を模した特別な星として崇められている。
南の朱雀広場。ここでは歌やダンスなどのパフォーマンスが行われる。
東の青龍広場。盆栽や桃の苗、花などが売られている。綺璃によると、魔除けである桃の花の苗を購入して植えたり、月に関係のある金月木犀の苗木も人気だとか。
西の白虎広場。広場も広場までの道も露店がひしめきあっている。食べ物、骨董品、日用雑貨まで全てが揃う。
「さて、実際に回ってみようではないか。現代シルクス最大の夜祭、夜無月祭。楽しまぬと損じゃぞ!」
綺璃とともに紡たちが初めに訪れたのは東の青龍広場。広場を覆い尽くすほどの花が照明の下で咲いていた。
「夜無月祭へようこそ」
露店の店主は月と桃の花の造花でできた髪飾りを紡たちの頭に被せる。魔を祓い、祝福を贈る夜無月祭の伝統らしい。
「ありがとう」
「東華区以外の人には植物は薦めづらいのでこちらはいかがでしょう?」
店主が差し出した香り袋からふわりと爽やかな香りが漂う。
「いい香り。これは何というお花のものかしら」
シレーナの問いに、
「金月木犀。東華区でだけ育つ、月夜に咲く花だよ」
「これをいただきましょう。とてもいい香り」
シレーナは代金を払い、香り袋を受け取るとそっと鞄に収めた。
「シレーナにぴったりの花じゃな。さて、次は朱雀広場じゃ。人が多いから逸れるでないぞ」
次に訪れた朱雀広場では、ちょうど歌が始まったところだった。
紅の長い髪に同じ色の瞳。身につけている衣装も紅く、彼女の声には優しいながらも熱い熱がこもっていた。
「綺麗な人....」
シレーナは歌姫の名をもつ者として思うことがあるのか、歌声に聞き入っている。
「あの者はリエ。四神の神子のひとりじゃ。美しさも声も剣技も一級品じゃぞ」
「確かに綺麗な人っすね....」
宵霧がぼそっと呟く。
「俺はむしろ剣技が気になるな」
勇陽はじっと舞台の上を見据えた。
「なに、いずれ見ることができるだろうよ。さて、つぎは西の白虎広場で食べ歩きじゃな!」
西の白虎広場へ向かう道沿いは既に露店で埋まっていた。
「ん?」
広場へ急ぐ勇陽の頭にどこからか逃げ出したのか一羽のひよこが飛び乗ってきた。オレンジ色の体に、紅葉の葉が付いている。
「綺璃さん止まってくれ。こいつが頭に飛び乗ってきて」
「おや、秋鶏か。問題ない。おそらく野生だ。東華区には四季鶏と呼ばれる鳥の精がいてな。卵は絶品じゃ。懐いたようだし面倒を見てやれ」
秋鶏のひよこはぴぃと鳴いた。
「名前……東華区の言葉で楓とかにするか」
「フォンスウじゃな。可愛がってもらうがよい。広場に着いたぞ!」
白虎広場は美味しそうな匂いと人でごった返していた。綺璃は慣れた様子で露店を巡り、紡たちの分も素早く購入してくれた。 その後、綺璃の案内で林の中の東屋に向かい、簡単な食事をとる。
「これらが夜無月祭の名物屋台飯というやつじゃな」
まずは定番の月美団子。月に供えてから食べていたが、夜無月祭では串に刺して甘い黒蜜をかけて食べる方向に独自の進化を遂げた。他にもあんこ入りや、カラフルなものもあり、シンプルながら飽きのこない団子として人気がある。
月美団子と合わせて飲まれるのが月露玉茶。金月木犀の花がブレンドされ、爽やかな香りのするお茶だ。
もうひとつは玉兎餅。餅といってももちもち食感ではなく、どちらかといえば饅頭に近い。そのため中身は露店によって様々だが、一般的なものは黄身が混ぜられた黄色いあんこ入りのもの。うさぎの形をしているのが大きな特徴だ。
「ごちそうさまでした」
「さて、食べ終わったら北斗祭壇で願い事をして、厄を祓うのが習わしじゃ」
「ここまでの巡回では特に問題は無さそうでした」
綺璃は満足そうに頷く。
「退魔道士たちが頑張ってくれておるのじゃな。桃華都の結界にも異常は見られない。だが、かえって妙ではあるな。祭りのトラブルなど少ない方が良いのは確かだが……」
綺璃は胸騒ぎを感じたが、そこで話を切った。
「まあ今年は警備も退魔道士も増やしておる。空港の入区検査も厳重に行なっているしな。さあ、玄武広場に行って解散じゃ。あとは四人で夜無月祭を楽しむといい」
最後にたどり着いた玄武広場には北斗七星を龍の姿として描いた七星龍を祀る巨大な祭壇があった。人々は祈り、北斗七星を象ったお守りを授かったあとで、願い事を書いた符を祭壇の側にある川に溶かす。水に溶けた願いはやがて天へ昇り、叶うのだという伝承のためだ。紡たちも正式な手順で祈りを済ませ、それぞれの願いを水に溶かした。
「よし、異常はなかったな。では、ここで解散としよう。夜無月祭を楽しんでーー」
綺璃の言葉は、続かなかった。
「月が……欠けていく?」
夜無月祭を静かに照らす満月が、少しずつその光を失っていく。
「なんだ?」「今日月食なんかなかったはずだぞ?」
祭りに来ていた観客がざわめき出す。
「ばかな!月食など予報されておらぬ。紡たちよ。予定変更じゃ。まずは桃花城に戻る。事態の把握と現状の報告、原因を特定せねば」
「わかりました」
**
「ふふ。うまくいったわね」
桃華都を見下ろす崖の上で、金山財閥の社長ーーアクト・フィグメントの【棒】はひとり愉悦に満ちた笑みを浮かべた。【黒蛇】が好むものは人間の負の感情。負の感情が満ちるほど【黒蛇】は強力になる。
「夜無月のさかしまは月無夜。月の無い夜へようこそ。トリチェッロ区でも誰も気づかなかったけれど。鏡の世界に干渉したのはこの私。鏡の語源は蛇の眼なんて説が高天区にはあるからやってみたら、できてしまった」
「やはり貴方でしたか。性懲りも無く悪巧みをしたようですね。目的は東華区の区核石ですか?」
突然後ろから響いた声に【黒蛇】は振り返る。
「【白蛇】。またお前か。いつもいつも邪魔をする」
「こっちのセリフです。蛇の印象が悪くなるじゃないですか。僕は真っ当に商売をしているだけですが、蛇の半妖だとバレるといつもいつも貴方の悪行が上がってくる。そして取引が成立しなかったり、買い叩かれるんですよ。存在が迷惑です」
【白蛇】ーーシェンスエは【黒蛇】を睨みつける。
「止められるものなら止めてみればいい」
「言われなくとも。これ以上貴方のせいで悲しむ人間を出したくないので」
【黒蛇】は煙のように姿を消した。シェンスエはため息をついて暗い夜空を見上げる。桃華都を埋め尽くす龍が描かれた提灯のおかげで月が奪われてもまだ道は明るい。
「やれることをしましょう。しかし、本当に何故……僕たちは血縁関係に生まれてしまったのか。商売含め貧乏くじを引いた気分ではありますが、まあ運命というやつでしょう。とりあえず商会のメンバーを集めて区主の麒麟の姫に協力要請を申し出ましょう。放っておくわけにはいきませんのでね」




