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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第二部アルビオン区編
10/38

第九幕 約束

これにてアルビオン区編終幕。


そして、あたしは思い出す。


 【人魚の涙】が生まれた理由を。


 「仕方ないけど暇だなあ」


 アルビオン区ベークストリート、バロックパール探偵事務所の所長席。ちなみにここがベークストリートと呼ばれるのは、焼きたてのスコーンやパンを提供するカフェが多く、香ばしい匂いが常に漂っているから。


 でも、今香ばしい香りは全くしない。


 まず、今朝は朝からあいにくの雨。その上に現在アルビオン区全域には外出禁止令が敷かれていた。


 もっとも、【人魚の涙】が見つかれば特例で動けるように区主とあたしたちは契約済みだ。だから、いつでも動けるように準備だけはしているのだが。


「ロビンもアスレイもいないと暇だなあ」


 ロビンは【人魚の涙】の情報を探るために【区主】と一緒にいるし、アスレイは【区主】から別任務を言い渡されているらしい。


「あの、すみません」


 突然、チリンと鳴った呼び鈴の音に慌てて玄関へと向かう。扉を開くと、ペンギンのぬいぐるみを肩に乗せた女性がずぶ濡れで立っていた。


「は、早く中に入って。風邪ひくよ?」


 慌てて女性を部屋に招き、即シャワールームに案内して玄関に鍵をかける。ロビンやアスレイ達からは誰も通すなと言われてはいたけど、少なくとも彼女からは嫌な匂いがしなかった。


「.....急いでいたから傘を忘れていたの。ありがとうペルラさん。私は【童話】のソルベ。背負う七罪は【雪の女王】。【区主】の命であなたを【人魚の涙】の下に案内するためにきたの」


「え、ど、【童話】って実在する組織なの?」


「ええ。もっとも、私たちは【七罪の呪い】の制限で自らに【共鳴】する【区核石】のある区でしかまともに動けないから大体は現代シルクスの上空にいる。だから一部でわりと尾鰭がついた噂も流れてるみたいね」


 ペルラは事務所にある来客用のアールグレイを淹れてソルベの前に置いた。


「これで少しは温まって。これはあくまであたしの勘だけど、ソルベさんは【人魚の涙】と共鳴できるのね?」


 ソルベは小さく頷く。


「ええ。だけどこの区には【区核石】がふたつあるなんて知らなくて。私がアルビオン区に来た後にパフェも初めて知ったらしくて、シトラスをすぐに派遣したみたい。彼は今ある【区核石】の本体がある場所に向かってる。もうひとつの【区核石】ーー妖精側についてはアスレイさんから聞いたの。蛍石ーーフローライト。ペルラさん、あなたは蛍石を感知できるんじゃない?」


 ペルラは少し迷って、静かに首を縦に振った。


「……あたしは……」


「……行きましょう。アクト・フィグメントの商業施設襲撃に紛れてもうひとつ動いている勢力がいる。今からロビンさん、紡くんたちと合流して……あの湖へ」


「……っ!」


 突然、ペルラは足を止め、その場に膝をついた。息が荒い。


「ペルラさん!?」


「……ペルラで、いい。……痛い。鋭い痛みが……急に……」


「……まさか……勢力は【区核石】を壊そうとしているの?」


「……だい、じょうぶ。でも、急がなきゃ手遅れになっちゃう……お願い……【童話】の……【魔女たち】……【蛍石】を……守って……」


 ソルベはその言葉に一瞬戸惑い、


「……承りました。【童話】の【七罪の呪い】の【雪の女王】を背負う者……いいえ……【廻水の魔女】の力を継ぐ者として。古き盟約を果たしましょう……ペルラ、いえーー【蛍石】の妖精……フローラ」


**


「……全く手こずらせやがって」


 男は手にした武器を静かに下ろした。


 暗闇の森に淡い光が散って、解けていく。だがその景色は決して男の目には映らない。


「この森は私のもの。【人魚の涙】のおかげで、ようやく邪魔な妖精側の【区核石】をぶち壊せる……!」


 男は結界を壊され干上がった湖の底に生える美しい蛍石にハンマーを叩きつける。


 蛍石の硬度は低い。守りを失い、ただの鉱物になった【区核石】は簡単に割れた。


 男はもう一度ハンマーを振り上げようとして、急にその場に膝をついた。


「……がはっ」


「……その汚い手で、これ以上【区核石】を穢さないで。あなたは何もわかっていないわ。アルビオン区の【区核石】がなぜふたつあるのかも知らないのでしょう?」


 男の腕に突き刺さったのは、冷たい氷の棘。


 蛍石を護るように舞い降りたのは、凍てついた冷気を放つ女と、彼女を護るように寄り添う巨大なペンギン。


「邪魔をするな!」


「……仕方ないわね。氷よ、奪え。【凍てつきなさい】」


 男はその瞬間動きを止め、その目からは光が失われた。


 青を纏う女は静かに男に近寄ると、ハンマーを奪い、胸に触れる。心臓から現れたのは赤黒く染まった氷の結晶。


「……私の本来の力は氷ではない。けれど、私の背負う七罪は【雪の女王】。私の能力は記憶を抜き出し、結晶にし、全てを忘却させて奪い去る術」


 女は動きを止めた男を無視して、ただ、歩いていく。


「……この結晶の処遇はあなたに任せるわ。ロビン。」


 赤髪の男は静かに赤黒く染まった結晶を受け取った。


「……ああ。ソルベ、あの男を止めてくれて礼を言う」


「……だけど【区核石】は傷つけられてしまった……。ペルラの様子は?」


「……痛い……痛いよ……どうして、こんなことするの……」


 ペルラは苦痛にぽろぽろと涙をこぼす。


 ロビンは何も言わずにそっとペルラを抱きしめた。


「……何もしてやれないのか。俺は……」


 無力感を感じて立ち尽くすロビンを見つめていたソルベの耳は、馬のいななきをとらえた。


「……ロビン。ペルラを連れてここを離れて。【石喰い】がくるわ!」


 ソルベは静かに杖を構え、ふたりを護るように、水の球で包んだ。同時に蛍石を水の膜で覆い、強力な結界を張る。


「走って!」


 次の瞬間、湖一帯が霧に覆われ、その霧の中から一頭の水棲馬が姿を現した。


 アルビオン区に伝わる妖精の水棲馬、ケルピー。美しい姿に似合わず性質は獰猛。


「莱人さん、ソルベです。【石喰い】が出現しました。戦闘態勢を!」


**


「了解!じゃあまずは霧をなんとかしますか!」


 莱人は呪文銃に風属性の呪文弾を詰めて湖の中心へ向かって打ち出す。


 湖の中心で弾けた呪文弾は竜巻を起こし、周囲に立ち込める霧を晴らす。


「……では、【魔狩】の時間だ」


「夜だし、いけるっすよ!」


「【石喰い】を止める!莱人さん、霧を晴らす援護、よろしくお願いします!」


 月が昇り、干上がった湖を照らす中で戦いが始まる。


 ソルベは抜け殻になった男を湖のほとりまで運ぶと、使い魔のペンギンを一羽残して湖を後にした。


「ここは紡たちがいれば大丈夫。私は少し力を使いすぎたから、本拠地に帰るね……今はまだ、【童話の魔女】は傍観者でいるべきだから」


「はっ!」


 退魔の刀が、水棲馬ケルピーの姿を取る【石喰い】を切り裂く。


 紫穂の刀は実体のない【魔】に傷を残す特別なもの。マリィと契約した事で紫穂自身の身体能力も飛躍的に向上していた。


 それでも、相手は実体のない水。確実にダメージは与えているものの、解けて解けた水は新たな馬となって四方八方から突撃を仕掛けてくる。紡の放つ氷を纏った剣撃で凍らせ、宵霧が氷像になった馬を砕くが、再生が早く追いつかない。


「……宵霧、平気?」


「ああ。だが、このままでは消耗戦だぞ。対応範囲の狭さが、相手の速度に追いついていない。紫穂の攻撃で確実に相手は消耗してはいるが……」


 紡は水の馬を凍らせながら考える。


「僕の氷の力を……もっと広範囲に届くようにできれば……」


 そういえば、妖精の森の入り口であの男の部下を倒した時、ソルベさんはーー


「……莱人さん!」


 紡は栞越しに仲間たちに呼びかける。


「今から僕が最大出力で絶対零度の冷気を放ちます!だから!その冷気を竜巻で湖全体に拡散してください!」


「了解!」


「宵霧は紫穂と一緒に凍りついた本体をお願い!」


「ああ」「承知した!」


 紡は意識を集中する。イメージするのはアルビオン区に向かう途中にたまたま見ていた資料映像。


 世界の果ての極地。寄り添い合うペンギンを襲う地吹雪。


 視界を白に染め、凍てつくす絶対零度。


「白き嵐よ吹き荒れ世界を凍てつくせ!フィンブル!」


「舞い踊れ風の竜!嵐踊!」


 絶対零度の嵐を、莱人が生み出した竜を模して舞い踊る風が舞上げて、湖全域が凍てついていく。やがて全ての水の馬が動きを止めた。


「チェックメイトだ」「ここで散れ!」


 宵霧と紫穂が【石喰い】の核を打ち砕き、戦いは決着した。


**


 眠る少女は夢を見る。


 ずっと昔のこと。まだ人間と妖精が歪みあっていた頃の話。


 湖にひとりの人間が落下した。


 溺れて命を落とすはずの少年を救ったのは、湖に眠る蛍石に宿る妖精。


 少年と蛍石の妖精は湖のほとりで寄り添って色々な話をした。


 湖から離れられない妖精に、少年は色々な話をした。


 穏やかな日々の中、やがて、ふたりは惹かれあった。


 ーーしかし、小さな楽園は心無い大人たちによって奪われる。


 最後の夜。青年は湖に走った。


 枯れた湖。砕かれた蛍石。妖精は彼を待ち続けーー


「いとしいひと。どうかこの首飾りが永遠に貴方をまもりますように」


 彼の腕の中で光に還る前、妖精はひとしずくの涙を落とした。


 涙に濡れた真珠の首飾りは、その部分だけ蛍石に変わった。


 蛍石に還った妖精は、深く深く眠りーー


 長い時を経たのち、再び人間の身勝手で傷を負い、目を覚ましたのだ。


「人間が憎い?」


 少女は静かに首を横に振る。


「妖精にも人間にも、悪はいる。確かにあたしを傷つけたあの男だけは許せないけれど、人間すべてを憎むことはしない」


「ペルラ」


 あたたかくて、優しい声がする。


 ペルラは声の方へ泳ぎ出す。遠い昔から知っている。たとえ姿が変わっても忘れることのない【恋人】の元へ。


「ロビン。今も昔も、覚えてるよ。今、帰るから……」


「……あ……」


 ペルラが目を覚ましたのは、見慣れた探偵事務所のベッドの上だった。


「気がつかれましたか。……えっと、ロビンさんを呼んできます」


 見覚えのない少女が部屋を出るのと入れ替わりに、控えめなノックの音がしてドアが開いた。


「ペルラ」


「ロビン。……あたし、どれくらい眠っていたの?痛みが……消えてる」


「……よかった」


 ロビンはペルラの問いに応えるかわりに、彼女を抱きしめてそっとキスを落とした。


「ど、どうしたの?お、落ち着いて」


「……全部思い出した。前世のこと。3日間も眠り続けていたから流石に心配になったんだよ。悪いか」


「悪くないけど……ロビンらしくなかったからびっくりしちゃった……い、いきなりキ、キスとか……」


「ただの、悪い虫除けのまじないだよ。見てないとこで傷つかれんのもう嫌だからな。【区核石】の【ダイアモンド】も【蛍石】も強力な結界を張り直した。これから先は人間が悪さすることはできないようになったらしい」


 ロビンはぷい、と赤く染まった顔を背ける。


「そうなんだ……それは安心だけど……蛍石は確かに砕かれて……砕かれたものをまたくっつけるのは無理なはずなのに、あの痛みがなくなったのはなんでなの?」


「……さあな。奇跡でも起こったんだろ。もう少し寝とけ。パンケーキでも焼いてきてやるから」


 ロビンは足早に部屋を後にした。


「……わかるわかる。好きな子の前ではカッコつけたいもんねえ。それに心配もかけたくない。ロビンってそういうとこあるよね」


「アスレイ。お前もペルラには黙ってろよ。ソルベの張った莫大なマナを宿す結界の中で少しずつ蛍石の修復は進んでるが、その間の傷の痛みは全部俺が負ってるってこと」


「オレは口堅いからね?言わないよ。大事な親友の決めたことだ。けど、無理はしないこと。頼っていいんだよ。ロビンはずっと誰にも頼れなかっただろうけど、今はオレたちがいるんだから、さ」


「……ああ。ありがとな。さて、ペルラのために美味しいパンケーキを焼くとするか」


「賛成。ちょうど摘みたての苺やベリーもあるんだ!」


 キッチンからいい匂いが漂うのにそれほど時間はかからなかった。


「ふふ。実はわたしもベリーは大好物なんです。楽しみですね」


 エリカの肩で、いちごぺんぎんがくえ、と鳴いた。


**


「今回は大変だったな」


 ホテルラウンズ・キャメロットのロビー。


 遊戯大会を終え閑散としている空間に少年はひとり佇んでいた。


「……立派に【区主】の役割を果たしたと思いますよ。アーサー」


 突然現れた白い男は残されたチェス駒を模ったオブジェに触れた。


「まあ、無事に【人魚の涙】は取り戻せたし、上々だね。遊戯大会も閉幕を迎えることができたし……ボクは満足だ」


「ところで、アクト・フィグメントの調査ですが」


「今回の招待客とは協力関係を結んだ。そして、あなたの懸念については、多分【黒】。ただ、今はまだ動くには早すぎるとだけ言っておくよ」


「承知しました。ありがとう、アーサー。【童話】と戦わずに済むのは本当にありがたい。あなたの送ってきた映像を見ましたが……彼らは規格外です。シトラスもソルベも戦闘能力が卓越している。味方にすれば心強いですが、敵に回られると」


「【妖精】側とも今回の件で同盟が結べた。人間代表として謝罪はしたが、ペルラもアスレイも特に気にしてはいないようだった。ロビンの実父は現在記憶喪失で入院中。アクト・フィグメントと通じていた証拠はアルビオン・ヤードが押収済みだし、二度と悪事は働けないだろう。ロビンについては絶縁済みかつ被害者、父親の悪事に加担していないという点で無罪放免にした。血縁があるから連帯責任とかボクは不公平だと思うからね」


「それは本当に同意ですよ。全く、倫理観や道徳のない血族を持つと苦労しますね……ロビンさんとは一度アフタヌーンティーをご一緒したいです。おっと、では私はこれで。アーサー、あなたもゆっくり休んでください。ひと月あれば積みゲーもだいぶ消化できるんじゃないですか?」


 白い男は唐突に姿を消した。


「ひと月じゃ足りないんだけどね。……さて」


 【電脳皇帝】はキャリーケースを引いて、ホテルの出口に向かい、一度だけロビーを振り返る。


「めでたくゲームクリアだ。まあ、【電脳皇帝】が【遊戯】で負けるなんて、ありえないんだけどね?」


 ーーアルビオンの物語、これにて閉幕。めでたし、めでたし。


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