初めての領都
堅牢な石壁にぐるりと覆われた街。その名も領都エリオット。
地理の勉強で習った時にまんまですね、と思わず素になった私は悪くないと思う。
手紙を送る際は省略して『エリオット領 領都』って書けばいいんだってさ。これ豆知識な。
私が住んでいる街ことカーティスの街から領都までは馬車でおよそ一日。
天気が良ければ食事休憩や馬のための小休憩を挟んでもその日のうちに到着すると神父様が言っていた。
◇◇◇
早朝、街の入り口まで迎えに来た馬車は神父様が苦笑するくらい立派なものだった。
領主様の紋章は金色に、黒い車体は上品につやつやと輝いていた。馬車を引く二頭の馬までもがつやつやと輝いていた。毎日いいもん食ってんだろお前ら。
護衛の騎士様が四人もついており、『かっけー!』『本物の騎士様だ!』『すっげー!』と騒ぐ街のクソガキ共にビシッと敬礼というパフォーマンスまでしてくれた。いい人らや……。
腰が低く、上品な御者さんに促されて入った車内もまた凄いものだった。
小窓には豪商の花嫁衣裳かっちゅーほどに細かく編まれたレースのカーテンが付けられ、座面はほわほわと毛足が長い手触り抜群な布で覆われていた。
また、座面の上にはふわっと軽いのにめちゃくちゃ暖かいひざ掛けと、フリルで縁取られた可愛らしいクッションが置かれているという至れり尽くせり仕様。
車内は魔術で暖房がかけられており、真冬だというのに外套が要らない暖かな空間だった。
そんな快適空間こと馬車が動き始めて秒で寝落ちした私は今、人っ子一人いない深夜の領都にテンション爆上げ中である。
昼寝しすぎたので元気が有り余ってるんだ。
「神父様神父様! あれって『街灯』ってやつですよね! あの光ってる棒! あの『選ばれし都会』にしか存在しないという伝説の『街灯』ですよね⁉」
「街の篝火みたいに薪に火ぃ付けて燃やしてるんじゃなくて、警備の騎士様たちが当番制で魔法の灯りをつけて回ってるんですよね?」
「百年前に起きた領都の大火災の原因が篝火の火だったことを知った女領主様が王様に直訴して設置してもらったんですよね?」
「っていうのは建前で、本当はエリオット領へお婿に来た王弟殿下の婿入り道具のひとつだったんですよね?」
「その王弟殿下は女領主様と夫婦喧嘩した夜は罰として一人で全部の灯りをつけて回ってたんですよね?」
「だから領都では奥さんの尻に敷かれてる旦那さんのことを『アラン様』って王弟殿下の名前で呼ぶんですよね?」
何故か神父様は頭を抱えている。
「…………前々から思っていたのですが、アリスはそういう知識をどこから仕入れてくるんですか」
「行商のお兄ちゃんです!」
「知見を広げるのはいいことです。いいことですけどもね……もう少し話題を選ぶべきというか……」
神父様がもごもご言っていると、馬車がゆっくりと止まった。
護衛の騎士様が門番の人と敬礼し合っている。
城壁の門が開き、再び馬車が動き始めた。
領都エリオットの特徴の一つがこの『二重の城壁』である。
領都全体をぐるりと一つ目、その中心にある旧王城をぐるりと二つ目。で、二重。
大陸の東側一帯を治めるアステイユ連合王国。
元々はアステイユ地方と呼ばれ、各領主が国王としてそれぞれの領土を治めていた。
有史以降、領土争いが絶えない血なまぐさい地域であったが、ある年、大規模な自然災害に見舞われた。
大陸統一を国是とする隣国エスカーダがこれを好機と見て挙兵。
アステイユ地方は瞬く間に戦火に包まれた。
立ち上がったのが現在の王家であるレッドフォードと我がエリオットである。
この二国は過去の諍いを越えて手を組んだ。
かつて自分たちを焼いた炎は敵を焼き、自分たちを貫いた剣は仲間を守った。
互いに協力して戦う二国の姿はアステイユ地方の他の国王たちを奮い立たせた。
二国が中心となって結成された連合軍は最終的にアステイユ地方のほぼ全ての国が参加。結成からわずか三年という短期間でエスカーダを退けた。
エスカーダを共通の脅威と見た当時の国王達は連合軍を基に連合王国を建国。
連合軍の中心国であったレッドフォードの国王を王と定め、他国の王たちはその臣下へと下った。
同じく中心国であったエリオットは、エスカーダと地続きという地理的条件から王国の盾として国防を一手に担うこととなった。
その際に王家に次ぐ権力として『辺境伯』の称号を与えられ、独自の騎士団を所有する等他領よりも強い自治権を有している。
百年前。エスカーダはアステイユ連合王国へと宣戦布告を行った。
後の女領主ユージーナ=エリオットは、当時婚約者であり第二王子でもあったアラン=レッドフォード=エリオットと協力し、見事エスカーダを退けた。
そして両国間で休戦協定が結ばれることとなったのである。
だが、以降も両国間の緊張が解かれることはなく、エリオットは当時の有事体制を維持。
その象徴として『二重の城壁』は解体されることなく今日に至るまで領都の民を守っている。
以上、アリスちゃんのざっくりアステイユ連合王国の成り立ち講座でした。
現在『二重の城壁』が存在するのはココと王都の二箇所のみ。
貴重な観光資源なのはもちろん歴史の資料にもなっている。
城も当時のまま維持されているそうなのでテンションは現状維持だ。
早く城が見たくてソワソワしっぱなしな私を見た神父様は「どうやって寝かせましょう……」と大変悩ましげだ。大丈夫、神父様の睡眠の魔術なら一発だよ。
「玄関までとても遠いんですね」
剪定された庭の樹木がぼんやりと月明かりに照らされている。
時折揺れる魔力の灯りは見回りだろうか。
「城内の移動には馬を使うくらいですからね。城自体もそうですが、庭には訓練場が三つと騎士たちの宿舎がありますよ」
「三つ! 本当に『国』だったんだ……」
「今でも実質的には国みたいなものですがね。ここまで大規模な騎士団を抱えている領は他にありません。……それだけ、この地が重要ということです」
国防の要ってやつですよね、知ってます!
領主様って大変なんだなぁ。そんなすごい人、そりゃ忙しいわけだよ。
「さ、着きましたよ」
神父様が外をチラッと見て言うなり、大きな扉の前で馬車が止まった。扉付近は街灯と街灯の短いやつの灯りで明々と照らされている。
出迎えかな。扉の前には男性と女性たちが数人並んでお辞儀している。神父様と同じ歳くらいの人たちばかりだ。
神父様に抱えられて馬車から降りた私は冬の夜風にぶるりと身を震わせる。
執事っぽい男性が頭を上げてニッコリと笑う。
「我ら一同、ご到着をお待ちしておりました。……お帰りなさいませ、ユージーン様」
……ん? お帰りなさいませ? いらっしゃいませでなく?
ユージーン様こと神父様の袖をクイクイ引っ張るも無視される。ひどい。もう構ってあげない。
「……皆、変わりないようですね。しばらく世話になりますよ」
「かしこまりました。お部屋までご案内いたします」
◇◇◇
執事っぽい人に案内されて通されたのは応接間? だった。
孤児院の大部屋がまるまる一つすっぽり入ってさらに余裕がある広い部屋だ。
私の背丈より大きな暖炉がパチパチと音を立てて燃えている。
机とかソファとかが豪華なのにはもう驚かない。むしろ調度品が豪華で当たり前感すらある。
ここまで来る廊下には大きな絵やら置き物やら壺やら高そうなものが沢山飾られてたのだから、調度品が普通だったら逆に驚く。
ただカップまで豪華なのは心臓に悪いので勘弁してほしい。
私たちが普段使ってるのは木製なので少々手荒く扱っても壊れることはない。
だが、今目の前にあるカップは陶器製。ティーカップというお茶専用のカップ。
デコピンかましたら欠けそうなほど薄く、持ち手も繊細なカーブを描いている。もげそう。
白地に綺麗な花の絵が描かれており、飲み口は金で縁取られている。
……しかしカップを皿に置く意味が分からない。庶民わかんなーい。
関係ないけど銀のスプーンって結構重いんだね。銀食器なんて初めて見たよ。指紋でべたべたになったけど大丈夫かな?
「お嬢様、お口に合いますか?」
おっかなびっくりお茶を飲んでいた私に執事さん(仮)が声を掛けてくれる。
隣の神父様はへーきな顔して飲んでいるのがなんかむかつく……。
心臓に悪い食器類はともかく、お茶と付け合わせの焼き菓子はさいこーだ。
高いお茶は香りが違うと行商のお兄ちゃんが言ってたけど確かに違うわ。
シスターが作るのより美味しいお菓子なんて初めて食べるよ。美味しいよマドレーヌ。
「とっても美味しいです。ありがとうございます。……あの、お名前を伺ってもいいですか?」
初対面の人と打ち解けるにはまずお互い自己紹介すべきだと思うんだよね。
お嬢様呼びがムズムズするとか自己中心的な理由ではないよ。違うよ。
執事さん(仮)は一瞬だけチラッと神父様の方を見て「失礼しました」と姿勢を正した。
なんだオッサン同士アイコンタクトで念話でもしてるのか。
「領主様付きの執事をしております、アルフレッドと申します。滞在中ご不便がないよう努めさせていただきますが、何かございましたら遠慮なくお申し付けください」
「私はアリスです。カーティスの街から来ました。短い間ですがお世話になります」
おうやっぱり執事さんだったか。
どこかのうだつが上がらない町長さんの一張羅よりよっぽど上等なお仕着せ着てるもんね。
執事さんことアルフレッドさんはニコリと品の良い笑顔で「こちらこそ」と応え、品の良い笑顔を神父様に向ける。
「ユージーン様に育てられたとは思えないほど良い子、いえ良いお嬢様で安心いたしました」
「……どういう意味でしょうね、アルフレッド」
「そのままの意味でございます」
アルフレッドさんは品の良い、神父様は柔和な。二人とも笑顔は笑顔なのだけど……。
……寒い。空気が寒いよこの部屋。
笑ってるのに笑ってないよこのオッサンたち。
「あっあの、アルフレッドさんは神父様とお知り合いなんですか?」
冷えた空気に耐えられず、小心者な私は声を上げた。
「私の母がユージーン様の乳母をしておりまして。そのご縁で従者として取り立てていただきました。……ね、先代」
「………………先代?」
「ええ、『ユージーン=レオンハート=エリオット』様。先代のエリオット領主にございます」
………………は?
「……アルフレッド」
「えっ? 領主? えっ? えっ?」
珍しく苦い顔をした神父様はアルフレッドさんをジロリと睨むが、アルフレッドさんに効果はないようだ。ただ私には効いた。
ただ、驚くと同時に『あーそうなのか』と何故か腑に落ちた。
やたらめったら魔術が達者なところとか、妙に博識なところとか……いい意味でも悪い意味でも得体の知れないところとか。
フリーズしていると客室の準備が出来たとメイドさんが呼びに来た。
オッサンたちはまだネチネチと嫌味で殴り合っていた。
アリス「神父様が前の領主様だったのは驚きましたけど妙に納得もしたんですよね」
神父様「どうしてですか?」
アリス「無自覚ですか?」
神父様「……どういう意味でしょう」




