本物の錬金術師
「領主様にご挨拶、ですか」
昼食後、神父様の部屋へ呼び出された私は突然の領都訪問を告げられた。
孤児院の裏にある森を除けば初めて街の外へ出ることになる。
「何分忙しい方ですからね。急な話にはなりますが、明日にでも出立できるよう準備をしておいてください」
「分かりました。グレイスばーさんにも伝えてきます」
鬼の詰め込み教育はひと段落したものの、私は暇を見つけてはばーさんの店に入り浸り押しかけ弟子のようなことをやっている。
ポーチをもらって懐いた説は否定しない。
「最近、あちらへ行ってばかりなので少し寂しいですね」
「あっちには攻撃魔術を撃ち込んで来る神父様がいないので、安心して勉強出来るんですよ」
暗に『構え』ってことなんだろうが、知ったこっちゃねー私は笑顔で部屋を後にする。
というのも、この人はついに炎やら氷やら『当たったら痛いじゃ済まない』攻撃魔術を使ってくるようになったのだ。
成長を認められた証拠だと前向きに捉えてはいるが、結構な頻度でやられるのでぶっちゃけうざい。
私は外套の中で火と風の魔術を同時に発動させるとばーさんの店へと向かう。
神父様との魔術合戦の成果は確実に私を成長させていた。
それがまた悔しくてたまらないのだが。
二の月。一年で一番冷え込む時期。
魔術のお陰で私は冷え知らずとなった。
◇◇◇
「と、いうわけで。しばらく来れないけど誰か手伝い寄越す?」
「何が『というわけ』だい。今まで一人でやって来たんだ。手伝いなんて要りやしないよ」
「ですよねー」
偏屈ばーさんは今日も相変わらず偏屈だった。
ただ想定内の返答だったので、孤児院の中でも特に気遣い上手な子を派遣することに決める。
「……領都へはどうやって行くんだい」
「領主様が馬車を寄越してくれるんだってさ。馬車だよ馬車! すごいよ、お姫様みたいだよ!」
たかが孤児が出世したなぁと感慨にふけっていたら、何やら思案していたばーさんが顔を上げた。
薬草棚から数種類、パッパッと手に取った。
茸が二種類に樹皮、根、茎。全て乾燥させてあった。
「いい機会だ。……ちょっとこっちへおいで」
「なになに、何すんの?」
「錬金術師の薬作りを見せてやるよ」
ニヤリと笑ったばーさんに手を引っ張られた先はいつもの居間だった。
先ほど棚から取り出した根やら茎やらを食卓に並べると、腰のポーチから秤、底の丸い小さな鍋と鍋を乗せる三脚台、匙を一本取り出す。
私が錬金薬を作るときに使うものと同じだ。
「見せるのはこれっきりだ。よく見ておきな」
材料の計量を終えたばーさんは材料の一つを手に取った。
それがふわっと宙に浮いた……と思った瞬間には粉塵となっていた。
一瞬の出来事に私は目を丸くする。
『錬金薬作りの基本は、材料を細かく刻む、もしくはすり潰すこと』
初めて錬金薬を作る時に聞かされた注意点だ。
特定の薬効のみを抽出する場合は例外として、水や油といった基材に効率よく薬効をなじませるには、材料は細かければ細かいほどいい。
それらの『下処理』には薬研やすり鉢といった道具を使うのだが、このばーさんは魔力のみでやってのけた。
対象が小さく、作業が細かくなればなるほど魔力操作の難易度は上がる。
材料を一瞬で粉微塵にするなどとんでもない技量と精度である。
そして、そこから先はあっという間としか言えなかった。
次々と空中で材料を粉にしては魔術で生み出した水で満ちた鍋に加えていく。
全ての材料を鍋に入れ終わると匙でかき混ぜながら魔力を加え、そしていくらもかき混ぜないうちに、ばーさんはすっと匙を置いた。
完成、ということだろう。
ばーさんは私がお茶を淹れるより速く錬金薬を作ってしまった。
まさしくプロの犯行だった。
「久しぶりにやると堪えるね。……どうだい、本物の錬金術師の技は。どこぞの神父とはわけが違うだろう」
「……興奮しすぎて夜眠れなさそう」
ばーさんは私の素直な感想に気をよくしたのか『冥利に尽きるね』と呟き、出来上がった錬金薬をガラスの小瓶に小分けしていく。
茶漉しが必要ないほど全ての材料が無駄なく水に溶けているのだから、もうただただ驚くしか出来ない。
「……ばーさん、質問していい?」
「なんだい」
ばーさんは器具を魔術で洗浄しながら応える。
「ばーさんさ、こんだけ凄い錬金術師なのに何で錬金薬を売らないの?」
素朴な疑問。
ばーさんの薬屋を手伝って分かったことだが、薬の材料と錬金薬の材料はほぼ同じだ。なら高価な錬金薬を作って売った方が商売としては正解じゃないだろうか。
ばーさんは器具をポーチに収納すると、台所から茶器を乗せたトレーを持ってきて私の前に差し出す。
茶を淹れろ、という合図だ。
私がトレーを受け取るとばーさんは向かいの椅子に座った。
「言っただろう。技術は安売りするもんじゃないと」
「確かに薬を十作って売るよりも錬金薬を一作って売った方が利益は出るさ。だけど錬金薬は高価だろ。この街やその周りにそんだけの金を持ってる奴がいるかい? だが商品として店に並んでたらそれを求める客がやって来る。『金は少しずつ払う。だから売ってくれ。家族の命が掛かってるんだ』って客がね」
「そんな客を追い払うのは簡単じゃないし、情にほだされて一人に許せば全員に許さなきゃならない。そうすると悪知恵の働く馬鹿が必ず出てくる。捨て銭で仕入れて他所で売りさばく馬鹿がね。……世の中はそういう馬鹿で溢れてる」
「アリスも知ってるだろうが、錬金薬を売るには国と領の許可が必要だ。無許可で売れば厳しい罰を受けることになる。だが馬鹿はバレた時のことなんざ考えちゃいない。考えられる奴はそもそも馬鹿なことをしないもんだ」
「かといって一人が錬金薬の値段を下げると他の錬金術師たちも下げざるを得なくなる。中身が同等なら安い方を買うからね。すると値下げ合戦が始まって、薬師の作る薬が売れなくなって、商人から材料を買えなくなって……おまんまの食い上げだよ。本来食い合わない領分の人間まで巻き込んでね」
「錬金薬が高価なのはね、錬金術師になるための学費と時間と研鑽って原価が上乗せされてるからだ。目に見えないが大事な原価だ。つまり『価値』だ。技術を安売りするってのはその『価値』を捨てることだ。捨てるくらいならハナっから売らない。腐らせた方がマシさ。分かったかい」
「……分かった」
ばーさんの前にお茶の入ったカップを差し出し、小さく頷く。
少し渋くなってしまったお茶を飲む。今の私の気分が表れているようだった。
「それにね。もうしんどいんだよ、魔力を使うのが。歳のせいにしたかないが……アタシは人間だからね」
◇◇◇
その日はシスターに荷造りを手伝ってもらって早めに就寝した。
ばーさんの言葉が頭の中をぐるぐるしていた。
迎えの馬車が到着したのは寝不足でふらふらしている翌日の早朝だった。
ばーさんが作ってくれた錬金薬は酔い止めだった。神父様が驚くほどよく効いた。
アリス「ばーさんを本当の意味で尊敬したのはこの日でしたね」
神父様「…………」
アリス「拗ねないでくださいよ」
神父様「…………」
アリス「拗ねないでくださいってば……」




