グレイスばーさん
一の月、一の日。新しい年が始まるこの日、私は九歳になった。
私のように誕生日が分からない子は新しい年が始まる日を誕生日にしている。
「アリス、これをグレイス女史に届けて来てください。おすそ分けです」
朝食の準備を手伝うために厨房へ向かうと、シスターに手提げ篭をひとつ手渡された。
真っ白い布巾が掛けられているので中身は見えないが、匂いで中身がパイであることが分かった。
シスターの作る料理は美味しい。
魔法に関しては『考えるな感じろ』を地で行く人だけど、料理は材料も調味料も全て細かく計量して調理する。
だから錬金薬は基本の体力回復薬と魔力回復薬の二種類しか作れないことにとても驚いた。
『料理も錬金術も大まかには同じじゃないですか?』
『……? 錬金薬は食べ物ではないでしょう?』
この一言で全員が納得した。
シスターはやっぱりシスターだった。
作ろうと思えば作れるのだろうけど、食べ物じゃないとどうにもヤル気がおきないらしい。
錬金薬ってマズいか死ぬほどマズいかの二つしかないしね……。
防寒用の外套を羽織り、薄暗い道を火の魔術で雪を溶かしながら歩く。
去年までは孤児院のみんなでスコップ片手に除雪していたのだが、今年は魔術の練習がてら私が行っている。
ばーさんの自宅兼店舗への道すがら、街の人たちからも除雪の手伝いをお願いされる。
そのたびに『これ持ってきな!』と食べ物やらお菓子やらくれるので、ばーさんのもとへ着くころには二、三日は煮炊きしなくても済むくらいの食糧が集まっていた。
「……技術は安売りするもんじゃないよ」
大量の食糧で両手が塞がった理由を聞いたばーさんは、大きなため息をつき、あからさまに呆れてみせた。
次いで放たれたお小言はチクリと私の心を刺す。
確かに便利に慣れてしまえば人はそれありきで行動してしまう。
私も魔術が使えるようになってからというもの、水汲みは魔術で生み出すものになってしまった。
街のみんなが魔術を使えるのならともかく、この街では四人しか魔術が使えない。
しかも来年には小間使いは王都へと旅立つ。
ばーさんには薬屋が。神父様とシスターには教会と孤児院の仕事がある。
街の基本は助け合いとはいえ、雑事のたびに呼びつけられてはたまらない。
「肝に銘じます」
私はお小言に苦笑と反省で返す。
荷物を店のカウンターに置かせてもらうと、シスターから預かった篭を差し出した。
「これ、おすそ分けだって」
受け取ったばーさんが布巾を取ると、やはり中にはパイが入っていた。
パイの中身は先日獲った猪の肉だろう。
表面に塗られたバターがつやつやと美味しそうに輝いている。
「こんな上等なもの……。ガキ共に食わせてやりゃいいのに」
「ばーさんにはそのガキ筆頭が世話になったしさ。気持ちとして受け取ってやってよ」
私が肩をすくめて笑うと、ばーさんは『仕方ないね』と呟き、私を店の奥へと手招いた。
「それじゃ、ありがたく受け取るよ。ついでに給仕も頼もうかね」
「心得ました。おばあ様」
わざとらしく丁寧な言葉使いで一礼すると頭を軽くはたかれた。
勝手知ったるばーさんの家。
道中もらった荷物からすぐに食べれるものを適当に見繕うと、ばーさんに続いて居間へと向かった。
――ばーさんは安売りすんなと言ってるけど、街の人たちがばーさんへ差し入れするための口実に私を使ったんだと思うなぁ。
酢漬けとか甘くないお菓子とか。子どもには不人気なものばかりなんだから。
このばーさん偏屈だから普通に渡しても受け取ってもらえないし。
現に今だって、一緒に食べようって言えばいいのに。給仕を頼むとか。
本当、素直じゃない。
◇◇◇
「ばーさんお茶飲む?」
「もらおうかね。……魔術で淹れな。三分以内だ」
鬼畜だ。鬼畜がおる。
人がなけなしの気遣いを見せたらすかさず無茶ぶりを叩きこんでくる鬼畜がおる。
私は慌てて使用後の食器を下げ、茶器の準備をする。
ばーさんは腰のポーチから砂時計を取り出すと、テーブルの上に置きひっくり返した。さらさらと砂が落ち始める。
ポットを温め茶葉を入れ湯を満たし、とバタバタする三分はあっという間だった。
「まぁまぁ美味いじゃないか。合格」
「……ばーさんといい、神父様といい。なんでそう無茶ぶりばっかするかなぁ。しかも突然」
「魔法ってのは毎日使わなきゃ下手になるからね。下手にならんようにするには毎日意識して訓練するしかない。横着するためじゃないよ」
ばーさんは私の苦情をしれっと流し、再びポーチの中に手を突っ込んだ。
取り出されたのはばーさんが腰に付けているのと同じような形のポーチだった。それをひょいっと私に投げる。
反射的に受け取ると、真新しい革の匂いが鼻先をくすぐる。
こげ茶色のポーチとばーさんの顔を交互に見やると、ばーさんはフンッと鼻を鳴らした。
「誕生祝だ。持ってきな」
ばーさんの言葉にぽかんとする。
「ありがとう、ございます?」
「なんで疑問形なんだい。……要らないなら返しな」
「いやビックリしたんだってば。ありがとう! ところでこれ、ほのかに魔力を感じるけど……まさか……」
ばーさんが腰につけてるポーチは魔法のポーチだ。空間魔術で収納量を増やしている。
それと同じような魔力を感じるということはつまりそういうことであって。
「荷馬車一台分は余裕で入るよ」
「グレイスばーさんに神の祝福を! 神のご加護を与えたまえ‼」
「うるさいよっ‼」
ばーさんの怒鳴り声も、今日一番の浮かれテンションな私には届かない。
だから、ばーさんが私の様子にひっそりと笑みを浮かべたのにも気づかなかった。
孤児院へと戻った私は神父様に魔力登録の付与を習った。
その夜、名実ともに私専用となったポーチを抱えて眠りについた。
アリス「ポーチを貰った時はもう嬉しくって嬉しくって」
神父様「アリスの喜びようは凄かったですからね。しかもポーチは師から弟子へと贈る物の定番ですから。グレイス女史も喜んだことでしょう」
アリス「なんですかそれ、初耳です。てことはばーさんは私を弟子だと認めてたってことですか。やだ泣きそう」
神父様「だから私、グレイス女史に先を越されてちょっと悔しかったんですよ」
アリス「……泣く」




