地獄の一年
無事退院した翌日。そこからは本当に毎日忙しいの連続だった。
季節は冬。十二の月の最後の日。
アステイユ連合王国の南西部、海沿いに位置するエリオット領でもチラチラと雪が舞う日が続いている。
気が付けば八歳が終わろうとしていた。
試験日は四の月の半ば。運命の日まで残すところあと三か月となっていた。
入学試験のための勉強。受験勉強は新しい発見の連続だった。
地理や歴史といった一般課程は苦手だが、魔法課程だけは薬草学も含めその理論も純粋に面白い。
素材が持つ薬効を魔力で増減させるのはもちろん、魔力を加えることで本来発生しないはずの要因が生まれるのだ。好奇心を刺激されまくる。
例えば、私に消えないトラウマを植え付けた魔力回復薬。
単純に素材を混ぜ合わせただけでは、効果がほとんどない味覚破壊薬湯になってしまう。
魔力を用いて加工されているか否か。
正確には適切な量の魔力で薬効を最大限引き出されているか。薬湯と錬金薬の大きな違いはそこにある。
魔力が少なければ薬湯と大差ないし、多ければ薬効が毒となって人体に害となる。あるいは魔力自体が毒になる。
錬金薬の作成はもちろん、炎を生み出したり風を起こしたりと魔術を使う時にもこの適切な量というのがとても重要となる。
多ければ暴発して自分自身を傷つける。少なければ魔術が発動しない。
多くても少なくてもダメ。
神父様曰く、この絶妙な火加減ならぬ魔力加減が魔法課程の勘所というやつらしい。
――ようはですよ。まずは結果をイメージして、必要な魔力をぐあっと込めて、イメージ通りになればいいんですよね?
魔力加減あらため『魔法使用時における魔力操作理論』を私なりに解釈するとこうなるのだが、グレイスばーさんはため息をついて薬匙を放り投げ、神父様は『シスタータイプですか……』と遠い目をした。
私なりの解釈を求められたから伝えただけなのに……解せぬ……。
そんなこんなで、魔力操作の最終試験に出された課題は薪割りならぬ薪作りである。
――原木を防御魔術で切り倒し、風魔術で森から運び出し、風と火の二種混合魔術で乾燥させ、防御魔術で八等分にしなさい。
言うは易しとはまさにこのことだった。
なにせどの工程も必要な魔力操作の『質』が違うのだ。
切り倒すのには勢いが、運び出しには質量に合わせた力加減が、乾燥には二種の魔術を同時に使う繊細さが、八等分には精度が。
魔法を扱うための全ての要素が薪作りには盛り込まれていた。
しかも『切る』作業には敢えて防御魔術を使うよう縛りを設けられた。
防御魔術の特性を考えるならば『切る』のではなく『弾き飛ばす』もしくは『裂く』と表現すべきかもしれない。
目的は防御魔術の練度を上げること。
神出鬼没で年中無休な変態様や変質者様といった常識の通じない方々への対策である。
学校へ行ったらシスター居ないもんね……。
ほんのちょっとだけ寂しさを感じながら最後の丸太に魔力を集約させる。
ぱこぉんと小気味好い音をたてて丸太がびったり八等分に割れた。
「素晴らしい練度です。頑張りましたね、アリス。合格です」
目の前には薪の一つを手に取り、神に祈りを捧げる神父様の姿。
かなりシュールな絵面だ。
「ありがとうございます、神父様」
「ええ、ええ。本当に素晴らしい出来です。あなたの成長を心からうれしく思います。……一時は本気でどうなることやらと思いました」
一時はってのは間違いなく、私なりの解釈の時のことだろう。
やはりシスタータイプは実践に強い。という神父様の呟きを私の地獄耳は聞き逃さなかった。
私はちゃんと座学も合格点取ってるのになぁ。やっぱり解せぬ。
地面に転がっている薪を拾い集めながらふてくされる。
座学に関してはグレイスばーさんに必要な知識を片っ端から叩き込まれ、実践ならぬ実戦は狩猟という形でシスター監修のもと行われた。
はれて私も身一つで熊や猪を狩る人外の仲間入りである。
……実戦を通して知ったのだが、シスターは魔力で身体を覆って強化し、防御魔術を応用して文字通りの鉄拳を生み出しているそうだ。
実はちゃんと魔術を使っていた。
けれどどうしても『それじゃない』感は拭えない。
あ、魔法と魔術の違いは括りだ。魔術と錬金術の総称が『魔法』。
私が想像していた魔法は魔術のことだった。
「流石にこれだけの薪は集めるだけでも一苦労ですね『ウィンド・スプレッド』」
何の脈絡も躊躇もなく神父様の放った魔力に反応し、防御魔術を展開する。
四方八方から飛んで来たのは周囲の空気を圧縮した風の弾丸。弾数は八つ。
単純な威力はメジャーなものに比べれば一段落ちるものの、視認性が低く、魔力操作が安易とあって応用が効きやすい。玄人志向な攻撃魔術だ。
私は放たれた弾丸の全てを防御魔術で弾く。
「ふむ。反応速度も私の魔術とほぼ同時。バッチリです。日頃の成果がよく表れています」
「当然です。いきなり背後から撃たれて慌てる私はもう居ません!」
私は拾い集めた薪を抱えたまま胸を張った。
神父様はこうして隙をついては攻撃魔術を撃ち込んでくる。
最初の頃こそ打ちのめされたり逃げ惑ったりしたものだが、魔力を感覚で捉え、反射的に防御魔術を展開できるようになった今では難なく防げるようになっている。
発動に必要な呪文は必要ない。
防御魔術の発動だけは術名のみを唱える短詠唱すら必要なくなっていた。
「しかし、攻撃の動線や地形、天候状況など周辺状況の見極めはまだまだ甘いですね」
「…………えっ?」
ニッコリ笑った神父様が指差した先は雪の積もった孤児院の屋根。
その屋根の下には私が立っている。胸を張って。
嫌な予感がすると同時に頭上からドサドサッと雪の塊が落ちてきた。
私の防御魔術が弾いた攻撃が跳弾となって屋根をかすめたらしい。
咄嗟に展開し直した防御魔術のおかげで雪に埋もれても無事とはいえ……これ悪い子でも真似したらいけないやつ! 下手したら死んでたやつ!
私は防御魔術の外側を一気に熱し、ちょっとしたかまくらのようになっている雪の塊をただの水へと変えた。
「罰として体力回復薬を三十本。夕食までに作りなさい」
やっぱり解せぬ。
アリス「風の魔術って使い勝手がいいですよね」
神父様「おや、アリスも風魔術の良さが分かりますか」
アリス「後ろ頭をはたいたり、足を引っかけたり、どついたり」
神父様「…………」
アリス「王子をコッソリ黙らせるのに重宝しました」
神父様「……苦労したんですね」




