三者面談
神父様に睡眠の魔術をかけてもらい朝までぐっすりと眠った私は、目覚めの紅茶を優雅にしかし呆然と嗜んでいた。
おい信じられるか。「お目覚めくださいませ、お嬢様」つって若くて綺麗なメイドさんに起こされたと思ったらすっと紅茶を渡されたんだぜ。
寝込んでもいないのにベッドの上でお茶を飲むなんて本物のお嬢様みたいじゃね? 帰ったらみんなに自慢しよ。
差し出されたお茶を飲んでいる間にも、メイドさんはテキパキと着替えの準備を始めた。
用意されたのは深い赤色のノースリーブのワンピース、ワンピースと揃いのボレロ、その下に着る白いブラウス、こげ茶色の革靴。
どれもレースやフリル、縁飾り等が惜しみなく使用されている。なのに印象は派手ではなく上品だ。絶妙なバランスと言えよう。
……待って。私こんな上等な服持って来てない。というか持ってない。
「あの……それ……」
「奥様が『ぜひ着てほしい』とご用意されておりました。……どうか着てさしあげてください」
メイドさんが少し困ったように笑う。そりゃ着るしかないよね。他に選択肢ないよね。
お茶を飲み終えた私はメイドさんに着替えを手伝ってもらい、髪も結ってもらう。
どうやら馬車の中にあったひざ掛けやクッションもその奥様とやらが準備してくれたらしい。
レースのカーテンに至っては手ずから編んだとか。……めちゃくちゃ歓迎されてない?
身支度の全てをメイドさん任せにした私は、食堂への道のりもメイドさん任せにした。
城、広すぎだろ。
食堂には既に神父様が着席していた。
今日はいつもの修道服ではなくダークグレーの三つ揃いだ。首元にはタイではなく柔らかなスカーフを巻いている。この隠れお洒落さんめ。
私は次々と運ばれてくる食事の数々を前に、生まれてきたことを神に感謝し、食後のお茶まで大変美味しくいただいた。
この後はいよいよ領主様との面談になる。腹が減ってはなんとやらだからね!
◇◇◇
「俺が領主のアレン=エリオットだ。よろしくな」
黒髪黒目のお兄ちゃんはニッカリ笑った。歳は二十台半ばだろうか。領主様というにはあまりに気さく過ぎて呆気にとられる。
朝食後、アルフレッドさんに案内されて入室したのは領主様の執務室だった。
いかにもな書類机の手前には応接間のより幾分コンパクトなソファとテーブル、そしてテーブルの上にはお茶の準備がされていた。
二人掛けのソファに一人でどっかり座る領主様の後ろにはアルフレッドさんが待機、テーブルを挟んで向かい側には私と神父様がそれぞれ着席した。
「……なんです、その乱れた口調は」
「アリスは街の子でしょう。ならばそちらに合わせた方が余計な緊張をしなくても済むではありませんか」
「相変わらず本音と建て前の使い方『だけ』は達者ですね。呆れます」
「そういう父上は相変わらず手厳しい。アリスに嫌われますよ」
「アリスはどこぞの愚息と違って賢い子です。そのいらぬ気遣いは奥方へ向けたらどうです」
「そのどこぞの愚息とやらは父上のような『アラン様』と違ってあえて妻の尻に敷かれていますから。愛や気遣いは十分だと叱られます」
お茶のお代わりを淹れてくれたアルフレッドさんが「……似た者親子でしょう?」と耳元で囁く。やめろ鼻からお茶が出る。
昨晩のアルフレッドさんといい、人前でギスギスした親子関係を暴露するのはやめてもらえないかな。どういう顔したらいいか分からんわ。
「さて、口の減らない頑固親父は放っておいて本題に入ろう。……アリスは魔法学校に進学したい。この気持ちは変わってないか?」
三つ目のクッキーに手を伸ばしたところで唐突に話題を振られる。
慌てて手を引っ込めて膝の上に置き、姿勢を正す。
「はい。変わっていません。進学したいと思っています」
領主様はニッコリと笑い「そうか」と言うと、魔法学校について教えてくれた。
……そういえば『魔法を勉強するところ』以外知らないや。
魔法学校こと王立アステイユ魔法学校は国が管理・運営する教育機関だ。
入学資格は一定量の魔力を有していること、新学期が始まる九の月の一の日までに十歳であること、……犯罪歴がないこと。
条件を満たしていれば入学希望者の身分は問わない。王立の学校だからな。国民全てに開かれた学校というわけだ。
通学期間は六年。一年目は基礎学年と言って一般教養と魔法の基礎を新入生全員で勉強する。
……父上にあらかた叩き込まれた後だと思うんで退屈極まりない一年になるとは思うが、まぁ頑張れ。
で、二年目からはいよいよ三つの課に分かれる。魔術師課、錬金術師課、そして騎士課だ。
元々魔法学校は魔術学校と騎士学校の二つの学校が合併してできた学校でな。
魔術学校では魔術師課と錬金術師課、騎士学校では騎士課に相当する勉強を教えていたんだ。
それぞれ重複する内容が結構あるってことで百年前に合併されたんだ。多分入学式で校長からもその辺熱弁されると思う。
……あの爺さん話長ぇからな、覚悟しとけ。眠気対策は語尾の『ね。』を数えることだ。
基礎学年で退学になる奴はあまりいないが、二年目からはどっと増えるぞ。
九の月から新学期が始まるのはさっき言ったな。
魔法学校の一年は三学期に分かれてる。
九の月から十一の月の末までが一学期、二の月から三の月の末までが二学期、五の月から七の月の末までが三学期。
それぞれの学期末には進級試験があってな。
試験の内容はそれぞれの課で異なるが、不合格の奴は進級資格を失う。……次の学年に進めなくなるってことな。落第、つまり退学だ。
一応、一・二学期の試験に合格できなくても三学期末までに追試を受けて合格すれば進級は出来るが、将来の査定に響くんで絶対、必ず、合格しろ。
まず王城への出仕は無理だ。各領でも……うちなら猶更難しいだろうな。
となれば自分で店を構えて商売をするか、命を金で売る傭兵になるか、いっそ学歴を捨てて全く関係ない仕事をするか。だから絶対に合格しろ。いいな。
学期と学期の間は休み期間だ。こっちに戻って来てもいいし、学校に残ってもいい。
あぁそうそう、学生は全員学校の寮に入るんだ。男女で分かれてはいるが油断すんなよ。女子寮に忍び込んで退学になる馬鹿が毎年必ず一人は出る。……逆もな。
寮は基本的に相部屋、二人で一つの部屋を使うんだが、『特待生』になれば個室が与えられる。風呂もトイレもキッチンも調合室も付いてる。
なのでアリスは特待生になること。……大丈夫、父上のしごきに比べりゃ屁でもない。というか特待生になれない奴は父上のしごきに付いて行けない。安心して特待生になれ。
特待生の『特典』は他にも色々とあってな。各教授の助手に推奨されたり、自分だけの薬草畑を与えられたり、学校内で商売も出来る。お、やる気になったな。
基礎学年の特待生は入学試験での順位によるんで気合い入れてけ。二学年目からは成績順だ。
二年目からの各課程についてだが。選択制だ。一つだけでもいいし三つ全てを選択してもいい。だいたいの生徒は二課程を同時に取る。
魔術師課と錬金術師課、魔術師課と騎士課の組み合わせが一般的だが、アリスは全過程を選択しろ。
つまり、全過程で特待生を維持したまま卒業すること。これが『融資』の条件だ。
……大丈夫、俺でも三つの課程を特待生のまま卒業できたんだ。大丈夫だって。そんな顔するな。
「学校についてはこのくらいだな。何か質問は?」
「……ナイデス……」
――できなかったら私はどうなりますか。
これはしちゃいけない質問だよね。ですよね。目の前の人もだけど、それより何より隣でニコニコしてる人が一番怖い。
必然的に質問なしとなった領主様はアルフレッドさんに声を掛けると一枚の紙と針を差し出した。
紙には『火 水 風 土 光 闇 総量』と書かれている。ほのかに魔力の気配を感じた。
「何ですかコレ」
「魔力の測定紙だ。簡易のやつだけどな。……その丸いところに血液を垂らすと十段階でだいたいの魔力量が表記される」
「詳細な測定は入学試験の前に試験会場となる学校で行いますが、この総量が三相当以上無ければその場で受験資格を失います」
「うちから王都までは結構遠いからな。無駄足にならないためにも、入学希望者には事前に測定させてる」
言われるままに針で左手の人差し指を刺し、測定紙に血を垂らす。
じわじわと数字が浮かび上がってきた。総量は『六』。よかった合格ラインだ。
数字を隣から覗き込んだ神父様はニコニコと、しかし向かいの領主様は唖然とした表情を浮かべ、さらに目を見開いた。
「父上……アリスはまだ十歳にもなっていないんですよね」
「ええ、もちろんです」
「一体どうやってここまで……しかも……いや、愚問でしたね」
そこで言葉を区切った領主様はアルフレッドさんに全員分のお茶を淹れなおすよう指示した。
湯気の立ったお茶をそれぞれが口にする。
一息ついたところで先ほどまでの気さくな気配を消し、鋭い表情を持って切り出した。
「学校については粗方話した。次は注意点だ。……貴族の連中には気をつけろ」
なんとも物騒な話題じゃないか。私はごくりと喉を鳴らした。
アリス「女子寮に忍び込むバカですけど、私たちの学年にもいましたよ」
神父様「やはりいましたか。愚かなことですね」
アリス「王子です」
神父様「…………」
アリス「王子です」




