啖呵という名の決意表明
――魔法学校に通ってみる気はありませんか?
それはとても魅力的な提案だった。誘惑と言ってもいい。
「通えるなら……通いたいです。でも……」
でも、孤児の私にはいわゆる後ろ盾というものが一切ない。
知識も、お金も、保証人も。何もかもが無い。
あるのは自分を殺しそうになる魔力だけ。
頭の方は……自己努力で何とかなるかもしれないが、先立つものに関しては今すぐどうにかなるものではない。
いくら私だって学校に通うためには莫大なお金が必要だってことは知ってる。
まず、入学のための試験を行う王都への旅費や滞在費が必要だ。
これは街に来る行商のお兄ちゃんが言っていた。
『経費のほとんどは旅費だから、そこをうまく切り詰めないと一気に赤字だよ』と。
街の手伝いで貰える駄賃では何年かかってもスタートラインに立てない。
具体的にどのくらい足りないかはともかく、街の駄菓子屋でその日分のおやつが買える程度では、旅費の足しにもならないくらいの金銭感覚は持っている。
「諦めますか? 何も行動を起こす前に無理だと決めつけて。……諦めますか?」
私はハッとした。
この人は無理なことに無駄な期待を一切持たせない人だ。
つまり、出来ると。可能だからこそ『提案』してきたのだ。
私はいつの間にか俯いてしまった顔を上げた。真剣な表情の神父様と目が合う。
「私、魔法学校に行きたいです。行ってみせます! ……でもどうすればいいか全くわかりません。神父様お願いします。教えてください!」
真っすぐに神父様を見つめて懇願、もとい啖呵を切ると、神父様はいつもの柔和な笑みを浮かべた。
「よい顔です。では、私はこれからアリスの入学を全力で支援します。……今の気持ちを、決して忘れてはいけませんよ」
「はい! よろしくお願いします!」
私の啖呵に笑みを深め、神父様はこれからのことを少し話してくれた。
街の人に私が魔法学校へ進学を決めたと伝えること。それを領主様にも伝え、領外に出る許可を取ること。そのため数日教会を留守にすること。
神父様が戻るまでは絶対安静のため、この部屋で寝起きすること。
今は他人の魔力にとても敏感になっているらしく、孤児院の大部屋のような場所で過ごさない方がいいらしい。
人は皆、大なり小なり魔力を持っている。
そして体内に魔力が溜まり過ぎないよう、無意識に垂れ流す。
私のように死にかけるほど魔力を放出した後はその垂れ流した魔力を取り込み易くなっている。
魔力は血液と同じで、うかつに他人の魔力を体内に取り入れてしまうと拒否反応が起こり、大変危険なのだ。
だから神父様のように魔力の調整が出来る人以外は面会謝絶。
ちなみに魔力回復薬は魔力そのものを回復するのではなく、自分の魔力を回復しやすくするための薬……だそうだ。
いや全く知らなかったけど。全部神父様の受け売りだけど。
ついでに、シスターも魔法学校の卒業生ってことも知らなかったけど!
才女? あの人、才女なの? マジで?
暴力を振るったその後に『大人しくしないとブチのめしますよ』と見てるこっちまで悪い事してるような、どっちが悪人だと複雑な気分になるようなことを平気で言う人が才女?
皆でドン引きしてたら『武器は甘え』とかまた訳の分からないこと言うドン引きの底値を感じさせない人が才女?
っていうか、あの人のやることなすこと全部物理だよ! 魔法どこ行ったよ!
食べたの? 逃げたの? 学校に忘れたの? 回収しに行こう?
「それからこれを。魔力回復薬です。朝昼晩の三回、食前に飲みなさい。飲み忘れた場合は食後でもいいですが…………後悔しますよ。では行ってまいります」
「……? 行ってらっしゃいませ」
心の中で再び虹色の光が渦となっている私をよそに、神父様は旅行鞄を抱え部屋を後にした。なぜかとてもいい笑顔で。
こんな夜更けに出発するのは、街の人たちが町長さんの家で連絡を待っているからだそうだ。皆私をとても心配していると。
温かな人情にちょっとだけ涙が出そうになった。現実逃避とも言える。
きっと報告が済んだら夜なべで酒盛りが始まるんだろうなぁ。その足で領主様の所に行くって言ってたけど、神父様大丈夫かな?
と、思考を明後日の方向に向けていると入れ替わりで才女、もといシスターが夕食を運んできてくれる。
私は賢い子なので『あなたは才女ですか?』『才女という意味を知っていますか?』なんて聞かない。世の中には触れない方がいい話題があると知っている。
そして神父様に言われた通り、食前に飲んだ魔力回復薬は…………めちゃくちゃマズかった。
七歳女児らしからぬ野太い雄叫びを上げて、無表情なシスターが再び血相を変えるほどに。
これは食後に飲んだら食べたものを全部吐き出す。間違いない。
――後悔しますよ。
神父様のいい笑顔を思い出しながら、再び私は意識を失いそうになった。
ついでに決意も失いそうになった。
アリス「魔力回復薬の殺人的な味はもちろんですけど、シスターが卒業生ってことに心の底から驚きました」
神父様「実技は文句のつけようがない学生でしたよ」
アリス「座学は?」
神父様「………………」
アリス「座学は?」




