神父様の誘惑
「気が付きましたか?」
目が覚めると、心配そうに私をのぞき込む神父様と目が合った。
ずっしりと重い体を起こして周りを見渡せば、神父様の部屋のベッドの上だった。
返事をするより先に腹の虫がきゅるるる~と自己主張する。
「気が付きましたし……その、とても元気みたいです……」
「いいことです」
部屋にはランプの明かりが灯り、夜の闇をほんのりと照らしている。
「さてアリス。あなたは自分がどうなったか分かりますか?」
「……さっぱりわかりません」
神父様はでしょうねと苦笑し、よしよしと頭を撫でてくれた。
薬草の匂いが鼻先をかすめる。
「アリスは魔力の暴走を起こして急性の魔力欠乏症を起こしたのですよ」
「魔力の暴走? けつぼう……欠乏症?」
神父様はこくんと頷いた。
「当時の状況はシスターから聞きました。……とても怖い思いをしてしまったので、ありったけの魔力を放出してしまったようですね」
「あー……? あ、虹色の光の渦みたいなのがわーっと出ました。あれが魔力ですか?」
「ええ、わーっと出たそれが魔力です」
わーっの部分で両手を上げると、神父様も同じように両手を上げた。
いつもニコニコ柔和で街のおば……おねぇさま方から「誠実の塊みたいな人だよ」と言われる神父様だけど、実はイタズラが大好きな茶目っ気たっぷりのおじ様なのだ。
だから孤児院の私たちはもちろん、街の生意気なクソガキ共もみんな神父様が大好きだ。
「身体の中の魔力をほとんど全て使ってしまったので、アリスはいつ命が尽きてもおかしくない状況でした」
改めて自分が死にかけた事実を告げられると、血の気が引いた。
無意識に自分の両手を見下ろし拳を握ったり開いたりする。
……当たり前だが、きちんと動く。そのことにホッと安堵する。
「薬屋の女史が材料をお持ちでしたから、それをいただいて魔力回復薬を調合しました」
神父様が指差した書類机の上には薬草の束と、小さな鍋、管が生えた見慣れない器具。そして液体の入ったガラスの小瓶がいくつか並んでいる。
先ほどの薬草の匂いはこれだろうか。
――ん? 調合……?
「私は今日ほど自分に魔力があって、錬金薬を調合できる知識があったことを神に感謝したことはありません」
街の人たちが言っていた。
今でこそ薬屋の偏屈婆という看板を掲げてはいるが、あのばーさんは元々錬金術師で、魔法学校に通って学を修めた才女だと。
錬金薬を調合するためには薬草の知識と魔力の操作を魔法学校で勉強しないといけないのだと。
……それはとても難しいことだと。
「魔力がっていうか調合って……神父様は魔法学校に通ってらしたんですか⁉」
「ええ。教鞭を取っていたこともありますよ」
「神父様は先生もしてたんですか⁉」
そして魔法学校のことは孤児の私でも知っている。
『賢者の卵を育てるための学び舎』
貴族がほとんど見栄のために通う貴族院や、平民が読み書き計算を習う基礎学校とは在り方が根本から異なる。
入学のためには一定量の魔力はもちろん、高い学力が必要とされる試験に合格しなくてはならない。
運よく入学できたとしても卒業までに何度も試験がある。それに合格しなければ次の課程に進めない。進めなければ辞めるしかない。
貴族の特権も商人の財力も協会の慈悲も通じない。通じるのは己の知力と魔力のみ。完全なる実力主義の王立学校。
人さらいに負けず屈せず、四季折々の変態様を単独で返り討ちにし、街のクソガキ共を調伏して子どもカーストの頂点に上り詰めた。
文字通り、実力で生き残ってきた私の理想を詰め込んだかのような楽園。
「そこでアリスのような子たちを何人も見てきました」
「……? 私のような、ですか?」
魔力がある子、ということだろうか?
意図が分からず首を傾げ、キョトンとしてしまう。
「ふふふ。目がとてもキラキラしています。……魔法学校に通ってみる気はありませんか?」
神父様が柔和な笑みと共に紡いだ言葉に、どくん、と心臓が大きく跳ねた。
神父様「初めて魔法学校のことを話したアリスはいい目をしてました」
アリス「夢や希望に満ちてキラキラしてたんですよね」
神父様「いいえ? 強い野心に燃えてギラギラしていましたよ」
アリス「えっ?」
神父様「え?」




