筆記試験(1)
待ちに待った筆記試験は、井戸端で洗われるイモや大根の気持ちを理解するところから始まった。
……意味が分からんって?
夜も明けぬ暗いうちからメイドさんの一団に叩き起こされて、もう何も出ません! ってくらい徹底的に磨かれて、揉まれて、そして飾られたんだよ……。
しかしゲッソリしたのも束の間。鏡に映った私はかつてないほどに輝いていた。
マジで輝いていた。
お肌ぷるっぷる。髪の毛つやっつや。実際、すごいよ。
衣装も今日のはまた一段と凄い。
私の銀髪銀目が映える淡い水色のワンピースはチェスター様が密かに用意してくれていたもの。
一見シンプルなワンピースだが、襟元や裾周りには布地と同じ色の糸で豪華な刺繍が施されている。
たっぷりと布地を使ったスカート部分は布製のペチコートでほどよく膨らませてウエスト脇に縫い込まれた共布のリボンを腰部分でちょうちょ結び。
髪の毛はサイドから複雑に編みこまれ、シンプルなリボンで上品にまとめられたハーフアップ。
仕上げに胸元に黒いリボンをカメオのブローチで留めたら、ハイ上級貴族風令嬢の完成でーす。
……ま、見かけだけね。あくまで『風』。
今回はハーヴィの分も用意してあったようで、そっちは白を基調に水色を差し色に使ったお坊ちゃんスタイルだ。
留守番組の神父様とチェスター様は揃いの服を着た私たちを見て「後顧の憂いなく思う存分戦って来なさい」と良い笑顔で見送ってくれた。本当ブレないな、この一族。
思えばこの時が私たち悪童コンビの今日イチ元気な瞬間だったと思う。
魔力検査の時同様、受付を済ませた私たちは領主様と別れてしばらく経つんだけど、まだ試験会場の大講堂に到着出来ないでいる。
確かにね、魔法学校広いよ。受付から大講堂とやらまでちょっと歩くみたいよ。けどさ、私の足でもそうかからないと思うんだよ。……普通に歩けば。
「あら、王都ではお見かけしない方ね。どちらからいらっしゃったの?」
うわまた来たよ……。
ああ、いいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんは喧嘩売らないなんて信じてた私って本当……。
いざ蓋を開けてみたら釣り堀屋も店をたたむ勢いで入れ食い状態。大漁だよ。
「ハーヴィ……私もう帰りたい……」
「俺ももう帰りたい……」
しかし背後のくすくす笑いを無視するわけにもいかず、私とハーヴィは表情を作って振り返った。今度は高飛車お嬢様とその取り巻き御一行ってところか。
ちなみに今の貴族様語を意訳すると『王都民じゃねーな、どこの田舎から出てきやがった?』である。
……悪く取り過ぎ? 被害妄想?
いやいやいや。言葉じゃなく態度で物言ってるからな、この高飛車。
そんなゴミを見るような目をするくらいならわざわざ話しかけてくんなっていう。
「我々はエリオットから参りましたが。……何か?」
外面もとい愛想のいいハーヴィですら既にこの投げやりな調子。
それもそのはず。私たちは似たようなやり取りをこの短時間でかれこれ十数回繰り返しているのだ。ストレスで頭おかしくなりそう。
……にしても王都のお貴族様ってみんな派手ねぇ。
ビッチ母娘が別格なのだと思っていたが、あいつらが突き抜けていたのはセンスだけだったみたい。
高飛車ご一行たちが身に着けているのもこれまた大きなクリノリンで膨らませた立派な『ドレス』だ。髪型はもちろん装飾品もドレスと釣り合いの取れたものがチョイスされている。
入学試験に来たというよりは、茶会か夜会かに誘われましたの的な装いだ。
こいつらの前に絡んできたお嬢様方も皆似たような格好をしていたし、なんならお坊ちゃんまでもがヒラヒラギラギラな有様。
王都には貴族限定で場違いな盛装じゃないと出歩いちゃいけない法でもあんのか。
あ、クリノリンってのはドレスの裾を膨らませる吊り籠みたいな下着のこと。輪っかにしたクジラの髭なんかを組み合わせて作られてる。
平民でも年ごろの娘さんなんかは『ここぞ』という時の勝負服用に一つは持っている必須オシャレアイテムだが、動きづらくて普段は着れたもんじゃないらしい。
一応年ごろの娘さんに分類されるシスターが言うには「拘束具の一種」だそうだ。コルセットと併せると「拷問器具」だと。
私が身に着けているペチコートもスカートを膨らませるという用途では同じだが、こちらは髭が入っていないのでボリュームが控えめな分、動きやすい。
……というのもね。
ここにはお側仕えという名の介助役がいないのにおトイレもよおしたらどうすんの? 椅子座れるの? っていう切実な事情があるからなんだよ。
「まぁ、エリオットですの? それは遠いところから大変だったでしょう?」
意訳すると『やっぱり田舎モンだったわウケるー』である。なんせ態度で以下略。
いやマジでおトイレどうすんだろ。まず入れないだろ。扉につっかえちゃって。
「いいえ全く。道中も含めとても快適な旅でしたよ。何せ領主のエリオット辺境伯が自ら御用馬車から宿からと細やかに手配してくださいましたので。……な?」
意味深に笑みを深めたハーヴィはチラリと私に視線を寄越す。選手交代の合図だ。
……私も現実逃避してないでお仕事しなきゃ。
「ね! 私もまさか馬車の中でお茶を楽しめるとは思いませんでした。後から空間魔術を用いた旅馬車は王家と辺境伯家しか所有していないと聞いてとても驚きましたし」
今の私たちのセリフを意訳すると『喧嘩を売って来るのは構わんが、俺らの後ろにはエリオット辺境伯が控えてる。覚悟はいいか?』『領主様は王家の次に偉い貴族だけどまさか知らんの?』である。
これまで難癖付けてきたお坊ちゃんお嬢ちゃんは、この時点でそそくさと逃げて行ったが、この高飛車はどう出るかな?
……っていうか私の貴族様語はにわか仕込みの付け焼き刃だけど通じたかな?
「まぁ。エリオット辺境伯は大変お忙しい方だと伺っておりますが、王都へいらっしゃっているのですね。……後で父とご挨拶に伺いますわ」
意訳『ハッ! そんな暇人、恐るるに足りん。後で揶揄いに行ってやる』
高飛車はちょっとカチンときたのか、嫌味たっぷりに言う。うん、通じたっぽいな。
……おっしゃ、かかったッ!
私とハーヴィは領主様が見たらゲンナリするだろう笑みを浮かべる。
さて、いっちょ小馬鹿にしてやりましょうや。
「挨拶であれば控えの間で御父上がなさっておいでではありませんか? ご存じの通り辺境伯は大変お忙しい身です。我々も過分な待遇に恐縮しっぱなしですよ」
意訳『俺たちの引率で学校に来てるけど、お前みたいなカスに割く時間なんてあるわけねーだろ。身の程を知れバーカ』
……こやつ、なかなか辛辣である。小馬鹿どころか盛大に馬鹿にしてる。
それだけ鬱憤が溜まってるってことか。なら援護は任せとけ。私はスッと一歩前に出る。
「本当に、領主様にはいくら感謝してもしきれません。私のような平民の入学を後押ししていただけるなんて夢にも思いませんでした」
私の発言で様子見していた周囲がざわつく。
感心したように見てくるものが一割。「マジかよお前みたいなチビが⁉」とでも言いたげなのが三割弱ってところか。で、残りは……うん、あからさまに侮蔑なそれに変わったな。よしよしよしよし。
高飛車ご一行もニマリと口元を吊り上げたのが扇越しでも分かった。
「ふふふ。可愛らしいお嬢さん。お嬢さんの入学試験はもう少し先ではなくて? 早く戻らないと辺境伯がご心配されてよ?」
意訳『おいチビ。平民は自分の年齢も数えられないのか。ま、仕方ねーよな、平民なんだから。アッハッハ』
私は高飛車を笑顔でいなすと、ポシェットから受験票を取り出し、胸元へ掲げて見せた。
「このようなナリですから勘違いなさるのも無理はありませんが……私はこれでもれっきとした受験者です」
受験票を目にしたマジかよ勢がさらに驚愕する。リアクション芸? 君ら面白いね。
高飛車と侮蔑勢は……変わらんか、やっぱり。
うーん。こいつらが勉強不足なのか、『平民だから』で思考が停止しちゃってるのか。
「いくら『王国の盾』と言えど、所詮は辺境の蛮族。辺境伯ご自身はその『血統』から優れた魔術の使い手であることが王都でも認められておいでですが……それだけでしょう? なにせ魔法学校を卒業したのはその辺境伯が最後ですもの。ようやく辺境から進学希望者が出て来たというから見に来てみれば、平民のご兄妹。それも年齢を偽ってのものだとは。いよいよ『王国の盾』も錆びついてしまったのかしら。よりにもよって浅ましい血統の平民を寄越すほど人材に困窮しているとは。……これではエリオット辺境伯領の特権を差し戻すよう、お父様に進言しなくてはなりませんわね。貴族の娘として」
……もはや意訳は必要なかろう。
高飛車、化けの皮剝がれるの早すぎ。ほんでアウト発言多すぎ。
これは小馬鹿にするどころじゃないわ。
平民と貴族の間に超えられない壁があるように、貴族にとっても序列や階級は絶対。自分たちより格上への根拠なき暴言は比喩でなく万死に値する。
騎士の武器が剣なら貴族の武器は言葉。つまり服従すべき相手に剣を向けてることになる。こういう本人が居ない場でも第三者の目や耳があればアウトだ。
だからハーヴィも表面的には下出に出てるっつーのに。親の躾が足りんなぁ。
本人にウザ絡むくらいなら『上位の余裕』ってやつでギリ許容の範囲内だとしてもよ。
血統がどうのと犬や猫のように扱っちゃダメだろう。
さも魔力だけの能無しのように言うが、領主としての手腕もなかなかのモンだろうよ。隣国に目を光らせつつ、『領地なし』をいなしつつ、領地の経営してんだから。
領主様に対しては妙に辛口なあのアルフレッドさんでさえ、その手腕には一目置いてるみたいだしさ。
トドメに『特権』の行使までチラつかせちゃってまぁ。
役満というかもはや墓穴。完全に『詰み』だわ。高飛車本人だけじゃなく一族郎党の首まで差し出す悪手だというのに、それすら気づいてないときたか……。
明日もその派手でケバいドレス着れる身分だといいね。私しーらないっと。
しかしヴィアーノさんの言う本末転倒思想は根深そうだ。あの物凄い勢いで愚痴ってた『血統こそ魔力の証明』ってやつ。
現に外野でも高飛車の発言に青い顔や苦い顔してるのは感心勢と驚愕勢だけで、侮蔑勢はなんとも思ってなさそうだもの。
なるほどね、これが王都の『デフォ』か。そりゃあんな勘違い草案も出てくるわけだ。……それにしても、辺境の蛮族ねぇ。
「私と彼女が兄妹? ご冗談を。それは彼女に対して失礼ですね。私と彼女では格が違い過ぎます。……ご存じかとは思いますが。高い魔力を持って生まれた子どもはどうしても成長が遅れがちになるのです。彼女は見た目こそ幼くありますが、その実力は辺境伯からお墨付きを貰えるほどですよ。その証拠に先日の魔力検査では師団の魔術師部隊に入隊できるほどの数値を叩き出しておりましたので」
意訳『コイツと兄妹なんて冗談じゃない。俺はバケモノじゃねぇ。知らないようだから教えてやるが、高い魔力を持って生まれる奴ほど幼く見えるんだよ。常識だろ。見かけに騙されてやんのバカが見るブタのケツ。しかもコイツ辺境伯から直接指導されるくらいヤベー奴なの。お前ら雑魚とは次元が違うの。理解した?』
ってところか。てめぇまた泣かすぞ。
あからさまに上から目線な物言いだが、しかし、高飛車は怯まない。
「ふふっ……アーッハッハッハッハッハ! ……あらいやだわ私ったらはしたない。お許しくださいませね。だって、あまりに可笑しなことをおっしゃるんですもの。平民の子が魔術師部隊に入隊できるほどの魔力をお持ちになっている? 冗談もほどほどになさってくださいな。わたくしたち貴い血族ならばともかく、雑種の如き平民が持っているだなんてありえませんわ」
「あら、彼のおっしゃっていることは紛れもない事実でしてよ」
高飛車に堂々と否を突きつけた声の主へ、私たちの視線が集中する。
緩いウェーブの艶やかな黒髪を私と同じようにハーフアップにした本物のご令嬢。
ウォーディントン公爵様の娘さんことリーゼベルトちゃん、そしてその背後にはウォーディントン公爵様と領主様の三人が実に悪い顔をして立っていた。
……一体、いつの間に⁉




