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ヒロインですが放っておいてください。  作者: 樹りょう
第一章 救国のアリス
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筆記試験(2)

「リーゼちゃん⁉」


 友人と保護者二人の登場に驚く私を知ってか知らずか、優雅に微笑んだリーゼちゃんは、ととっと私へと走り寄って手をぎゅっと握った。


「お久しぶりですわ。アリスさん、ハーヴィさん! ……災難でしたわね」

「こちらこそ、久しぶり! ……ところで後ろの二人って」

「……タチの悪い輩が見えましたので、念のためお呼びしました」

「……わーん、ありがとー! 心の友よー!」


 久しぶりの挨拶以外は全部小声だ。

 まぁ、周りのギャラリーたちは急に現れた……ように見える保護者二人に気を取られているので、私たちがヒソヒソしてるのにも気づいてなさそうだけど。


「……あの人たち、いつからあそこに居たんです?」


 ハーヴィも同じく小声でしゃべる。

 リーゼちゃんは小首をかしげて小さく笑うと、「アリスさんたちが絡まれたところからですわ」と答えてくれた。最初からおったんかい。

 …………むぅ。本気で認識阻害の魔術使っていやがったな。全然気づかなかった。


「……それにしても。見てよ、アレ」

「……堂々とし過ぎだろ。自分たちが何言ったか分かってねーのか?」

「……盗人猛々しいとはこの事ですわね」


 手前から私たち、高飛車、保護者二人という立ち位置なので、保護者側に向き直った高飛車御一行の表情は見えない。

 見えないが、御一行は実に堂々と領主様と対峙している。

 この場面だけ切り取って見れば大人とも対等に渡り合う頼もしいお貴族様そのものだけど……。

 こうなった経緯が経緯だけに、よほど面の皮が厚いか、とんでもない暴言を吐いたことに気付けないおバカのどちらかにしか見えないっていう。


「一部始終は見させてもらった。……お前は確か、ミンスター侯爵家の長女だったな」

「ええ、長女のオリヴィエと申します」


 悪い顔をした領主様に臆することなく名乗る胆力は評価しよう。

 けれど……。


「……アレはナシじゃない?」


 高飛車は名乗りはしたが、礼をしていない。

 平民でも自分より目上の人への挨拶には礼を欠かしてはいけない。身分が上ならもってのほかだ。

 高飛車の家が侯爵家なら階級が二つも上の領主様に礼をしないなんてありえない。


「……ぶっちゃけ、アイツどころか今まで絡んで来た連中全員がナシなんだけどな」


 ハーヴィは心底小馬鹿にした声で吐き捨てるように呟いた。


「……そうなの?」

「……格上相手には向こうから名を問われないと口開いちゃいけないんだよ。本当はな」

「……私たち名前聞かれてないのにガンガンしゃべってたね?」


 言われてみれば、何処から来たのかは聞かれても、お前は誰だとは聞かれていないな?

 うん? じゃあ本当ならニコニコ沈黙が正解だったの?


「……質問形式で話しかけられてたからな。周りからはオレたちが臨機応変な対応ってやつで相手に恥をかかせないよう気を配ったように見えてたと思うぜ」

「……ハーヴィさんのおっしゃる通りですわ。礼儀は何も下位から上位へのものだけではありません。上位には上位に相応しい礼儀がありますもの。いくら社交の場ではないにせよ、相応の礼節を持って対応するのが筋ですわ。それどころか下位の者に気を遣わせるなど。本来あってはならない失態です」


 リーゼちゃんもうんうんと頷く。

 眉間に皺が寄ってるあたり、これ相当腹に据えかねてるね。


「……名を問う行為がそれな。ようは『何処の誰か認識するから発言していいぞ』ってこと」

「……へぇー。あ、じゃあ知らない者同士の時はどーすんの? どっちが上か下か分かんないじゃん」

「……そういう時は相手を知ってる奴に仲介を頼むんだよ。そもそも知らない奴にいきなり声掛ける事自体、重大なマナー違反だからな。一見様お断りって言や分かるだろ。一方的に知ってる場合はニッコリ笑って会釈が正解。って、新参の大貴族でも知ってる社交界の基本作法なんだけどなぁ」

「……貴族の仮装をした平民なのでしょう。なら知らなくても何の問題もありませんわ」


 おっと平民扱いまで下がりますか。

 まぁその平民から見ても「礼儀? 常識? そんなものは知らん!」と言われたほうが納得するくらいだもん。

 そもそもさ、平民でも口酸っぱく言われるんだよ。「知らない奴に話しかけるな」「誰彼構わず喧嘩売るな」って。理由はもちろん、危ないから。

 貴族の子女が言われてないはずがないよね。常識的に考えて。ありえないでしょ。


「……お、領主様が動くみたいだぞ」


 ハーヴィに言われてそちらに視線を向ければ、腕を組んで仁王立ちしている領主様が目に入る。

 悪童コンビにとっては見慣れたお説教のポーズである。

 冷気が出ていないので本気で怒ってはいなさそうだけど。……それとも、怒る価値もないと判断したか。

 ああ見えて礼儀作法に煩い人だからね。立場が立場で父親が父親だし。


「さて、オリヴィエ=ミンスター。聞きたいこと言いたいことは山とあるが、まず一つ。淑女の礼はどうした。屋敷に忘れて来たか?」


 やっぱそこから攻めますよねー。

 対して、問い詰められた高飛車は小さく笑った。…………笑った⁉


「忘れてなどございませんわ。どうしてミンスター家の長女であり長子であるわたくしが、辺境の蛮族ごときに首を垂れなければなりませんの?」


 えっ。領主様相手にも辺境の蛮族って言っちゃう? ウソでしょ? 一家心中する気?

 高飛車の高飛車の域を超えた言動に周囲が一気にざわつく。

 ……ただし、一部を除いて。


「……気のせいかな。高飛車の暴言が『当然だ』とでも言いたげな奴らが目に入るんだけど。辺境の蛮族って暴言だよね?」


 そこら中でヒラヒラギラギラしてるお前ら。なに一斉にうんうん頷いてんだよ。


「……不安になるのもわかる。オレも二重の意味で気のせいだと思いたい」

「……さすがに子どもの失言では済まされませんわね。彼女たちはもちろん彼らも。ただでさえ目立つ格好をしているというのに、安易に同意などして。バカなことを……」


 戦場でもないのに服装で勢力図が分かるというのも面白い話だ。

 侮蔑勢は皆ヒラヒラギラギラしているので嫌でも視界に入る。

 リーゼちゃんの言うとおり、あの時お前も同意してたよな? と追って沙汰でも下されたらどうすんの。

 その人、とーちゃんかーちゃんが手ついて謝ったくらいで許す人じゃないよ?

 私この目で見たもん。城の執務室でアルフレッドさん共々高笑いしながら爵位剥奪の書類に物凄い勢いでサインする姿。……アレはちょっと引いたわ。


「ほう。辺境の蛮族か。面白いことを言う。念のため確認しておくが、私が誰だか知っていての発言だな?」

「当然ですわ、エリオット辺境伯。『王族の紛い物アレン様』でしょう?」


 領主様の目がスッと細められる。

 ……背筋がゾッとしたのはなんでだろうね。知りたくないね。

 隣のハーヴィも腕をさすってるあたり、この悪寒は気のせいじゃないね。怖いね。


「『王族の紛い物』か。随分と懐かしい呼び名だな。父から聞いたか」

「ええ。辺境伯など、野蛮に剣を振るうだけの蛮族だと。そのような相手に尽くす礼などございまして?」


 高飛車は広げていた羽扇をパチンと畳むと、それでビッと領主様を指す。


「そもそも、他領など所詮蛮族の集まりに過ぎません。首を垂れろ? 首を垂れるのは卑しい血筋の蛮族の方ではなくって⁉ 恥を知りなさい‼」


 高飛車の決定打とも言える発言に、あれほどざわついていた場が一瞬にして静まり返った。

 代わりに場に満ちたのは……怒りの気配だ。

 こいつ、領主様だけじゃなく他領にも喧嘩売りやがった‼


「……気のせいか。今この場で斬り捨てられても文句言えないレベルの暴言を聞いたような気がするんだが」

「……家のお取り潰し程度じゃ済まないよね、コレ。つか何様だよあの女」

「……歴史に名を遺すおバカ様ですわ。ええ、近年稀に見るとんでもないおバカ様です。この国のためにも決して穏便に済ませてはなりません」


 今にも魔力が暴走しそうなリーゼちゃんだが、私とハーヴィも割とギリギリなところで理性を保っている。

 もちろん、周囲だって例外じゃない。

 平然としているのは侮蔑勢だけで、そこら中から威圧に似た、怒りと殺気の乗った魔力が垂れ流されている。

 神父様。村のガキ大将より質が悪いと言い放ったあなたの気持ちがよぉぉぉっく分かりました。

 当の高飛車は言うてやったと言わんばかりに胸を張ってふんぞり返り、取り巻き連中は「さすがオリヴィエ様ですわ」「わたくし胸がスッといたしました」等とヨイショしている。空気読めや。お前ら。


「辺境伯。私も少々口を挟ませてもらってもよろしいかな」


 悪い顔から一転、無表情に妙な凄味が加わったウォーディントン公爵様が領主様に声を掛けた。

 領主様はスッと会釈して一歩後ろに下がり、場を譲る。

 公爵様はぐるりと周囲を見渡すと、重々しく口を開いた。


「この中でオリヴィエ=ミンスターの意見が『正しい』と思う者は彼女の周囲に集まりなさい」


 公爵様の掛け声で様子見していた周囲がきっかり二つに別れた。

 私には『まとめて処分してやるから前へ出ろ』って聞こえたんだけど、ヒラヒラギラギラには言葉通りにしか聞こえなかったらしい。

 高飛車の方に集まったのはヒラヒラギラギラの侮蔑勢が。

 自然、その他は私たち――正確にはリーゼちゃんの後ろの辺りに集まる。


「……先日ぶりです、リーゼ嬢。大変なことになりましたね」


 そのうちのひとり、メガネをかけた金髪碧眼の男の子がリーゼちゃんに声を掛けた。


「……あなた、どうしてこちらに?」

「……いつもの無茶ぶりですよ。今日は御父上の方からですが」

「……まぁ。腰巾着も楽ではありませんわね。そのうち穴が開きますわよ」

「……父巾着は穴が開いたそうですよ。胃に。錬金術部隊の特製胃薬で即日復帰させられてましたが」

「……それは……なんというか……可能な限りご自愛くださいとお伝えくださいまし」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 身なりからして男の子も上位の貴族なのは間違いないが、腰巾着? 誰の? つか胃に穴⁉

 こちらに気付いた男の子は私たちにニコリと笑いかける。


「……こういう状況ですので、私の事はひとまず『腰巾着』もしくは『メガネ』とお呼びください」


 いやいやいやいやいや。と言おうとしたところで公爵様が口を開いた。

 無表情なのが逆に怖いんですけど。


「大変結構。オリヴィエ=ミンスター及び賛同者の諸君。君たちの家は今、他ならぬ君たち自身の手によってその歴史に終止符を打たれた」


 公爵様の『お取り潰し』確定宣告に、高飛車達は「何様ですの⁉」「蛮族のくせに‼」「父を通して奏上せねば‼」と一斉に抗議の声を上げる。


「っとにフリでも反省しとけっての。あいつら王都の貴族だよね? その程度の判断も出来ないわけ?」

「辺境の蛮族でも空気読んでとりあえずごめんなさいは出来るわな」


 私に次いでハーヴィも声を潜めず話し出す。

 というか、高飛車たちがキャンキャンやかましいのでこの距離でも小声じゃ会話にならん。


 これだけ大勢の前で格上相手にとんでもない暴言吐いちゃった、賛同しちゃった手前、もうどうやったって厳罰からは逃れられない。

 なら今は少しでも刑罰を軽くするために立ちまわる場面だろうに。抗議という名の逆ギレで自分たちの退路塞いでどーすんの。

 反省の色なし、つまり情状酌量の余地なしってことだぞ。


「あー……大変お恥ずかしい話ですが、親子揃ってまともに茶会もこなせないアホにそういった判断は難しいかと」

「えっと、『メガネ』様? それ、冗談ですよね?」

「ハーヴィさん。残念ながら事実ですわ。彼女らにとっての茶会とは『お茶を片手に胸糞悪い自慢話を披露する会』ですもの。こちらが胸を悪くしようが機嫌を損ねようがおかまいなし。……空気は胸いっぱい吸うもののようですから」


 茶会には完全身内だけで行うものと交流を目的としたものの二種類ある。

 前者は私と領主様が行ったような雑談しながらお茶飲む集まり。

 後者は人脈や情報網を作るためのお仕事的な集まり。メガネ様とリーゼちゃんの言う茶会はたぶんこっちかな。

 そんな重要な集まりで胸が悪くなるような自慢話大会やってりゃまともな人ほど疎遠になるし、寄って来るのは同類ばかり。

 高飛車の周りにヒラヒラギラギラが集まったのにはそういう理由があるわけね。なるほど、理解しとうない。

 しかしご令息ご令嬢の口から「アホ」だの「胸糞悪い」だのと直接的な単語が出てくるってことは……よっぽどか。

 

「アホだアホだと思ってはいたが。ここまで粒ぞろいのアホだと状況を理解させるのも一苦労だな。……どうする。もうこのまま連行させるか?」


 ふかーいため息をついた公爵様までアホ言うた。しかも連呼した。

 その顔には『アホの相手しなくてよくね?』と書いてある。諦めたな。

 話を振られた領主様は私たちをチラリと見てニヤッと笑う。

 あ……嫌な予感がする……。


「どうせならもう少しおちょ……言い分を聞いてからでも遅くはないでしょう。幸い、うってつけの人物がこの場におります」


 おま、今、おちょくってからって言いかけたな⁉


「アリス、ハーヴィ。ちょっと来い」


 領主様は指でちょいちょいと手招きする。

 リーゼちゃんは私の、メガネ様はハーヴィの肩をポンと叩いた。

 背後からは「がんばれ」と同情の声が送られる。


「ハーヴィ……私もう帰りたい……」

「オレももう帰りたい……」


 おそらくというか、ほぼ間違いなく、私たちを使って何かするつもりなんだろうけど……。

 使われる身にもなってみろよ⁉


「領主様、この様子じゃ何言っても無駄じゃないですか?」


 ご指名を受けて領主様のお側に侍った私とハーヴィは、高飛車たちの視線という針の筵に立たされている。

 高飛車はもちろん、ヒラヒラギラギラの誰も彼もが人を殺す勢いで睨みつけては罵詈雑言をぶつけて来る。

 いやもうこれ何言っても無駄でしょ。完全にご立腹だもの。


「お前もそう思うか」


 いや、そう思うかってアンタね……。

 ただでさえこいつらの『常識』では私たちは問答無用で見下す対象になってるんでしょ。

 しかも国の二番目と三番目に偉い相手に面と向かって蛮族と罵るほど価値観が固定化されてたらいくら正論を説いたところで平行線。

 さらにご立腹となけなしの理性を失った状態であれば話も何も出来たもんじゃなかろ…………あ。


「そういう事ですか」


 ハーヴィも気づいたのか、緊張と困惑から一転、心底ウンザリとした表情に変わる。

 ニヤリと笑った領主様は「そういう事だ」と肯定した。


 宿屋の裏でぱんつ洗ってたのはどうやら騎士様じゃなくて魔王様だったらしい。

 この男、いよいよ子ども相手にも容赦をしないことに決めたようだ。

 チラリと公爵様を盗み見れば、領主様のやろうとしてる事をくみ取ったのか非常にイイ笑顔で立っていた。

 さしずめ私たちは魔王とその腹心、手下AとBってところかな?

 ……やめろ、帰らせてくれ‼

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