王都の実情
ポットのお茶が四回ほど新しくなったところで、領主様のお祖父さんで神父様のお父さんのチェスター様がひょっこり顔を出した。
領主様の代理で王宮に勤めているチェスター様までもが「私も時々絡まれるよ」と太鼓判を押した辺りでいよいよ私の頭痛は最高潮を迎える羽目に……。
この爺さんが教えてくれた『王宮の実際のところ』は……なんというか、想像以上だった。
もちろん悪い意味で想像以上。
もうさ、王都の貴族ほとんどいらなくない?
というのも、国政の大部分は国王陛下とその側近様方を筆頭に、ごく一部の正気を保った貴族とその部下の職業文官、つまり平民で何とかしているのが本気の実情だそうだ。
ヴィアーノさんの言った『最後の砦』がそれで、何番目かの弟さんが養子に入った先もそこ。
弟さんの養子縁組も特例中の特例だったって言うんだから、どんだけギリギリカツカツかって話だ。ははっ笑えねー。
こう、雪に覆われた道だと思ったら実は崖にせり出した凍った雪でした。ちょっとでも変な力を加えたら雪が割れて落下します。という状況に気付いた、みたいな怖さがある。
……よく大した混乱もなく国が回ってたね。逆にすごいね。陛下たち。
領主様の言う数少ない合格者はこの人たちだってさ。ビッチ婦人のエリオットでの所業も既に共有済みだとか。
じゃ、どうしてそんなんなるまで放置したのさ? という私とハーヴィの問いにはヴィアーノさんが答えてくれた。
『王都の貴族』の本来の役目は、各領の意見を聞いて中立的な立場と判断で国政に反映させること。
領主様たちが中央の腐敗に気付きつつも今まで直接切り込めなかったのは『王都の貴族』でなければ国政には関われないという法があるからだそうだ。
この関われないには、国政に携わる人間、つまり『王都の貴族』も含まれてる。
手出しが出来ないわけだよね。下手すりゃ国家転覆罪で領主様たちがしょっぴかれるんだもん。
それに胡坐をかいてるうちに権力だけが独り歩きを始めちゃったと。
……そりゃ子爵のような下っ端が新興派だなんだと徒党を組んで悪さに精を出すわけだよ。
上位貴族が率先して悪い手本となって、その上が諫めようにもそいつらが実質放棄、いっそ完全に放棄してくれた方がマシな義務をこなすので手一杯。
他領が手や口出そうにもそれはそれで越権行為とみなされてアウト。
神父様の「聖域ゆえの腐敗ですよ」に一同揃って苦い顔だ。
かといって、役立たず共から権力というオモチャを取り上げようにも、オモチャが大きすぎてイマイチ大義名分に欠ける。
んなもん所詮体裁だろと言うなかれ。体裁って大事よ?
旦那さんの浮気を暴いたおばちゃんは粛々と調査をし、三行半を突き付ける時は町長さんという第三者を立ち会わせていた。
どこかでヒステリックに喚き散らしていたら「そら他の女に逃げるわ」と周囲の心象は旦那さん寄りに大きく傾いて、肩身の狭い思いをするのはおばちゃんの方だっただろう。
同じように……語るのも我ながらどうかと思うんだけど、相応の理由も証拠もなく、ただ「役立たずだから」と身分や財産を剥奪するのはただの暴君だ。
やれご乱心だ横暴だと反撃の隙を与えてしまう。この隙を与えないための体裁だ。
今のところそこまで大々的にやらかしたのは例の子爵家くらいで、そこからどれだけ芋づるできるかが上の密かな争点となっているらしい。
そこでハーヴィが商人たちから集めた話だ。
貴族による市井での横暴を聞いたチェスター様はこれまたわっるい顔をしていたので、なかなか有用な情報なんだろう。
爺さんは「商人は信用第一。口が堅いからこそ、今まで明るみに出なかったんだろうね。お手柄だよハーヴィくん!」と妙にウキウキしていた。が。
相手が相手なだけに下手に口に出せなかったからじゃ……?
うっかりポロリからの『不審死』って、平民には割と身近な恐怖よ……?
チラっとでも貴族臭感じたらとたんに貝になるよ……?
話を聞きだした本人も微妙な顔をしていたので、これは私の推測の方が正しいな。あいつ王都では知った顔がいないとばかりに久々の平民ライフ満喫してたから。
話をしてくれた商人たちもハーヴィが貴族の子息だとは思ってなかったに違いない。
世代間のズレならぬ身分間のズレかな。認識の。
……情報収取の真相はともかくとして、だ。
平民相手にも容赦なくお前様何様お貴族様っぷりを遺憾なく発揮していると分かればこっちのもんだ。
身分に劣る私たち悪童コンビが並んで歩いてりゃお客様には苦労しないだろうよ。
平民への実害にばかり目が行きがちだが『領地なし』に泣かされてるのは領主様とて同じ。
明言こそしないけど地方の『領地なし』があそこまで活発になってるのって、王都の惨状と無関係じゃないだろうし。見せしめとばかりに徹底的に処すに違いない。
国政を理由にブン殴るわけにはいかないが、民のためなら正々堂々とブン殴れる。
王都にはびこる『領地なし』掃討戦……いや、殲滅戦? の始まりというわけだ。あー怖い怖い。
ただ、王都の貴族の在り方に危機感を覚えているのがうちだけじゃないのは不幸中の幸いだろう。
ヴィアーノさんが言うには、それぞれの領がそれぞれのやり方で『王都の貴族』に対抗すべく水面下で動き始めてるんだってさ。
他領にとっても他人事じゃないだろうしなぁ。
ある意味治外法権なエリオットと違って、他は中央が乱れたらモロだもん。
特に例のありえない増税案がノンストップで可決されるようになれば一番割を食うのは他領だ。なんせ一度決まれば否とは言えないんだから。
タイミング的に明日がその前哨戦の場になるだろうから気合入れてけ。という領主様の激励をもって作戦会議は終了した。
「アリスちゃーん、ちょっと待ってー」
作戦会議が終わってそれぞれが自室へと戻る途中、私はヴィアーノさんに呼び止められた。
ヴィアーノさんは腰のポーチから茶色いガラスの小瓶を取り出し、私に差し出す。
「……これ?」
「あげる。カドレの領地で採れる花の精油なんだけどね。湯舟にちょっと垂らして使ってみて。とってもいい香りでリラックスできると思うよ」
小瓶の蓋を外した途端、ふわっと華やかで甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「わぁすごくいい香り! ありがとうございます!」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。じゃ、部屋まで送ろうか。……お手をどうぞレディ」
「ふふっお願いしま……うわっちょっ⁉」
物語の騎士様よろしく、私へと手を差し出したヴィアーノさんは、そのまま私を抱き上げた。
エリオットの別邸は広い。周りの貴族のお屋敷と比べても頭一つ抜けて広い。というか、規模がデカい。
そのため、大変誠に不本意ながら神父様や領主様と屋敷の中を移動する時は彼らに『抱っこ』してもらって移動する。
身体のサイズが実年齢に追いついていないのは事実なので「お前に合わせてたら日が暮れる」と言われたら舌打ちしつつも従うしかないんだけどさ。
なので『抱っこ』自体は慣れたもんだが、知り合って数日の男性に抱き上げられたら流石にビックリするわ。
しかもあんな優雅な『抱っこします』は騙し討ちにも程がある。領主様なんか後ろからひょいーとかだぞ。猫じゃねぇよと。
「あはは、ゴメンね。実はアレンがアリスちゃん抱っこしてるの見て羨ましいなーってずっと思ってたんだよねぇ」
「羨ましいって……」
ヴィアーノさんは申し訳なさの欠片もなく笑うと、ゆっくりと歩き始めた。
「うち十人兄弟なんだけど、見事に男ばっかりでさぁ」
「十人⁉ しかも男ばっかりって……うわぁ……」
ふと街の悪ガキ兄弟連合軍とそれを追っかける肝っ玉母ちゃんズの姿が脳裏をよぎる。
貴族の子息がんなこたないとは思うが、それでも男ばかりが十人ずらっと並んだらさぞかしむさ……壮観だろう。
「母上も娘が欲しかったみたいなんだけどね。一番目は三つ子、二番目はボクら双子、三番目も双子、とどめの三つ子と男ばっかり十人はさすがに心が折れたみたい」
「それは……むしろよく頑張ったなと……」
「もう意地か執念だよねぇ。だからかな、ボクらもずっと妹が欲しくって。妹がいたらあれしてやりたい、これしてやりたいってよく兄弟で話してたよ」
「抱っこもその一環ですか?」
「一番人気だったね。誰が一番優雅に抱っこするか競ってた。……アリスちゃん見てたらその時のこと思い出しちゃって」
極度のビビリが全て台無しにしてしまってるけど、ヴィアーノさんは十分美形だ。領主様と並んで立ってても遜色がない。
しかも男臭いタイプではないので少年の頃はさぞかし可愛らしい子だったことだろう。
そんなちっちゃいのが大小十人集まってあーでもないこーでもないと。
…………控えめに言って、めちゃくちゃ可愛い光景じゃないか? うっわなにそれ超見たいすごく見たい!
「なんか、ごめんね」
ヴィアーノさんは、私を抱っこする腕の力を強めた。
「へ?」
「本当はボクらだけでなんとかしなきゃいけない問題なのに。……君たちを巻き込んじゃって」
「あ、そういう……」
いきなり謝ってくるからビックリしたよ。
ヴィアーノさんって意外と責任感が強いタイプなんだ。
私にとっても他人事じゃないし、乗り掛かった舟だし、気に病まなくてもいいんだけどなぁ。
「そこまで気にしなくて大丈夫ですよ。『領地なし』を直接殴り飛ばせるまたとない機会ですもん」
「……イイ笑顔で物騒なこと言うね」
「性分ですから。私にしか出来ないことならいっそ名誉ですね。土産話に箔が付きます!」
「箔」
「むしろここで尻込みしたら『このヘタレ!』とか『そんなヘタレに育てた覚えはない!』って街のみんなに怒られますよ」
カーティスの教育方針は『どうせ泣くならコテンパンにやられてから泣け』だ。
やって後悔するのも、やらずに後悔するのも大差ない。なら思いっきり暴れてやる。お墨付きもらったし。
と、意気込みのほどを伝えたら、ヴィアーノさんは何故か爆笑し始めた。
ちょっ腕、ちから強……痛い……。
「……笑うとこありました?」
「ごめっ……ごめん。…………いや、エリオット怖いって改めて思っただけ」
怖いと涙が出るほど笑うんかい。絶対意味合い違うだろ。
「ソーデスカ。ま、そーゆーわけです。多分ハーヴィも似たようなもんだと思いますよ」
「ハーヴィくんは貴族としても関わらなきゃいけないもんねぇ。……ボクも頑張ってみようかなぁ」
「え? ビビリなのに?」
「アリスちゃん、結構えぐること言うね。ボクだってやる時はやる男だよ?」
ぷっすーと膨らませた頬を指で突っつく。
私に突っつかれたままヴィアーノさんは拗ねたように呟いた。
「……確かにビビリだけど、ヘタレじゃないもん」
完全に拗ねた子どものような言い分に、今度は私が爆笑した。




