貴族の質
ヴィアーノさんが家庭教師に来てから三日目。明日はいよいよ筆記試験だ。
例のごとく、夕食後にいつもの応接室に呼ばれた私たちは領主様と神父様の二人と対面中。
私たちってのは私とハーヴィ、そして……ヴィアーノさん。
あれから「やだまだ帰りたくないここに居る」とさんざん駄々をこねたヴィアーノさんは泊まり込みで家庭教師をしている、ということになっている。
……何のんきに私たちと三食昼寝付きの生活満喫してんだよ。「うららかな春の陽気に誘われちゃって」じゃねーよ。仕事しろ。
「さて、作戦会議始めるぞー」
お茶の準備を終えたメイドさんが退出すると、いつものように領主様が話の口火を切った。
対し、私たちの反応は冷ややかだ。
「ふぁくへんふぁいぎて」
「えー、ただの筆記試験ですよね?」
「いいから聞け。あとアリスは口の中のもの飲み込んでからしゃべれ。行儀が悪い」
魔力検査の時はビッチ婦人という見える地雷があったから作戦会議をした理由も分かる。だが奴はもういない。
それともあんなのが他にもいるの? おらんやろー。……いないよね?
お屋敷の料理長特製マドレーヌをもっちゃもっちゃと咀嚼し終えた私は紅茶を一口飲んだ。
緊張感のかけらもない私たちに領主様は呆れ顔だ。
「明日は筆記試験だが、注意事項がある」
「大人しくしまーす」
「極力しゃべりませーん」
「だから話を聞けと……」
耳にタコだと言わんばかりの私たちに領主様はガックリと項垂れ……たかと思えば、真面目な顔をして話を続ける。
「いいか、他領の……特に王都のガキから喧嘩を売られたら全力で買え。俺や父上の名を出して構わん。舌戦はもちろん物理も防衛時に限って解禁だ。ただし、先手は撃つなよ」
「いいんですか⁉」
「マジで⁉」
「ああ許可する」
今までの行動方針からガラリと変わったそれに私とハーヴィの目がギラつく。
チラリと領主様の隣を見れば、神父様もニコニコと肯定しているので聞き間違いじゃなさそうだけど……。
「……理由を聞いても?」
行動方針の急転換はもちろんだけど領主様や神父様の名前を出してもいいってのが何か臭い。
もし私が貴族の子女を殴ったとしてもその責任の全てを負いますよってことだから。
こんなん、裏がないわけないじゃなーい。
「子爵家について、貴族共の反応は知ってるな?」
「渡る貴族はアホばかり」
「無駄飯ぐらいの穀潰し」
「その通りだ」
私とハーヴィの忌憚なき意見に領主様が深く頷き、神父様は「正しい認識です」とニコニコし、なぜか隣のヴィアーノさんはこめかみをぐりぐりする。
「……ねぇ、キミたちいつもこんな感じなの?」
「そうだが?」
「ですよ?」
「何か変ですか?」
「疑問に思ったボクがバカだった。……話を続けてどうぞ」
三人でキョトンと首を傾げると、ヴィアーノさんがため息をついて続きを促した。
「王宮での噂の内容はヴィリーノから聞いてるな?」
「はい。ただの脱税話になってるって」
「上手いことすり替わってますよね」
危ない香は舶来品の密輸、関所破りは通行税の脱税にそれぞれすり替わっていた。
話の主軸は真相通りなので全く違和感がないし、毒殺の件も違いは下手人くらいで偽装工作には違いない。
どっかりと腰を下ろしたソファから少し身を乗り出した領主様は、まるで悪巧みが成功した悪人のごとくほくそ笑む。
「お褒めに与り光栄だな。……あの噂を流したのは俺だ」
「えっちょっ」
「どうしてですか⁉」
「市井を混乱させないためというのはもちろんだが、反応を見たかったんだよ。王都の貴族のな」
……通りで。ありのまま流れたにしては不自然なくらい『ありそうな話』へと変わってた理由はそれか。
これじゃいくらエスカーダの間諜が『真実』を吹聴しようが、子爵家のポンコツっぷりが仇となって奸計話よりも脱税話の方が信憑性が高くなる。
噂のすり替えというか、上書きって言えばいいのかな。……勉強になるわ。
だからといってお貴族様たちが噂を鵜吞みにしていい理由にはならんがな。噂を確信するにはそれなりの根拠が必要なんだから。
知らないうちに情報収集能力と思考力の両方を試されたわけだ。ご愁傷様。
「となれば王都の貴族は落第ですか?」
ハーヴィの問いに、領主様は表情を硬くした。
「合格者の方が少ないくらいだな。ここ数日、父上にも探ってもらっていたが、貴族の質が劣化している。……正直、『王国の盾』としては看過できん惨状だ」
……劣化に惨状て。
ヴィアーノさんが時々ぽろっと漏らす愚痴からある程度察してはいたけどさぁ……。改めて言葉にされると複雑なものがあるなぁ。
王都にはヴィアーノさんのように王宮に勤めている他領の貴族も結構いるので注釈を入れておくと、私たちの言う『王都の貴族』とは『レッドフォード領の貴族』を指している。
錬金術部隊をやたらディスってるのもこいつらだね。
王都ことレッドフォード領は領地の全てが領主、つまり王族の直轄地だ。
エリオットで言うところのマクスウェル伯爵家のような委託管理はされていない。委託が必要なほど広くもないし。
じゃなんのために少なくない数の貴族がいるのかっつーと、国を動かすためだ。
だからこそ領主様が頭を抱える理由もよく分かる。
有事の際は子爵なんて比じゃない量の情報が錯綜するだろうし、あの程度の噂に踊らされる奴が的確な判断を下したり、要所で行動出来るとは到底思えない。
まして自分たちのお膝元での事件でこのざまだもん……。
活入れちゃろうにも蹴り落とそうにもなまじ権力を持ってる分厄介な集団、ってところかな。領主様的には。
いくら身分では領主様の方が上とはいえ、下手に他領の貴族に喧嘩売って回ればこちらが『特権濫用罪』で悪者になってしまうから。
……ところでハーヴィさんや。なんでキミも頭を抱えてるんだい。
「やっぱりそうですか……」
「何か、思い当たる節でもあるのか?」
「はい。時々おじさんに街へ連れて行ってもらってましたよね。その時目にした貴族や使用人たちが皆、商人に対して横柄な態度だったのが気になって……」
「ほう?」
「……へぇ?」
貴族ってそういうもんじゃないの? と口から出かかったが、領主様とヴィアーノさんのやたら剣呑とした空気に思わずゴクンとする。
……それによく考えたら二人とも貴族だったわ。
この人たちと関わる前は貴族と言えば『領地なし』だったし、どうしても貴族=歩く天災な印象が抜けきらないな。
「俺だって見習いとはいえ行商人です。これでもエリオットの領内なら行ったことのない地域はありません。大抵は街や村に荷を降ろしてすぐ次へと向かいますが、たまに貴族の方々と直に接する機会もありました。そして驚いたんです。身分の高い方であればあるほど、俺たちに対して親切……というか、丁寧なんです。対応が。なのに『領地なし』の連中は酷いもんで、街の店を通さず直に屋敷へ荷を届けろだとか、宝飾品や舶来品を取り扱えとか、無理に取り寄せさせた他領産の品物が高いから差額は支払わないとか、無茶しか言わないんです。身分の高低を考えたら普通逆ですよね。けど親方や兄弟子たちは『そういうもんだ』ってそれが当たり前のようでした」
「よし後でそいつらの家名を教えろ。……で?」
そういえば行商のお兄ちゃんや町長さんも似たようなこと言ってたような……?
「王都で見た貴族や使用人たちもその『領地なし』と似たような感じだったんです。身なりやお仕着せを見る限り少なくとも伯爵家以上でしょうか。商人に話を聞いてみたところ、無茶ぶりや難癖つけは日常茶飯事みたいで。中には恐喝に近い取引を強要されているところもあるそうです。だから質が劣化してると聞いて、やっぱりなと。……わざわざ出向いてくる貴族は目立ちたがりの物好きくらいでしょうから、実際にはもっとえげつないやり取りがされてるはずです。悔しいですが、いくらいなすのも腕のうちだと言われても上位の貴族相手じゃ腕も口も出せません。かといって、取引をやめようにも一家で首を吊る覚悟が要ります。御用聞きをやってる規模だと下働きや奉公で預かっている子どもだっているでしょうし……」
……なるほど、そういうことね。
伯爵家以上となれば立派な上級貴族だ。それが『領地なし』のように振舞えば平民には抗う術がない。
まして恐喝に近い取引って……私が茶化しに使う『特権濫用罪』そのものじゃないか。
いや、そういう罪が本当にあるのかは知らんけどさ。
「これは……ボクたちじゃ集めにくい情報だね……」
「見事だハーヴィ。お前の商人としての勘と経験は本物だ。……残念ながらな」
「私が旧友たちと集めた情報ともだいたい一致しますね」
それまでニコニコと沈黙を保っていた神父様が重い口を開いた。
当然、このニコニコは超お怒りモードのニコニコだ。自然と私たちの姿勢が伸びる。
「王都の貴族は自らの努めを忘れるばかりか、権力に溺れ享楽に耽っていると。幸い他領はさほどでもないようですが、王都はまさしく惨状と言っても過言ではないでしょう。何せ自浄が出来ていない。……これでは事を構える以前に背を預け続けるなど到底出来ません。ええ、いつ背後から撃たれるか分からない惨状ですよ」
「あ、背後から撃たれるといえば……」
何か思い出した風のヴィアーノさんに、神父様が鋭い視線を向けた。
案の定、ヴィアーノさんはビクンと小さく震えて話を続ける。
「ええと……通行税をはじめ各種税を見直すという体で大幅に増税するための草案が王都の貴族から出ているそうですよ。例えば農作物にかかる税を従来の収穫高ではなく面積から算出して、休耕地はもちろん茶葉や薬草類が採れるのであれば山や森を丸ごと課税の対象にする。……なんて馬鹿げた草案が。次から次へと。大真面目に」
「それは『カドレ』からの情報ですか?」
「弟からの、としておいてください。出所はしがない文官の行き場のない『愚痴』です」
「確か八番目が文官の家へ養子に出たんだったよな。……むしろ信憑性しかないじゃないか」
「いや九番目ね。まぁそこはどうでもいい……ことじゃないけど。ボクもビックリしたよ。そんなことになったら増収どころか離農者が増えるだけだし」
「……まさか通る見込みがあるわけないだろうな?」
「今のところは大丈夫。ただ、『最後の砦』が崩れたら数の暴力で施行までノンストップなのは間違いないだろうね」
「末期ですね」
……正直な話、税とかそういう難しいことはよく分からんってのが本音。
だけどその例えばな草案とやらが通ったらどんだけヤバい状況になるかってのはなんとなく想像できる。
休ませてる畑や周りの森にも税が課せられたら集落単位で毎年借金を抱えないといけなくなるだろうし、不作の年なら冗談抜きで存続の危機だ。離農なんて生易しいもんじゃ済まないってきっと。
「ま、そういうわけだ。このままじゃそう遠くないうちに最悪の状態で『最悪』を迎える羽目になる。……そこで、お前らにも手伝ってもらいたい」
領主様は『命令』ではなく『助力』を請うたわけだが、んな悪い顔してたらどっちが悪役か分からんぞ。
そもそも私に断るという選択肢ははなっからないんだけど。
「私たちは何をしたら?」
「……喧嘩を買うだけでいいんですか?」
私に次いでハーヴィも領主様の『助力』に応える。
難しいことはよく分からん。よく分からんけど、このまま何もしなければ王都の貴族が国をオモチャにとんでもないことをしでかすということは分かる。
となれば私だって他人事じゃない。最悪の最悪になんてさせるかい。
「とりあえずお前らは売られた喧嘩を片っ端から買っていけ。俺や父上が堂々と介入出来るようにな。そのための『名』の使用許可だ。こちらで持ってる情報と併せてすぐにでも取り潰しにかかる」
本来、子どもの喧嘩に大人が出張るのはただの野暮だが、これはお互いが対等であることが絶対条件。
この前提を壊して身分を持ち込むのなら、それはもう子どもの喧嘩なんかじゃない。特権階級による一方的な暴力だ。
ならより大きな力を持つ奴が出しゃばって来ても誰も文句は言わない。というか、言えない。
……なるほど、そういう状況にしろってことですね。よーく分かりました。
「はいはーい! 質問いいですかー?」
「ん? どうしたアリス?」
作戦概要は分かった。けど、これには一つ大きな穴があると思うんだ。
「私とハーヴィが斥候兼囮役ってのは理解しました。……けど、そこまでバカ正直に乗ってきますかね? ちっちぇー村のガキ大将じゃあるまいし。知らん顔の奴にはとりあえず喧嘩売るなんて真似、仮にもいいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんがするとは思えないんですが?」
ところが、神父様は一層怒気を強め、領主様とハーヴィは笑みを深め、ヴィアーノさんは……目が死んだぞ⁉
「心配には及びませんよ。彼らの知能と性根は村のガキ大将とさほど変わりません。むしろ自らを特別だと思い込んでいる分恐れを知りませんから、より質が悪いとさえ言えます」
「父上の言う通りだ。安心しろ、まず間違いなく絡まれる。なんせ俺の時もさんっざん絡まれたからな! ……そういう礼儀作法があるのかと焦ったくらいだ」
「そーそー。王都の貴族が『領地なし』と似たようなモンならこっちが何してなくても絡みに来るって。『ハッ貧乏くさい匂いがすると思ったら』とかなんとかっつってさ」
「どっかでそういう啓蒙書かマナー本でも配布されてるのかな……? たまーに王宮で見る子たちなんて大人相手にもその調子だよ。いっそ関心するくらい。……ハァ、帰りたくないなぁ」
………………。
「愚問……だったみたいですね……愚問……ウッソだろオイ……」
実際に王都の貴族や『領地なし』に接してる皆が言うんだから間違いないんだろうけど……。王都の貴族よ……どうしてそうなった……?




