筆記試験対策(2)
「…………は? えっ……いの……ち?」
一瞬、言われた言葉の意味が理解できなかった。
確かに子爵の件は隣国が関わっている以上、穏便に済むはずがないのは分かる。
けど、それがどうして命の危機に? 意味が分からない。
私のキョドリっぷりを見たヴィアーノさんは笑ったり呆れたりすることもなく、一層真剣に言葉を続ける。
「もちろん脅しや冗談なんかじゃないよ。……っていうのもね、例の件にあの国は関わっていないってことになるから」
関わっていないことに……『なる』?
『なる』ということは、誰かが『する』ということだ。そしてそれが出来るのは……国のすごく偉い人たち?
…………あ、ヴィアーノさんの言いたいことが分かった。これ、本当にヤバイやつだ。
「でも、どうやって? 子爵の副業とかブツとか今すごい噂になってるじゃないですか!」
とはいえ、私や領主様がそうだったように、エスカーダの影に気づいてる人は少なくないはず。
まして王宮や王都はその最前線。しかも子爵にまつわる噂は知らない人はいないと言ってもいいくらいに広まっている。
いくら国の偉い人たちが「関わっていないことにします!」ったって全員の口を塞ぐことなんて出来ないだろう。
「噂はみんな知ってるよ。むしろ今一番ホットな話題。けどね、それだけだよ。子爵は舶来品を密輸して関税逃れをした。同じく通行税からも逃れようとして失敗した。そして捜査の手が伸びることを恐れた取引先に殺された。これが王宮内での噂。……市井のとさして変わらないでしょ」
「ありえない……。だってマクスウェル伯爵とか、変な遺書とか……!」
「それとこれは別の事件。遺書は取引先の偽装工作。彼らはそういう認識なんだよ。……だからそういうことにするの」
……うっそだろオイ。という言葉は寸での所で飲み込んだ。
ヴィアーノさんも同じ思いだったのか「ありえないよね」と苦笑する。
口ぶりから察するに、そういうことにしない選択肢ももちろんあったんだろう。けど出来なかった、と。
市井の平民が噂を鵜吞みにするのは分かる。
私は領主様という情報源からある程度裏事情を聞かされていたけど、それが無ければ「まーた領地なしか」としか思わなかったはず。
なんせ判断材料が『えらく評判の悪い貴族が死んだ』くらいしかないんだから。
けど貴族は違う。
新参貴族のメルクリウス男爵ですら息子のハーヴィに注意喚起するくらい、子爵にまつわる噂はあれもこれも醜聞という形で耳にしていた。
そしてその中には子爵を中心とした不審な婚姻の件もあった。
……なのに疑問を抱かない? そっちの方がありえない。
情報の中でも時事ネタってのは鮮度が命で正確さは二の次。嘘と真実、妄想誇張が混じり合って出来ている。
そこから真偽を見定めて使うべきタイミングで使うのが『腹の探り合い』の基本。これが出来なければカーティスでは井戸端会議に参加できない。
井戸端会議は一見おばちゃん達の無駄話の場に見えるが、お互いが持っている情報を担保に知らない情報を交換し合う女の社交場でもある。
これを女の無駄話と侮って泣きを見たおっちゃん達は数知れず。情報ってのはそのくらい強力な武器になるのだ。
その総本山とも言える王都の貴族が情報を使うのではなく、情報に踊らされるなんて……。職務放棄どころか存在意義の危機やぞ。
というか、密輸の総合窓口がエリオットへ移る前に不審に思った奴はおらんかったんかい。相当派手にやってたんだろ。
いやこれ彼らに管理される身分としては危機感を覚えるわ。立場が立場なだけに色々とヤバいって。第二第三の子爵家になる前にその爵位を返上しろと言いたい。
なんか上の人たちも頭抱えてそうだなー……。駄犬を抱えてちゃ動こうにも動けないって……。
「まぁそういうわけだから、子爵の件にあの国が関わってるって話を吹聴したらアリスちゃんは二つの勢力から狙われることになる」
真面目な顔に戻ったヴィアーノさんは指を二本立てる。
「一つはこの国。もう一つはあの国。理由は……分かるね?」
「はい……」
もし私が子爵の件を誰かにしゃべったとする。
大抵の人は子どもの妄想としか思わないだろうが、私の『後ろ』に領主様や神父様が付いていることを知っているなら話は別だ。
私が邪推したんじゃなくて領主様たちがナイショバナシしてるのを聞いたか聞かされたかと思うはずだ。途端に信憑性が高くなる。
子爵の件に自力で気づけないマヌケたちのこと。また話の上っ面だけに踊らされて姿の見えないエスカーダに蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろう。
上が混乱すれば下も否応なく巻き込まれる。
そうなった時、一番簡単で穏便な解決方法が『処罰』だ。きっと領主様か神父様がその責任を取らされることになる。その庇護下にいる私の身柄は推して知るべし。
同時に、私は私で領主様や神父様の『弱点』としてエスカーダの間諜に狙われることになるだろう。
なんせ天下のエリオット領主が手元に置き、その父の元領主は養女にしているのだ。
悲しいかな、色味がそっくりなだけにガチで領主様の庶子だなんだと邪推されるかもしれない。
となれば人質にしてよし、情報源にしてよし、なんなら息のかかったどこかと縁続きになってよし。必要なくなれば処分すればいい。
どっちにしろ、私にとってロクな未来はない。
「もし今後似たようなことがあったらまず教官やボクに相談してね。アレンは…………後ででっかい釘刺しとく。いくらアリスちゃんを評価してるったって『平民の子ども』ってこと忘れすぎ。未来のかわいい後輩を貴族社会のゴタゴタで失うなんてとんでもないよ。……はー、もう明日朝イチで畑という畑からイモ虫捕って来てやろうかな」
イモ虫は裏の林でたくさん捕れますよーというのは後で伝えるとして。
いつだったか、どこぞの聖職者が言い放った「敵を知らなければ初動が遅れる」という言葉を思い出す。
「あの、今更だから聞いておきたいんですが……いいですか?」
「……ボクに答えられる範囲なら」
「製造販売元があの国だって知ってる、もしくは気づいてる人ってどのくらいいるんですか?」
魔法学校に通う学生の大半は貴族。私はこれから否応なくお貴族様たちと関わることになるだろう。
ある程度、貴族たちの現状……いや実情ってものを知っておきたい。
王宮に居るのは親兄弟の方だろうが、突然変異体という奇跡の結晶でもなければその劣化と考えるべきだ。……ハム=リトルビッチのようにな。
ただ、この手の質問は意外だったのか、ヴィアーノさんは一瞬キョトンとした顔をする。
そのままうーんうーんとうなり始めたあたり、どう伝えたらいいのか迷っているのだろうか。
……それとも、そんなにひどいの?
「上層を除けば知ってるのは調査に関わった人間くらいだと思うよ。気づいてるのは……正直分からないな。そういう人ほど言葉や態度に出さないものだから。ただねぇ……」
そこで言葉を区切ったヴィアーノさんはこめかみを指でぐりぐりする。
……頭が痛くなる類の話来るの?
「うちに来た野次馬を見るに、上級貴族の一部も噂をそのまま信じちゃってるみたいなんだよ。そういうポーズだと信じたいけど……あれは絶対本気で信じてる……大丈夫かなこの国……」
えっ…………野次馬に来たの? …………上級貴族が?
なにそれ私と同レベルじゃん。
「それは……その、日頃の行いから判断ってやつですか? ……某子爵家みたいな」
「うん。そもそもボクら錬金術部隊って魔術師団の組織でしょ。『薬屋』だの『農民貴族』だのとバカにされがちだけど、れっきとした王国軍の所属なわけ。後方支援とはいえ戦線にだって立つんだよ。幽霊部隊とは違って陛下の執務室並みに機密まみれな部署なの。最近は魔術の研究に関しても本家本元より進んでるしね。…………そこへ何かある度に日中堂々と野次馬しに来るのがまずありえない。閑職の暇人や、噂で食事が美味しくなるような下衆相手に機密情報を漏らすわけないっての。探りを入れるにしてももっとやり方があるよね。常識的に考えてさぁ……」
「ありがとうございます。事態を理解して、いや出来ないアホが想像以上にいるってことがよく分かりました……」
今度は私がこめかみをぐりぐりする。
上級貴族のくくりは領主様のような国王陛下から領を統括するよう任じられてる辺境伯家と公爵家を筆頭に、その次の侯爵家……と伯爵家の一部もだったかな。
私たち平民には雲の上の存在のはずが私と同レベル。いや参ったわ。
「そりゃ鬱憤溜まりますよね……」
そんなんと日常的に顔を合わせるってなったら嫌にもなるわ。
……これは私も入学後を覚悟しておかないといけないかもしれない。
身分だけの頭空っぽがウザ絡みしてきたら爆発しない自信がないもの。
後でハーヴィとも共有しておこう。なんなら領主様や神父様も巻き込んでしまおうか……。
「…………ごめんね。色々と溜まりに溜まっちゃってて。ただの野次馬だって分かってても上級貴族相手となれば居留守使うわけにもいかなくって……。けど仕事や納期は待ってくれないし……研究だって……」
「そんな時に家庭教師だなんてお願いして……なんか申し訳ないです……」
日常業務の合間に『お客様』のお相手してたらそりゃ忙しいさ。お引き取り願うのも一筋縄じゃいかなさそうだし。
どんなツテコネ使ったのか知らんけど、あんま無茶ぶってやんな……。
申し訳なさと自分の不甲斐なさをしみじみ感じていたのだが、当のヴィアーノさんはイイ笑顔で否定する。
「えっそれはぜんぜん! むしろ助かった! ボクをご指名だって聞かされた時おもわずガッツポーズしちゃって、先輩や上司に『殴らせろ!』って思いっきり蹴られたくらい。リーノ……兄のヴィリーノなんか昨日ずっと畑に向かってブツブツブツブツ恨み言呟いてたんだよ。薬草に変な呪いでもかかったらどうしてくれるんだろうね。ボクしーらない!」
殴らせろつっといて蹴るとは。錬金術部隊の皆さんはなかなか冗談の分かる人たちっぽいな。
つうかしーらないって子どもか。二十六歳児か。
「なら良かった…………んですかね?」
「いーのいーの。なんせ上官命令だからね! 敵前逃亡は懲罰の対象だけど戦線離脱は上官の指示! 罪になりません!」
「いやそれ結局逃げてるやつ」
「逃げ方が重要ってこと」
いやいやいや、胸張って言うこと違うよ?
すかさずツッコミを入れるも、ヴィアーノさんはパチンとウィンクして流す。
「話を戻すけど、筆記試験も書き方が大事なんだよ。アリスちゃんのはちょっと簡潔すぎかな。もうちょっと掘り下げてごらん」
「……掘り下げる?」
「そ。エリオット領の特産品は騎士。理由は『王国の盾』だから。なぜなら……っていう風にね」
「あぁ! なんとなく分かりました!」
ようやく私の中で何かがつながった。なるほどそうか、そういうことか!
「領主様と邪推する時のように書けばいいんですね!」
私が例のあれこれを提示した時、領主様はやんわりとその理由を聞いてきた。なぜそう思うのかと。
筆記試験も同じだと考えればらくしょーじゃん。
だから落第って言った時めっちゃ怒ってたのね。「お前なんで出来ないんだ」って。
なんだもーそれならそうと言ってくれたらよかったのに。
……で、無事問題解決したのにどうしてヴィアーノさんはこめかみぐりぐりしてんだろうね。
今の間に頭が痛くなるような何かあったっけ?
「…………その『邪推する時』のくだり、掘り下げて聞かせてくれ……なくていいや、やっぱり。きっと想像通りだし……」
「何か気になることでも?」
「いや、ごめん、こっちの話。アリスちゃん大変だねってだけ。…………うん。まぁとりあえずそんな感じで解答し直してみよっか!」
「はーい!」
気を持ち直した? ヴィアーノさんは、パンッと一つ手を叩いてやり直しを命じた。
そして無事、筆記も満点合格を貰ったんだけど……。
採点していたヴィアーノさんは終始複雑そうな顔をしていた。
変なのー。




