家庭教師
子爵の自死事件から三日。王都は例の噂でもちきりだった。
私とハーヴィは子守りが不在のため屋敷に軟禁されている状態にも関わらず、今のところその手の噂話に不自由はしていない。
同じく籠りっぱなしのはずの領主様がどこからともなく仕入れてくるからだ。
日々しょーもない方向へと変質していく噂話になんかモヤモヤしつつ、私は用意された部屋で家庭教師の到着を待っていた。
筆記試験に向けての強化合宿。
これ、てっきり領主様が私たちを拉致監禁するために用意した口実だとばかり思っていたんだけど、実は真面目に対策する気だったらしい。
昨日この部屋に呼ばれた私とハーヴィは、過去に出題された問題――過去問とやらを五年分解答させられた。
結果、意外にもハーヴィは一発合格。
一方の私はというと……………………笑っていない笑顔の領主様から「落第」を告げられてしまった。
しかし『負けは許されない』ということで、急遽家庭教師がつくことになり現在に至ると。
当のハーヴィは裏庭で領主様にしごかれてるところだから、どっちがいいかっつーと……こっちのがいいな。比べるまでもない。
時々爆発音とハーヴィの悲鳴、領主様の笑い声が聞こえてくるあたり、鬼ごっこでもしてんだろう。
領主様が相手でよかったな。神父様だと悲鳴を上げる余裕なんてないぞ。だから生きて戻れ。お前は私が泣かす。
部屋の中で独り闘志を燃やしていると、見知った顔がメイドさんに案内されてやってきた。
「魔力検査ぶりだね、アリスちゃん」
「ヴィアーノさん⁉」
「わ、覚えててくれたんだ!」
扉の影からひょっこり顔を出したのは、魔力検査でビクビクプルプルしていた領主様のおもちゃ……じゃなかった、ヴィアーノさん。
お仕事大丈夫なんだろうか。大丈夫だから来れたんだよね。いくら領主様でもそこまでゴリ押しできないよね?
ヴィアーノさんは肩掛けカバンと魔術師団の紋章が縫い込まれた裾の長いローブをソファへと置き、優雅に貴族式の礼を行う。
「アステイユ連合王国魔術師団錬金術部隊から派遣されました、ヴィアーノ=カドレです。……改めてよろしくね」
ふわふわな髪の毛と同じ栗色の瞳が嬉しそうに細められる。
相変わらずチャラいというか軽いというか。
後で領主様に「あれでも領地を賜ってる伯爵家の人間だ」って言われて心底驚いたもんだ。
つられて私も膝を折って挨拶する。
「こちらこそよろしくお願いします。ところでブツの解析って終わったんですか?」
まどろっこしい前置きや建て前はポイポイして単刀直入に聞いてみると、ヴィアーノさんは栗色の目を大きく見開いた。
挨拶もそこそこなんて、はしたないと言うなかれ。
最近の興味の対象はもっぱらハーヴィをいかに泣かすかとブツについてなのだ。
ヴィアーノさんが解析作業に関わったかどうかは分からないが、今は少しでも情報が欲しい。
「なんでそれ…………どこまで話聞いてるの?」
どこまでって言われても逆に難しいっていうか……。
これは正直に知ってること全部言ったほうが早いかもしれない。
私は指を折りながら言った。
「ブツは香で、子爵家の商材で、上級貴族が絡んでて、製造販売元はエスカーダ?」
「ほとんど全部じゃないか‼ あのバカ何口滑らせてんの⁉」
あれ、なんかカマかけたみたいになっちゃってない?
というかこれ私が知ってたらいけないやつだったんだ。口止めされてなかったからしゃべっちゃったけど……。
ただブツと子爵家以外は教えてもらったわけではないので、一応訂正はしておこう。
「っていうのは私の単なる『邪推』でして。領主様にもお話してますが、子爵家のこと以外は明確に『正解』とは言われてないんですよ」
「ボクがバカだ‼ ……なにこの子……こわい……」
ごめんね、ヴィアーノさん。わざとじゃないんだ。不可抗力なんだよ。
がばっと勢いよく床にうずくまってしまったヴィアーノさんを指でつんつんつつきながら質問という形で追撃する。
……相手が弱った時にこそ畳みかけろって領主様が言ってたからさぁ。
「で、どうなんですか? 解析終わったんですか? 原料何でした? っていうか錬金薬? 新手の錬金薬なんですか?」
「見かけによらずグイグイくるね。さすがに機密だから進捗も含めてボクの口からはちょっと……」
……む、意外と手ごわいなヴィアーノさん。
「チッ」
「舌打ち⁉ いま舌打ちしたね⁉ 笑顔で舌打ちしたね⁉」
おっといけねぇ。ヴィアーノさんチャラ……付き合いやすいからつい気が緩んでしまった。
「お仕事大変なんですね、真っ昼間から幻覚幻聴に悩まされるなんて」
「こわい‼ この子こわい‼ 立派な非常識一家の一員だ‼ ……って、その非常識の家長と元家長はどしたの? あいつや教官なら十分教えられると思うんだけど」
笑ったり、喜んだり、驚いたり、そして今度はキョトンとしたりと、栗色の瞳はくるくると色を変える。
この人が領主様に好かれるの、なんか分かる気がする。私も大好きだこのキャラ。
窓の外に目をやると、非常識の家長こと領主様がハーヴィを追っかけまわしている姿が目に入る。
「神父様は日中しばらくお出かけで、領主様は神父様から『接近禁止命令』出されて私に近づけないんですよ」
「…………なにやらかしたのあいつ」
「私を囲い込もうと必死になり過ぎまして。あんまりにもウザいんで神父様に相談したら対策してくれました」
私の考えた最悪の邪推を披露した後。何故か猛烈な勧誘を受けたのだが、それは翌日……昨日も続いたのだ。
おはようからおやすみまで。なんならお手洗い場まで付いてきて。
しまいには「こうなったら庶子ってことにして……」と言い始めたあたりでさすがの私も堪忍袋の緒が切れた。
庶子。つまり領主様と奥様、正妻ではない別の女性との間でもうけられた実子という扱いだ。
私の両親完全無視か? いくら死人に口なしったって言っていいことと悪いことがあるだろう。
なまじコイツには絶大な権力があるので、誰かにストップをかけてもらわないと実行に移しかねん。
そこで眠い目をこすりながらの深夜、神父様の帰りを待って『相談』した結果の『接近禁止命令』だ。神父様ありがとう。
「ねぇ、それボクらに対するけん制でもある……?」
「しつこいと何かの折につるっと言っちゃうかもですね?」
神父様の名前に一瞬たじろいだのか、いかにも恐る恐るといった様子に思わず吹き出してしまいそうになる。
こういう所がいじられるキッカケになるんだろうなぁ。私もつい意地の悪い言い方をしてしまう。
「うん、いったん持ち帰って上司と相談するね。面倒ごとは上に放り投げるに限る。上手くやれって投げ返される予感しかしないけど。……とりあえずボクはボクのお仕事しよう。そうしよう」
ヴィアーノさんは勤め人らしい哀愁を漂わせながら、いそいそと講義の準備をし始めた。




