貴族の副業(閑話)
「以上、アリスちゃんの考えた最悪の『邪推』終わります」
私の『邪推』を聞き終えた領主様はハハハと乾いた笑いを漏らし、鋭い視線を私に向けた。
おおう、なんだ。わたしなにもわるいことしてないよ。
「なぁ。お前、本当に何者だ? どうしてそこまで情報を繋ぎ合わせられる? どうしてド田舎育ちが的確に世情を読めるんだ? 実は父上からこっそり諜報技術や帝王学を仕込まれてないか? ほら吐け。ここに父上はいないぞ。安心して吐け。悪いようにはしないから吐け。……いいか、普通の子どもは情報を利用して相手の瓦解を誘うような喧嘩はしない。少なくとも平民の子はしない」
「吐けったって夕飯くらいしか出ませんけど。ていうか濡れ衣です。無実です。そんな物騒な技術や大仰な学問? 教わった自覚はないですし、情報戦の件は少なくともカーティスではあるあるです。みんなしてます」
「『みんな』って誰だ。そんな田舎街あるあるがあってたまるか。しかし、無自覚に教わってる可能性は否定しないんだな?」
私は領主様から目を逸らす。
「しないっていうか出来ないっていうか……。教わりましたと胸張って言えるのは読み書き算数と魔力操作くらいですよ。ぶっちゃけ、魔術もそこまで教わった感ないんですよね。あんまりにも日常に溶け込み過ぎてて。なので、リーゼちゃん――ウォーディントン公爵様の娘さんに『さすが……エリオットですわ……』ってやんわりドン引かれるまで無自覚でした……」
「あ………………うん。それは俺も覚えあるわ」
とたんに目が死んだ領主様はぽつりと呟いた。
……やっぱ領主様も似たような経験してんだな。だが私は普通を諦めない。
改めてドン引かれるような日々を過ごしてきた我が身を振り返ってみると、ますます際立つのが子爵家一門のポンコツっぷりだ。
「それにしても『副業』が本業の収入をひっくり返すとか、どんだけ商才のない人罪だったんでしょうね、子爵って……」
「気にするのはそっちか」
「そっちもこっちもありゃしませんって。子爵は『副業』が原因で目立って、やらかして、殺されたわけでしょう? ただのバカですよ。つける薬も飲ませる薬もないやつです。むしろ死因は不治の病による病死でいいくらいです。……そもそも『副業』ってのは本業に隠れてナンボでしょ。本末転倒じゃないですか。私が神様なら追い返すか地獄に直通便出してるところですよ」
「アリスお前、時々正論ですごく辛辣なこと言うよな……」
人は死んだら神の御許へたどり着くとされている。
そこで先立った故人と再会して穏やかな生を送り、悪さをすれば地獄へと堕とされる。
子爵くらいの堂に入ったおバカはトラブルを起こすことが目に見えている。
今からでも遅くはない。絶対に追い返した方がいい。全部ゲロらせろ。そして改めて毒杯をいただけばいい。
「言ってくれる人のいるうちが華ですよ。それに辛辣だと感じるのは図星だからです」
「お前、本当に九歳か? なんでそんなに達観してるんだ……」
「私だって狭い世界なりに色んな人を見てきましたから。『死人に口なし、悪人に容赦なし、卑怯者に慈悲はなし』です」
――死者は何も語れず、悪人には厳しい罰が下され、卑怯者は誰からも信頼されない。
だから清く正しく正直に生きましょうという教えだ。
王は羊飼いが国の在り方ならば、こちらは人の生き方を諭すものである。
とある一家のためにあるような教えだが、必要な人には絶対に届かないのが教訓ってもんだよねぇ。いや世の中ままならん。
「なるほどな。狭いからこそ見えるものもあるのか。……それは貴族も同じか」
「何か気になることでもあるんですか?」
「黒幕が予想外だと言っただろ。それでちょっとな」
「へーそうなんですか。貴族も大変なんですねー」
意味ありげに呟く領主様をさらっと流すと、一瞬キョトンとした領主様が心底不思議そうな顔をする。
何だよ聞いて欲しいのか? だがお断りだ。
「……いつもみたいに聞きたがらないんだな」
「引き際や線引きって大事だと思うんです。そうやって領主様が躊躇? 遠慮? するような相手、たかが平民の小娘が下衆の勘繰りしていい相手じゃないです。貴族の皮被った平民相手ならともかく、本物の貴族のガチな裏事情なんて『知らない』に越したことありません」
お貴族様に関しては知っていることで巻き込まれるトラブルが結構ある。
誰が家を継ぐだとか、どこに嫁ぐだとか、お財布事情だとか、どこと贔屓だとか敵対しているだとか揉めてるとか。
私たち平民の耳に入るということは意図的に流されたのを除けばガチで漏れちゃったやつなので、下手に吹聴したりポロリするとリアル『不審死』待ったなし。
防ぐには『知らない』。これしかない。
「なぁ、一つ提案があ――」
「お断りします」
「……まだ何も言ってないだろ。しかも食い気味か?」
「どうせロクなことじゃないです。私の魔力がそう囁きました」
「アリスにとっても悪い話じゃないぞ。今からでも遅くはない。俺の養女にならないか。お前なら今すぐにでも貴族相手に腹喧嘩できる。喧嘩を吹っ掛けるのは勢いだけで十分だが、相手と引き際の見極めはそうもいかない。その嗅覚は魔力と同じくらい貴重な才だ。全力で囲い込めと俺の魔力が囁いている」
……やっぱりロクなやつじゃなかった!
神父様だけでも手一杯なのに領主様もとなると私が背負うには荷が勝ちすぎる。
今は神父様が平民だから領主様とは紙の上でも他人の体が通せるのに、この人の養女になろうもんならそれこそ王国中の貴族や領の将来まで関わってくるじゃないか。
……キラキラした目をしてもダメ。諦めなさい。
「嫌ですお断りします断固拒否です」
「ならうちの息子の婚約者でどうだ。俺が言うのもなんだがあいつは頑張り屋で気の利く良い男だ。お前の一つ年下で年齢的にも悪くない。お買い得だぞ。なんと、今なら城や馬車も使用人とセットで付いてくる!」
「宿屋の裏でぱんつ洗う舅はいりません。っていうか、養女も嫁も似たようなもんでしょうが。どっちにしろ付いてくるわ。あと大事な息子と使用人の将来を資産と抱き合わせてセット販売すんな。息子とアルフレッドさん以下日々エリオットのために尽くしてくれてる皆さんに謝れ。誠心誠意謝れ」
「じゃあ俺の第二夫人――」
「それ冗談でも言うな。夫や父親が幼女趣味はシャレじゃ済まないっての」
基本的に王国は一夫一妻制だが、上位や羽振りの良い貴族は一夫多妻、一妻多夫も珍しくはないらしい。
王宮に勤めがあったり領地の経営したり社交したりと忙しいので、それらを手助けする妻や夫も一人だけでは手が回らなくなるらしいからだ。
だから家を継ぐ継がないにかかわらず良縁はあるのだと、エリオットの城で参加者二名のお茶会をした時に領主様が言っていた。
……ただし、能力があればの話。抗議の討ち入りにいらっしゃったりハニトラに必死な皆様はお察しである。
「はぁ? それくらいの年齢差、貴族にしたら誤差だ誤差。セントベルグ婦人の初婚相手なんか当時既に八十超えてた爺さんだぞ」
………………いまなんつった?
「衝撃の事実がさらっと暴露されたんですけど⁉ 何ですかそれ、嫁じゃなくて介護に行ったじゃないですか⁉ ちょっとだけビッチ婦人に同情しちゃった……」
「貴族が介護なんかできるかよ。メイドがするわ」
「いや、そーいうこっちゃなく……」
そうじゃない、そうじゃなくて……と頭を抱えていたら、沈黙していた隣からも驚きの声が上がった。
「八十超えた爺さんが勃つんですか⁉ しかもあの鶏ガラ相手に⁉」
「お、ハーヴィが復活した」
「復活おめでとうハーヴィ。でも女性がいるんでちょっと言い方考えようか」
それこそ自家製のハム作りとかさぁ。
他にも色々あるでしょうよとハーヴィをじとっと睨むとフンッと鼻であしらわれる。
「どう見ても五歳児相手に女性もクソもあるかよ」
『カチッ』。
私の中の何かが音を立てた。
「……ようしハーヴィ表出ろ。神父様直伝の『鬼ごっこ』しようや。私が鬼な。ガチで泣かす」
「ヒッ⁉ すみません口が過ぎました! 次外出たら何か甘いものおごりますんで『鬼ごっこ』はマジ勘弁してください‼」
「角のケーキ屋のシュークリーム三つ。譲歩は認めん」
「えっあそこ貴族向けの高い店――」
「表出ろ」
「はい……わかりました……男に二言はありません……」
神父様直伝の『鬼ごっこ』とは、魔術を使った鬼ごっこ……もとい攻撃魔術の撃ち合いのこと。
鬼が魔術で攻撃し、逃げる方はそれを魔術で防御する。攻守の交代は神父様の気分次第という拷も……訓練だ。
ハーヴィはまだ上手く防御の魔術が使えないので見学参加だが、その苛烈さは間近で見て知っている。
ま、使えたところで魔力は私の方が断然上だし、何重に重ねようが全部ブチ破ってやるけどな。なんなら拳でいく。
ヴィアーノさんから教えてもらった『活性化』。
まだちゃんと試してないから領主様たちには言ってないけど、ちょろっと魔力を練ってみた感じ回復以外の魔術も『活性化』できそうなんだよねぇ……。
まだらで済めばいいね、ハーヴィくん。
「男は涙の数だけ強くなれる、か。……ハーヴィ、強くなれ」
生暖かい目でハーヴィを激励した領主様はビッチ婦人のあれこれを教えてくれた。
初婚の相手は暴露された通り八十超えた爺さん。しかも寝たきり。
当時はまだ『副業』をしておらず、傾きかけた下級貴族となれば積める持参金もたかが知れている。
既にファッション界を独自路線で爆走していた婦人には実家の『本業』もあり、そんくらいしか嫁ぎ先が見つからなかったそうだ。
当主の座についていた義理の息子から「子がいないお前の居場所なんてねーよ」と遠回しに言われたビッチ婦人は、浅慮にも出入りの商人と影でこそこそとハム作りに勤しんだそうだ。
もちろんそれはビッチ婦人と『円滑に』エンガチョしたい義理の息子の奸計で、晴れて一児の母となったビッチ婦人は爺さんの死と同時に実家へと戻されたのだとか。
『血』を重んじる貴族には致命傷な不義密通という醜聞と、持参金をはるかに上回る慰謝料の請求書と共に。
……必死に無実を訴えようともさ、夫が完全介護状態かつ子が父母じゃなく間夫に顔から体形からソックリだったらそら無理だわ。
実家に戻されたビッチ婦人と子爵は請求書を見て慌ててリトルビッチの実父を探したそうだが、彼は臨時の雇われ人で事が公になった頃には姿をくらましてしまった後だったらしい。
せめてこいつが魔力持ちなら魔法学校もワンチャンあったかもしれないのに。残念だねぇ。
結局、私とハーヴィの下世話な『邪推』は中らずといえども遠からずな顛末に、何故か頭痛が痛くなってしまった。
『死人に口なし、悪人に容赦なし、卑怯者に慈悲はなし』。
花瓶頭には絶対しないけど、なるべく清く正しく正直に生きようと私は心に刻んだ。
神父様「あの時のシュークリームにはそんなエピソードがあったんですね」
アリス「そうなんですよ。ハーヴィにもいい勉強になったんじゃないですか?」
神父様「彼、泣いてましたね」
アリス「シュークリームなのにしょっぱいって泣いてましたっけ」
神父様「強くなりましたよね、彼も」




