貴族の副業(3)
「まず地理的な理由ですが。エリオットという壁はありますけど、嵩張る物ではないので陸路での輸送が不可能ではありません。一度神聖国へ持ち込めば海路だって利用できます。アステイユとエスカーダは超不仲ですが、エスカーダと神聖国は国交があります。荷の往来が減っている今は難しいかもしれませんが、平時なら民間の商会を経由すれば舶来品に偽装もできるかと。むしろ陸路より海路がメインだったのかもですね」
「ビッチ婦人は言うなら小口や早馬便のための窓口で、そのために地続きのエリオットに嫁いで来たんじゃないですか? ところが海路がダメになって臨時の総合窓口を兼任するようになると、とたんに馬脚を露して要観察対象から危険人物認定に格上げされちゃったと」
うちとエスカーダは地続きだ。
過去に国境に沿って砦や壁を築こうという話はあったらしいが、国土を巡って争っている以上、うちが勝手に築くとエスカーダ以外の国に対して外聞が悪いということで却下されたのだとか。
いくら騎士様たちが昼夜を問わず見張っているとはいえ、人の目には限界がある。
夜闇に紛れたら侵入するくらいは出来るはずだ。
またエリオットの南は海に面している。
有事体制ゆえにガッツリ検閲の敷かれている港は無理でも、人目につかない海辺へ小舟でも付ければ少量の取引は十分行える。
今はちょっと無理だろうが、大量に運ぶのであれば南隣の神聖国へ一度荷を下ろし、そこからエリオットの西隣の領へと出荷すれば、そちらでは検閲もなく『舶来品の香』として堂々とブツのやり取りが出来るだろう。
そして婦人たちの王都行きが却下された理由。
表向きは『魔力なし』だから行くだけ無駄とされているが、本当の理由は合法的に荷を運ばせないようにするためだろう。
リトルビッチ本人が納得していないのなら受験だけでもさせてやればよかったのだ。ただし自費でな。
ところが子爵が『関所破り』という斜め上な行動に出てしまった。
領主様とウォーディントン公爵様が白々しくも「言質取ったどー!」したのは、ビッチ婦人を『マクスウェル伯爵の妻』から『セントベルグ子爵の娘』に差し戻した上で、その責の全てを子爵家に負わせるため。
だからビッチ婦人はセントベルグの者として裁かれることになるはずだ。
……領主様権限で離婚も成立させられてるだろうしな。
領主様が私とハーヴィに黙れ何もすんなと念押ししたのは、私たちがビッチ婦人を逆上させて万一にも『マクスウェル伯爵』の名を出させないようにするためだろう。
見事に読まれている。念押しされてなければ絶対小馬鹿にしてた。
「婦人の件は『正解』だ。だが、小悪党同士の裏取引ならその神聖国だって可能性としては十分検討の余地ありだと思うが?」
神聖国というのはアステイユ王国の海を挟んだ南側に位置する国だ。
うちやエスカーダとは違って独自の宗教色の強い国で、王は政治だけではなく教会も取り仕切っており、他国の王とは区別して『教皇』と呼ばれている。
また教会には『巫女様』と呼ばれる女性が存在しており、その御業……っつーか魔法だな。で、国や民を教皇と共に支えているらしい。
国に入って来るエスカーダの物や情報は一度この神聖国を介している。貴重な第三国だ。
……ただ、今はきな臭い噂が絶えない。
「窓口に選ばれたのが子爵家だからナシですね。もし私が小悪党で金儲けがしたいんならもっとずる賢い所を探します。いくら新興派とはいえ、まとも……かどうかはさておき、上手いこと商売してるところは他にもある……ありますよね? まぁ仮にあったとしてもですよ。裏取引なら新興派のような下っ端よりもある程度以上の貴族たちの方がいいです。抱えてる商売の規模が違いますし、基本的に舶来品を扱える利権はそういう貴族が牛耳ってるって行商のお兄ちゃんも言ってました。きっと新興派なんかよりよほど円滑に取引してくれると思います。むしろブツの性質を考えたら上級に食い込みたいとか、格下でも羽振りの良いところへ嫁がせたい中級貴族の方が良顧客になります。そういう意味でも子爵家が窓口の一つって線が無くなるんですよ」
新興派に関しては悪い意味での厚い信頼と確かな実績があるのでいちいち不安になってしまうが、これが普通の裏取引きという可能性を否定している。
……裏取引に普通もなにもあったもんじゃないけどさ。
基本的に密輸入はバレたら終わりだ。
ずる賢さに関しては新興派なんかよりそこらの小悪党の方が一枚も二枚も上手だろう。
ぶっちゃけある程度の金と権力さえあれば私とハーヴィの方がよっぽど上手くやれる自信がある。
ましてブツがブツだ。
あれを作った奴は薬草学の知識だけではなく、魔術や錬金術といった魔法の心得もあるのかもしれない。
魔法を技術として確立させたアステイユ王国ならいざ知らず、エスカーダでは未だに神秘の御業扱い、神聖国はあえて御業のままにすることで政治に利用していると神父様が言っていた。
その二国のどちらかにいながら私たちが首をかしげるようなブツを作り出せる技術を持つ奴、もしくは組織がアホの代名詞たる新興派を相手に危ない橋を渡るだろうか。
もし作成者が王国出身者であればなおさらだ。
それにハーヴィの実家も目をつけられているように、中級貴族の中には名より実を取る家も珍しくはない。
そういう上にも下にもガツガツした家相手の方が需要が見込める。
わざわざ子爵家を間に挟む理由がない。情報が漏れる可能性が上がるだけだ。
「それに神聖国も『主犯』としてはナシです。あそこって今ゴタついてるんですよね? 王都の人たちが噂してました。日用品の出入りすらままならない状況だと。なら小悪党にもそんな余裕ないと思います」
そして神聖国の小悪党が主犯説もナシだ。
今、王都では神聖国に関してとある噂があちこちで囁かれている。
曰く『現教皇はもう長くはない』『二つの派閥が次期教皇の座を争っている』『今代の巫女様は神の力を持たない偽物』。
中には『それらには第三国の思惑が絡んでいる』なんてブッ飛んだものまであったくらいだ。
噂自体はふーんよくある話よねと右から左でもおかしくはないが、荷の往来が減っているのは確かなわけで。
嗜好品だけではなく日用品の類にまで影響が出ているとなれば、物や人の出入りを神聖国側が厳しく制限しているとしか考えられない。
真偽のほどはともかくとして、政治の基盤が揺らいでいるのは事実だろう。
政商という商売の仕方もあるくらいだし、今は自分たちを贔屓にしてくれそうな権力者向けのブツを開発製造する時期ではなかろうか。
とまぁこのように消去法で考えを進めていけば、残りはひとつ。
「じゃあなんであんな三流を窓口にって考えたら……国の弱体化のための布石、広告塔役しか思いつかないんですよねぇ」
私は小さくため息をついた。
「醜聞って一気に広がるじゃないですか。その点、子爵は放っておいても勝手に自爆してくれそう……っていうか、しましたね。明日になったら一躍時の人ですよ。一応『黒幕』が子爵の死は関所破りとお受験ってことにしてありますけど、人の口に戸は立てられません。元々悪評高い家での人死にですから面白おかしく扱われないはずがないです。関係者に箝口令を出しても『裏取引』ネタは必ず漏れます。たとえ関係者が口をつぐんでも、エスカーダの間諜が『ここだけの話さぁ』みたいな噂をバンバン流すと思うので、まぁ結果的に同じことですよね」
「すると平民は貴族に対して悪感情や不信感を抱きます。それは国への不満と同じことです。実際に国を動かしてるのはほとんどが貴族ですからね。特に王都は『領』っていう緩衝材がないんで貴族イコール国に直結しやすいと思います。んで、当の貴族は貴族で仲良く勘ぐり合うんじゃないですか? なまじ『実績』があるだけに。『被害』にあってない家も政敵ってやつに攻撃の材料にされたりとか。貴族社会のそういうドロドロした部分は聞きかじった知識でしかないですけど……」
「まぁそこは『正解』で間違いないな。貴族の半分は足の引っ張り合いで出来ている。あっちを立てればこっちが立たず、は随分と生易しい表現だと言える程度には」
やっぱ正解かよ。
せめて半分は優しさで出来ていて欲しかったけど、そんな甘さを残して政治は務まらんとか言われたらそれまでだ。
「で、その結果どうなると予測する?」
「平民と貴族の対立、貴族と貴族の対立。国はブツの対策と要所の調整役でしっちゃかめっちゃかになるでしょうね。いくら領主様たちが『王国の盾』として頑張っても、世論がそういう流れになったら手の出しようがないです。きっと国のお偉方も揉めたり割れたりするんじゃないですか。堂々と足を引っ張るチャンスですよ。そうなれば王国が王国になる前の時代に逆戻りなのに」
「……そうなって一番得するのって、今のところエスカーダしかないじゃないですか。休戦協定から百年経ちますがいつまで経っても休戦が停戦にならないってことは、向こうはまだこっちを諦めていないってことでしょう。なら、そろそろ手管を変えてきても不思議じゃないです。何も真正面からぶつかるだけが戦いじゃないですよね。私もよくや……りませんけど、わざと情報を流して敵を内部からかく乱、同士討ちさせるなんて子どもの喧嘩でもよくあります」
「もちろんエスカーダと神聖国がグルの可能性はあります。荷の出入りを制限してるのもいざ事が起こった時に被害を最小限にとどめる事前策とも取れますし。けど王国にいる神聖国の人間に帰還命令が下っていないのが不自然というか。利に敏い商人すら誰ひとり帰っていないそうですよ。なのであえてエスカーダという国を単体で仮想敵国として『邪推』したんです」
私は言い終わると両手を上げて『お手上げ』する。
「……今の時期、王都にはお受験のために王国中からたくさん人が集まってますよね。貴族も平民も。『お土産話』をバラ撒くには絶好のチャンスです。もう全部お膳立てされてないと無理ですよ、こんな状況」
何も学校は私とハーヴィが受験する魔法学校だけではない。
王立の魔法学校はそこだけだが、貴族が経営する私学もあるし、文官や魔力はないが騎士になりたい人のための学校、商売や職人のための学校なんてのもある。
私たちはエリオット領の別邸にお世話になっているから『あら大変ね』で済んでいるが、今の時期は周りの宿場町まで満員御礼で大繫盛だそうだ。
子爵にまつわる噂はさぞかしたくさんの人の耳に入ることだろう。
まさしく踊る阿呆と見る阿呆。
子爵が踊る阿呆なら他の人たちは見る――聞く阿呆、領主様や国のお偉方はさしずめ踊らされる阿呆だろうか。
子爵家という三流のその最期まで予想していたかのような活用法は見事だと言わざるを得ない。
敵国ながらあっぱれだ。くそったれ。




